「ゾウ」

夜表 計

アイ/ゾウ

 ある日、両親がお互いの左目を交換した。

 突然のことに僕は状況を飲み込めず、困惑していたのに両親は一言も僕には説明してくれはしなかった。

 二人が視えているのはお互いだけ。僕などどうでもいいのだ。

 両親は僕のことを愛している、と言っていたがその言葉は嘘だ。二人が愛しているのはお互いだけなのだから。

 僕に向けてくる感情は愛情ではなく責任。子を持ってしまったから仕方なく育てているにすぎない。その証拠にお互いの視覚を共有するために左目を交換している。僕など眼中にないのだ。

 お互いがお互いの目を使って相手を見つめている。目が合うたびに微笑み合う両親の姿を見せつけられ、僕は言いようもない気持ち悪さを感じ、二人から逃げるように学校へ走る。


 外で長々と無駄に時間潰して家に帰ってきたある日、両親はお互いの右手を交換していた。

 目眩がした。異常な光景に、異常な愛情に、僕は言葉を失った。

 愛は形がないからこそ、美しいものだと思える。そこに形を与えてしまえばその価値はそれまでのものになり、いびつに歪み本質からかけ離れていく。

 両親のこの愛はその究極的なものなのだろう。

 どこまでも自分本意で自己を満たす為の行動。同類だからこそ、こんな結果になってしまった。

 両親はとうとう自身の臓器まで交換した。この日からだ、両親が本当に狂っていったのは。

 口数の少なかった父親がよく喋るようになった。その逆に母親が物静かになった。臓器を交換したことで性格が逆転した。そう最初は思っていたが違った。

 性格が完全に逆転したと思っていたが、時々自身の性格が出ることもあった。このとき僕は二人はお互いの性格をも共有するために臓器を交換したのだと理解した。だが、その状態は長くは続かなかった。

 二人の思惑とは異なり、両親は少しずつおかしくなっていった。一つの身体に二人分の人格を宿していて、そもそもがおかしくはあったがそれでも僕の両親ではあった。だが、今の二人はもう両親ではない。

 両親の人格が消えてしまった。つまりは二つの人格が混ざり合い、溶け合い、全くの別物になってしまった。父親でも母親でもない、全く別の人間。それでも二人は愛し合っていた。その光景は僕にとってはあまりにもグロテスクな光景でしかなかった。

 そして十数年続いた二人の愛情はあっさりと幕を閉じた。

 心中自殺だった。

 これが愛情の到達点だとでも言っているかのように二人は抱き合いながらお互いの心臓を見覚えのあるナイフで刺し合っていた。

 身体も心も共有し合った二人は最後の最後に死を共有して僕の前から消えていった。

 高校の卒業式が終わり、やっと二人の元から離れられると思った今日。別の意味で両親から離れられることができたのに僕の中で渦巻く感情は嬉しさでも悲しさでもなかった。

 僕自身驚きではあるがこれは“怒り”だった。


 今、こうやって過去を振り返ってみると僕もまた両親と同じく異常者だった。

 愛する妻の手を掲げ、僕はあの時の“愛憎”を思い出す。

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