100%ハッピーエンドのプリズンブレイク

ポルカ@明かせぬ正体

第1話 プロローグ


「うへぇ、小説の中だけだと思ってたけど、ほんとにあるんだ」


 駅前の交差点に設置された、巨大街頭テレビモニターを見上げながら、仕事帰りのスーツ姿の男が呟いた。


 モニターでは、女性アナウンサーが強張った表情で先ほどから同じニュースを繰り返している。


「あ、知ってる。昼に特番してたよ。まだ見つかっていないって」


 男と一緒に信号待ちしている女が白い息を吐きながら、あー寒い、と首元のマフラーを巻き直す。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 繰り返しお伝えしているニュースです。


 凶悪犯罪者を収容していることで知られる千葉の花咲刑務所から、昨晩、囚人が一名脱走しました。


 囚人は神酒坂みきさかきょう、28歳男。

 5年前、世田谷の民家で3人を殺した罪で28年の懲役を受け、服役中でした。


 刑務所からの報告によりますと、男は凶悪犯罪者ですが、監獄では模範囚として5年目の懲役をこなし、脱獄するような素振りは一つも見られなかったとのことです。


 このたび、厳重で知られる日本の刑務所から脱獄者が出たことに、世界のメディアからも注目が集まっています。


 現在のところ、千葉県に目撃情報がいくつか寄せられており、潜伏の恐れがあります。

 凶器を持っている可能性がありますので、近くにお住まいの方は十分ご注意ください。


 繰り返します……。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「おお怖い怖い。県内かよ」


 男が肩をすくめる。

 そう、ここは千葉だった。


「知ってた? その囚人、新たな物的証拠が見つかって、裁判のやり直しを求めている最中だったらしいわよ」


 女はくすっと笑って得意げに話し始める。


「え? そうなん?」


「そうそう。うまくいけば半年もかからずに無罪放免だったって」


「なんじゃそりゃ」


 男は空から降ってくる雪を見上げながら、信じられない、といった様子で首をかしげる。


「刑期に比べりゃたった半年だろ……なんで待てなかったんだ?」


 脱走囚の残る刑期は22年であった。

 それがあと半年で帳消しになり、無罪放免になる可能性があるなら、待つのが至極まっとうな考え方であろう。


 わざわざ危険を冒して脱獄をする意味が不明であった。


「うん、これで捕まったら懲役追加になるだろうから、無罪放免もおじゃんだ」


 テレビの特番の人たちが揃って不思議がってたよ、と女が腕を組む。


「わかった。本人が知らなかったんだ」


 言いながら、男は雪がついて濡れた眼鏡をはずすと、スーツの袖で拭った。


「いや、その本人からの申し立てでさ、再審請求できるほどの強力な証拠が出たらしいから、知らないわけないって」


 女の言葉に、男は肩をすくめた。


「……ワケわからん。俺なら絶対待つけど」


「うん。……いったいどうしてなんだろうね……あっ」


「あー……」


 二人はつい話し込んで、渡るべき信号がふたたび赤になっていたことに気づいた。




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