⑧アカウント名:マスコミポリス
「ほぉ、
日の出タイムス宇都宮支局長の
「バッカやろう!」
朝、デスクの綿貫から訂正の知らせを聞いたときは、さすがに怒鳴った。
だが、ただの打ち間違いだという。今の自分の地位に何ら影響がなさそうな
あと七ヶ月。支局長としてこの椅子に座っているだけで四千万円が入ってくる。先日、早期退職制度に応募したからだ。
先ほど、県警キャップの江藤が、何やら戸丸に怒鳴っていたが、どうやらそれも解決したらしい。今の支局は落ち着いている。
「おい森藤、そういえば支局会の店は予約取れたか?」
思い出したように古郡は、森藤を大声で呼びつける。だが……。
「海鮮系のめぼしい居酒屋はどこも予約が埋まっていまして……」
そう報告してきた。
「金曜の夜は一ヶ月前には予約しておかないと取りにくいです」
––そう意見までしてきやがった。この俺に向かって。
古郡は支局員に見せしめるかの如く、森藤を傍に立たせ、数分間、厳しく叱責した。
マスコミポリス@Masspolice110
昔と比べて、本当に記者の質が落ちていると感じる毎日です。命令したことをすぐに実行できないし、一丁前に反論までしてくる。日常生活の業務も含めて、きっちりとやるのが記者です。
14:04 2022/08/19 Twitter for iPhone
マスコミポリス。通称「マスポリ」の愛称で、じわりフォロワーを増やしている。フォロワー数は千六百超。腐ったこのマスコミ業界を痛烈に批判する。その痛快さがたまらない。癖になる。周りを警戒しつつ、ツイッターを見るのが支局長の古郡の日課だ。
不意に古郡の思考は二年前へと浮遊していく。マスポリのアカを見るときは、いつもそうだ。
「むしろ、処分もないことを幸運に思ってほしい」
二年前、人事部長だった古郡は失点した。とある就活生の女から「セクハラされた」と通報されたのだ。
人を見る目はあると自負していた。
––口が固そうだな。
長野県の片田舎の三流大学から、わざわざタイムスの会社説明会に来た芋娘に唾をつけた。
「タイムスの素晴らしさについて、もっと説明したい」
「履歴書や作文の添削をしてもいい」
「交通費はこちらで全額負担する」
そう言って、後日、巧みに東京へと誘い出した。
「就活は公平じゃないといけないからね。人目につかないように部屋も用意したよ」
呼び出した都内ホテルに芋娘はまんまとやって来た。飛び切り可愛いわけではない。顔面偏差値は五十二くらい。田舎臭さを打ち消そうと頑張って化粧して、背伸びしている。だが、その素人感がたまらなかった。正直、油断していたのだと思う。
「終電もあるだろうから、今日はこのホテルに泊まっていきなさい」
全ての発言をしっかり録音されていた。
後日、女子学生の両親がタイムス本社に怒鳴り込んできた。法務部長時代に築いた弁護士人脈がなかったら、正直危なかったと思う。何とか示談に持ち込んで、他言しないという誓約書まで書かせた。週刊誌に持ち込まれるリスクを何とか防いだ。だが……。
【宇都宮支局長に任ずる】
一年前の秋、定例の人事異動に紛れ込ませる形で、この宇都宮支局への異動を命じられた。社会部長。法務部長。人事部長。出世街道を歩んで取締役の椅子に手をかけていた。社長の椅子も夢ではなかった。それがこんな形で……。
––あんな芋娘の主張を鵜呑みにして、会社は事実上処分した。俺を切り捨てた。
マスポリのツイートを見ながら、いつの間にか歯軋りしていた。
––許せない。この業界は腐っている。
その感情が今日も腹の底から這い上がってくる。
––俺はここでは終わらない。こんなところで俺は終わらない。大学教授、企業の顧問、新興メディアの論説委員……。今より良い待遇の天下り先はきっとある。俺にはその価値がある。
「おっ、魁の佐藤が訂正出しているじゃねぇか」
いつものようにネットをパトロール中、ふとある訂正記事を見つけた。その瞬間、宝物を発見したみたいに、嬉々として古郡は笑う。
「普段、ワイドショーでコメンテーターなんかやっているから、こういうミスをするんだ」
支局中に聞こえるほどの声量で、言い放ってやった。胸がすく思いだった。その瞬間、怒りの感情は霧散した。
マスコミポリス@Masspolice110
東京魁新聞の佐藤編集委員が名数を間違えて訂正を出しています。基本の基を間違えるとは、記者失格ですね。ワイドショーなんて出る暇があったら、取材力を磨いてほしいものです。本当に日々、マスコミの質が落ちているのを実感しています。
14:33 2022/08/19 Twitter for iPhone
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