【第一章完結】「GIJU」

桃山ほんま

プロローグ

プロローグⅠ 決戦、そして暗闇 

 怪獣出現の緊急事態――防衛隊の作戦本拠点には現在の最前線の状況を報せる通信が殺到していた。

 多くの通信士たちが目を回しながらも、それらの回線を適切な役職の人物へと繋いでいく。

 押し寄せる通信の中で最も重要なもの。

 それは、最前線で戦う者からの通信であり、その通信だけは傍受対策の施された特別な回線を使って、作戦本拠点における心臓部である作戦本部に直接届けられた。

 作戦本部には、防衛隊や防衛庁の高位役職に就く人物たちが集まっている。

 作戦地点周辺の地図が広げられたテーブルを囲み、防衛隊の制服を着た者やスーツ姿の官僚らが通信に耳を傾けていた。

 彼らは皆、暗い顔をしている。


『尾部損壊……機体ダメージは甚大……これ以上の戦闘活動は困難……操縦者判断で、最終武装を発動する』


 通信越しに届く最終武装という単語を聞いた途端、何人かが息を呑んだ。

 勿論、彼らはその単語が意味する所を承知していた。

 今作戦における最終武装とは、怪獣を道連れにする目的の自爆である。

 だからこそ、事態が取り返しのつかない段階にあると理解した。

 作戦本部で最も高い地位にあり、その場の最高責任者でもある防衛隊の現場指揮官の男が通信機の送信ボタンを押した。


「……了解した」


 たった一言、容認の言葉だけを伝え、通信を切った。

 思いおもいの形でその場の全員が通信機の向こう側の人物に祈りを捧げる。

 官僚の女性が呟く。


「助かった……」


「我々は助けられたんだ、怪獣に対抗できる彼らに。そして、今から失う。彼らは使命をやり遂げた。己の使命を見付けるだけでも珍しい。ましてや、その使命を全うする事は稀有だ」


 噛みしめるように言った現場指揮官の男は作戦地点の地図に視線を落とす。

 有機ELを活用した地図の上には、出現した怪獣を表す駒ともう一体――人類が作り上げたのミニチュアが置かれていた。

 現場指揮官の男は手を伸ばし、その二体を倒した。


「我々の使命は彼らが繋いでくれたチャンスを無駄にしない事だ。今回のケースを記録に残し、次に備える。

 ……本当は、もしもの時に、彼らが居てくれれば良かったのだがな」


 作戦本拠点の全員が確認できるモニターには、作戦本部と同じ地図画面が表示されていた。

 最終武装の使用許可が出た数分後、突如、モニター上に巨大な高熱源反応が発生――地形を変形させる規模の大爆発が起きた事を示している。

 その場に居る誰もが息を呑んで、その画面を眺めていた。

 事前に作戦本部から発令された避難命令により、現場の被害はゼロに近い。

 爆発の中心地に居た、たった一人と機械の怪獣を除いて。


 後日、機械の怪獣の残骸を拾う目的で現場に調査隊が派遣された。大地が半円状に抉れて変形した現場は更地と化し、草木一本生えていない状態だった。

 不思議な事に、怪獣の残骸はおろか機械の怪獣の残骸パーツも存在しなかった。調査隊は周辺に吹き飛ばされたケースも想定して、広範囲に渡って捜索したが、どこにも残骸はなかった。

 こんな事は怪獣案件において初の事態だった。

 怪獣の後始末の必要がないと、現場の人間とその仕事を発注する官僚らは喜んだ。

 だが、喜んでばかりはいられなかった。

 機械の怪獣の残骸が発見されないというのは、同時に、機械の怪獣に搭乗していた防衛隊の隊員も発見できなかったという事だ。

 調査終了を以て、行方不明の隊員一名は死亡扱い、機械の怪獣は大破とされた。




 暗闇が広がる。

 は居た。

 重みのない闇は浮かぶような、漂うような心地よさを生む。

 音も無い。匂いも無い。無の世界。

 無の世界に在るのは、水の中に居る感覚に似た触感だけ。それ以外に実在を証明する触感が何一つなく、次第に存在の輪郭があやふやになり、まるでクラゲのようにただ茫漠と闇の中を泳ぐだけになる。

 この遠泳に目的地は無い。

 そもそも、に意識と呼べるだけの自我や哲学が無い。

 闇を漂うソレは『元々何かだったもの』の残りカス、あるいは成れの果て。形を成すのに必要な情報の全てが削ぎ落ちた、存在のマテリアルに過ぎない。

 同じような状態のソレがもう一つ並んでいた。

 ソレらは一緒に果てしない旅をしている。

 あるいは、また何かの形になる事もあるだろう。行き着く所があるのなら、自然とそこに行き着くだろう。

 それまでは、流れのない闇を海に見立てて浮かぶ/漂うだけ。


 突如、闇の中に星が流れる。ソレらの居る闇の外から。

 その瞬間、闇の海に空が生まれ、来た方と行き先が生まれた。

 流れ星の方向に、ソレらが流される。

 在る筈のない指向性の先――星に倣って、ソレらは導かれてゆく。

 星は言葉だった。

 言葉の主は女。音の無い世界に女の声が届く。


「――」


 言葉がソレらの輪郭を

 星が落ちた。

 水平線上で星が光を放っている。

 行き先は明るく、来た方は暗い。その違いは、二つの異なる世界があるようで。

 ソレらは星の落ちた所を目指して泳ぐ。行き着く先が出来たのだ。

 星の光に近付く程、女の声は意味を成してくる。


 ――…………

 ――……

 ――呼ん、でる。 

 ――レムナ? 名前、か?

 ――悲鳴、が、聞こえる。 

 ――…………?

 ――悲鳴の、向こうに、何か、聞こえる。

 ――獣の鳴き声のような、機械の唸りのような。

 ――そうだ、聞き覚えがある。これは怪獣の鳴き声だ。

 ――怪獣……怪獣……怪獣が、出たのか。

 ――倒さなければ。怪獣を倒す。

 ――……怪獣を、倒す!

 ――! 怪獣の倒すのが使命、生れた意味!

 ――怪獣から守る! ギジュウが居る!

 

 

 

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