球磨のアンドロイド工房
暗黒星雲
第1話 氷の中のアンドロイド工房
31世紀初頭、人類は火星のテラフォーミングに成功した。多くの人が地球から移住し火星の人口は爆発的に増加した。また火星経済も大規模な発展を見せた。その中心となったのが火星連邦首都オリンポス。火星で最も多くの人口を擁する最大の都市である。
しかし、その繁栄は長く続かなかった。火星が寒冷化し地表のほとんどが雪と氷に覆われてしまったからだ。多くの都市が地下へと移転したのだが、このオリンポスだけは地上にも多くの施設や住宅が現存している。
首都オリンポスの地下には四基の巨大な重力子発電所が設置されており、その余剰電力を利用した融雪氷システムが市街を凍結から守っている。しかし、その効果が及ぶ範囲は限られており、市中央より半径30キロほどしかない。それは火星開拓時に建設された旧市街のみ。テラフォーミングが成功した後に建設された新市街は、そのほとんどが分厚い雪と氷に埋まってしまった。
その旧市街と新市街の境目には二メートル以上もある雪と氷の崖が形成されている。その雪と氷の崖を利用した住宅が幾つか存在していた。ここはオリンポス市から排出される温水を利用でき、また、地価が非常に安い事から偏屈な者たちに人気があった。
そんな氷の崖の一角にその工房はあった。
『ブランシュ工房』
氷の崖に掲げてある金属製の看板。その下に長方形の扉がある。金属製の重々しい扉が開き、中から車いすに座った老婆とその車いすを押す若い男が出て来た。その二人の後を追うように、黒のエプロンドレスをまとった若い娘とツナギの作業着を着た丸顔の女性が続く。
「
「おまかせください」
「それとあの件もね」
「もちろんです。少しお待たせしますが、調整が済み次第ご自宅までお届けいたします」
作業服の女が笑顔で頷いていた。若いエプロンドレス姿の女と作業服の女は一礼してから工房へと戻った。
車いすを押しながら若い男が老婆に話しかける。
「ねえ、おばあちゃん。本当にいいの? あそこは違法改造する工房だよ。それに料金もバカ高いらしいし」
「大丈夫よ。問題ないわ」
「本当に? 僕は心配だよ。ちゃんとしたメーカーに頼めばいいのに」
「あの人はね。メーカーでは出来ない事が出来る。アンドロイドに魔法がかけられる人なの。人間よりも人……彼女が手掛けたアンドロイドはそう称賛されているのよ」
「それは信じられないなあ。あ、動力が戻った。手を離すよ、おばあちゃん」
オリンポス市の動力供給エリアに差し掛かり、車いすの動力が回復した。
「ジョアン。お家に帰りましょう」
「はい、奥様」
ジョアンと呼ばれた車いすが返事をし、自律動作を始めた。
「奥様、お車を呼びましょうか?」
「結構よ。今日は晴れているから気持ちがいいの。このまま自宅までお願い」
「かしこまりました」
ゆっくりと車いすが動き出す。不満げな若い男は渋々その後に続き歩き始めた。
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