⑥アカウント名:子育てママ記者マホ

 子育てママ記者マホ@MaMakisyaMaho

 若い記者って、時間があって良いな。母親一人でさ、幼い子供二人を育てるのって、本当に大変だよ。朝晩の送迎だって負担なのに、弊社の某制度が改悪されるらしい。会社は全然理解していないよ。本当に泣きたくなる。

 11:02 2022/08/18 Twitter for iPhone


戸丸八重とまる・やえは、この日、朝から苛立っていた。

【保育手当の改定のお知らせ】

発端は今朝、本社労務部からそんな表題で送られて来たメールだ。子供一人あたり月当たりの保育手当が、十月から二割も減るらしい。

 発行部数の減少に加えて、広告単価の低下。斜陽産業の新聞業界を取り巻く環境は理解している。だけど、だからと言って、事前に社員に何の説明もなく削るのは許せない。現に中央や毎経、日日、魁の他の大手全国紙は、社員の福利厚生を改悪していない。今年に入ってから、立て続けに福利厚生の制度変更をしているのはタイムスだけだ。

「何で経営失敗の尻拭いを私たちがしなきゃいけないのよ。本当にこの会社って、働くママに対して冷たいよね?」

 戸丸はキーボードを打つ手を止めて、県庁の記者レクの記事を書く隣席の森藤に向かって言う。

「大変ですね……」

 隣席の森藤は、端末に視線を向けたまま、感情もなくそう返すのみだ。原稿に集中しているのは分かる。だけど……。

 ––もっと話を聞いてくれたって良いじゃん。そもそも、結婚もしていないお前に、この大変さが分かるもんか。

 戸丸は内心で毒づく。

「若いって良いよね、自由で!」

 皮肉をこめて、吐き捨てるように森藤に言い放った。

「…………」

 返答はない。戸丸はますます怒りが込み上げてきて、キーボードを先ほどよりも一段と強く叩き始めた。

 電機メーカー勤務の夫は、今も単身でロンドンにいる。「ダブルインカム」などと言えば聞こえは良い。だが戸丸は今、二才と四才の二人の娘の保育園への送迎、育児などを一人でやっている。ただでさえ、ストレスが溜まる状況なのに、この記者という仕事である。嘆息だって出る。

 三十四歳。この宇都宮支局では、総キャップという職にある。総キャップは、司法、行政、県警のそれぞれのキャップをまとめる役。いわば、支局や東京本社のデスクとの橋渡し役だ。夕刊と朝刊、電子版企画、本社からのメモ出し依頼など大量のメールを処理するだけで、一日が終わってしまう。

 そもそも、デスクの仕事だった橋渡し業務を何で自分がやらなければならないのかと思う。これでは取材だって行けないし、原稿だってろくに書けない。

「子育てしながら総キャップなんて無理だよ。もっと役職を軽くしてよ」

 今春に赴任以来、何度、この言葉を支局で口にしただろうか? そんな時、いつも浮かぶのは二人の子供の顔だ。真希まき穂乃果ほのか

「ママ、だぁいすきだよ〜」

 毎夜、そう言って真希は戸丸の胸の中に顔をうずめる。

「ママぁ」

 穂乃果も最近、言葉を発するようになった。仕事でのストレスに苛まれた際に、ふと脳裏に蘇るのは布団で眠る愛娘二人の寝顔だ。

「私、頑張らなきゃ」

 八重は、支局の誰にも聞こえないほどの声量でポツリ吐く。


 子育てママ記者マホ@MaMakisyaMaho

 渡る世間は敵ばかり。今日も忙しすぎて泣きたいけど、二人のためにママは頑張るからね。

 11:25 2022/08/18 Twitter for iPhone

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