第3話 職種の希望はありますか?

 高い塀に囲われた巨大な都市、どうやらあれが王都らしい。遠くから見てもその大きさが良く分かるし、その門から続く道は行き交う人や馬車で賑わっていた。大きな荷物を背負って歩いているからか、驚いたような顔で通りすぎていく人が沢山いる。そんなことは特に気にせず門の前まで行ってみると行列ができていて、どうやら中に入るのに門番のチェックがある様子。列に並んでしばらく待っていると、自分の番が来た。


「次! デカい荷物だな!?」

「はい。ここで働こうと思って色々と持ってきました」

「そうか。身分証明になるものは持っているか?」

「あ、はい」


 父さんが用意してくれた羊皮紙の巻物を渡す。父さんはあれでも一応領主だから、第六位の貴族。印章は国から支給された特別なものなんだとか。その印影はある種の魔法で偽造ができず、魔道具にかざすと光るらしい。門番の兵士も羊皮紙を道具にかざし、本物であることを確認していた。


「確かにランズベリー領主の印だ。って言うか嬢ちゃん、ランズベリー領から歩いてきたのか!?」

「はい。あ、でも山を越えてきたので二週間ほどで着きましたよ」

「……」


 驚いた顔で私の姿を見つめる門番。ああ、やっぱり二週間は時間がかかりすぎなんだわ。初めて見る景色が新鮮で楽しくて、のんびり歩いてきちゃったからなあ。


「ま、まあ人それぞれだからな。よし、街に入っていいぞ」

「有り難うございます。あの……」

「なんだ?」

「どこか仕事を紹介してくれる所はありませんか? 王都は初めてなので何も分からなくて」

「ああ、それならこの大通りを真っ直ぐ行って、右側にマッコール商会と言う店がある。大きな看板がかかっているからすぐに分かるはずだ」

「有り難うございます!」


 職業紹介所の情報も得て意気揚々と街の中に踏み入れると……そこは見たことのない別世界だった! 目に付くいたる所に人がいる! ランズベリーの祭りの時よりも人が多いんですけど! え!? 今日は何か特別な日!? それに建物が連なってる。どれも二階建て以上で、中には見たこともない高い建物も。建物と建物の間、せまっ! っていうか畑がないんですけど。皆、どこで畑を耕すんだろう……街の外!? 庭はどこ!? これじゃあ馬を繋いでおく場所もないし、皆で宴会するときはどこでやるの? 庭で飲み食いしたりしない? 色々考えている内に頭の中がグルグルしてきて、なんだか目も回ってきた。


──と、とにかくマッコール商会と言う店を目指しましょう


 人と建物の多さに少し酔いを感じながら大通りの端っこを歩く。こんなに落ち着かない思いで道を歩くのは初めてだわ。絶えず行き交う馬車、通りに面した店から聞こえてくる声……私、ここで生きていけるのかしら? まだ何もしていないけれど、もう無理な気がしてきたわ。


 店を探しながらフラフラと歩いて、ようやく目的の大きな看板を見付けた。とにかく喧騒から逃れたくて、ドアを開けて滑り込む様に中に入ると……そこにも大勢の人がいてガヤガヤと賑やかだ。


「……」

「いらっしゃいませー。何かお探しですか?」


 私の姿を見付けた店員らしき女性が、ニコニコしながら寄ってくる。


「えっと、ここで仕事を紹介してもらえるって聞いたんですけど」

「はい、仕事の斡旋もしておりますよ。こちらへどうぞ……大きな荷物ですね。お持ちしましょうか?」

「あ、はい。有り難うございます」


 持ってくれると言うので背負っていたバッグを降ろし女性に手渡す。と、次の瞬間にはズシャッと音がしてバッグが床に。


「重っ! あ、あちらへどうぞ」

「そうですか? では……」


 私が先に行くと、女性はズルズルとバッグを引きずって後を付いてきた。そんなオーバーな……


「ふぅ……で、では、お話を伺いますね。そこにおかけください」

「はい。では失礼して」


 対面で座るカウンターがあり、五、六席に区切られている。私の他にも数人が店員と話していた。


「職種の希望はありますか?」

「田舎から出てきたばかりなので良く分からないのですが、どんな仕事がありますか?」

「そうですねえ。あなたの様な若い女性でしたら食堂のウェイトレスや宿の受付、家政婦なんて仕事もありますよ。何か得意なことは?」

「そうですね、家事は一通りできます。あと、畑仕事とか狩りとか魔物退治も大丈夫です!」

「あはは、王都で魔物退治はしなくても大丈夫ですよー」


 冗談だと思われたのかな? 女性は私の話を軽く聞き流し、笑いながら机の下でゴソゴソと書類を選んでいる。


「住む場所は決まってますか?」

「住む場所? えーっと、考えてなかったです。どこか宿に泊った方がいいのでしょうか。場所がなければ野宿でもいいんですが」

「な、なかなかワイルドなお嬢さんですね。でも、王都では野宿できる場所はなかなか見付からないと思いますよ」

「そうなんですか? 困ったなあ」

 

 ここまで来る間もずっと野宿だったし、父さんにもらった路銀はほとんど使ってない。どこか安い宿でも探してしばらく泊まることにしようか。それとも住み込みでできる仕事を探そうか。


「住み込みでできる様な仕事はありませんか?」

「そうですね……あ、あった! けど、これは……」


 書類の束から一枚を選ぶと、ちょっと困った様な顔。


「これはあまりオススメできないんだけど……」


 そう言って彼女が差し出したのは、王宮でのメイドの仕事だった。部屋も準備されていて給料も良い。仕事内容も一般的な家事と大して変わらないし、私にはピッタリかも知れないわね。


「あのね、大きな声では言えないんだけど、あなたみたいに初めて王都に来た若い子たちがこの仕事に飛びつくのよ。でも皆すぐに辞めちゃうの。どうやら先輩のメイドが苛めているみたいで」

「虐め……」


 意地悪そうなメイドたちが寄ってたかって新米メイドを殴る蹴るしている姿が目に浮かぶ。王宮とは、そんなに恐ろしい場所だったのか……でもまあ、流石に魔物よりはマシだろう。魔物が集団で襲ってくると、人が何人も死んでしまうぐらいだから。その程度の虐めなら何とか対処できそうだわ。


「じゃあ、それでお願いします」

「いいの!? でも、もし辛かったらすぐに辞めてここにいらっしゃいね。次の仕事を紹介してあげるから」

「はい!」


 何枚か書類に記入して紹介状を書いてもらう。王都に来てすぐに仕事が決まったのは幸運だったわ。王都では野宿する場所もないらしいし、仕事が決まらずに宿に泊っているだけなんて無駄ですものね。王宮……さっき大通りを歩いていて、その先にずっと見えていた大きなお城。虐められるのは御免だけど折角ここまで来たことだし、とにかく頑張ろう。今日泊まる所もないし、早速王宮に行ってみようかな。

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