第16話 淡い恋心
身長195センチの太一は、どこにいても目立つ。太一を探すのに、奈々子は苦労したことがない。渋谷の金曜日の夜の雑踏の中でも、奈々子は太一を見つけだせる自信がある。
いつの間にか、奈々子は気付くと太一の姿を探してしまうようになっていた。見渡すオフィスで、頭ひとつ突き出ているのが太一だ。そして、気付いてしまった。
太一の隣には、いつも美香がいる。
すらりと背の高い美香は、いつもハイヒールを履いている。もともと165センチ以上ある背はヒールを履いて170センチを超え、背の高い太一とよくつりあっている。
奈々子が香水のプロジェクトで太一と行動をともにしていたときには、あまりのつりあいの取れなさに、でこぼこコンビだの、ジンベイザメとコバンザメだの、あまりよろしくないあだ名をもらったのに、美香と太一とでは似合いすぎて、誰も何も言わない。
首をあげて太一を見上げなければならなかった奈々子とは違って、美香は少しあごをあげるだけ、上目遣いで太一を見つめている。その目の縁が甘たるい媚を帯びていた。
(美香さんは、鈴木くんが好きなんだ)
奈々子は美香の気持ちに気付いてしまった。太一もまんざらではない様子で、美香との話に花を咲かせている。同い年とあって、話もあうのだろう。
社にいるときは、似合いすぎるふたりを見ないようにする奈々子だったが、駅のホームでは朝も夜もつい太一の姿を探してしまう。香水のプロジェクトが中止になってしまってからというもの、奈々子は太一と帰りが重ならなくなっていた。
もしかしたら、近所のスーパーで出くわすかもと思って、休日でも化粧を忘れずに外に出るが、太一の姿を見かけることはなかった。
香水のプロジェクトであれだけ長い時間一緒にいたのに、今さらながら奈々子は太一をあまり知らないと思った。
近所に住んでいるとは知っているが、詳しい場所は知らない。緊張すると体調を崩すことも、酒好きだが弱いことも、実は牛乳が苦手だということも知っている。だが、趣味は何か、休日には何をして過ごすのか、どんな女性が好きなのか ―。
毎日のようにマンションまでの道のりを一緒に歩いてきたのに、話といえば仕事のことばかりだった。
今になって、奈々子は、なぜもっと太一自身を知ろうとしなかったのかと悔やんだ。
だが、太一はもう手の届かないところ、彼の似会う場所、美香のそばにいってしまった。
あともう少しで手が届きそうだったのに―。
酔ったところをマンションまで送ってくれたり、切れた電球を取り換えてくれたり、朝食まで用意してくれた。太一はもしかしたら自分のことが好きなのではないか。そう思い始めたが、ただ親切なだけだったようで、太一から色めいたアプローチはまったくない。
しょせんヒールを履かないと届かない恋なんて ―。
素足のままでも十分太一とつりあいのとれる美香と、ヒールを履いてもジンベイザメとコバンザメとからかわれる奈々子とでは、勝負にならない。
奈々子は、このところろくに連絡を取っていない大学時代からの悪友、真衣に、今度の合コンへは出席するというメールを送った。
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