〖01 Dropout〗

00話 Withdrawal ~追放~


「お~い、トーヤ。 今日もまた害獣退治かい? 毎日ご苦労さん!」


「あっ、グラムさんこんにちは。 この村にはお世話になりっぱなしなのに、俺に出来ることってこれ位しか無いですからね~。 他に何か役に立てればいいんだけど…」



 いつものように隣接するの地域の害獣駆除を終えて、猪や鹿といった獲物を積んだ荷車を引きながらトーヤが村へ帰って来ると、近くの畑で野良仕事をしていたグラムが、これまたいつものように声を掛けて来たのだった。



 ここ『フーリン村』は、この大陸の数ある小国のひとつである『テラドキア王国』の南端に位置し、海からは少しばかり離れた内陸部であるために交通の便も悪く、隣村ですら赴くには徒歩で2日ほど掛かることから、住民も精々せいぜい150人ほどしか住んでらず、基本的に自給自足の生活が強いられている小さな村である。


 そのため、塩や農具などの自給できない必需品の購入についてのみ、初夏と晩秋の年に2回の納税を兼ねて、村の若衆達が往復10日ほどを費やし、収穫された農産物を満載した数台の荷車を引いて、遠く離れた領主の住む街まで出向いて物々交換して来るそうだ。


 なお、声を掛けて来たグラムという男は、22歳のトーヤよりも一回りほど年上で、両親と妻子の合わせて7人で暮らす農夫であった。


 

「いや~、トーヤのお陰でこの村は大助かりだよ。 何たって、この数カ月で魔物どころか害獣すら滅多に御目おめに掛からなくなったもんだから、誰一人として不安を感じることなく畑仕事に精を出せるからな。 村の連中みんながお前にゃ感謝しきりってもんだ。 ハッハッハッ!」


「俺に出来ることって本当にこれだけだから、グラムさんにそう言って貰えると有難いですね」


「そんなに謙遜するなよ。 おっ、そうだ…さっき採ったばかりなんだが、そこに転がってるカボチャと大根を好きなだけ持ってって食べてくれ。 これっぽっちじゃ大した恩返しにゃならないがな」


「いつもすいません。 そのお礼と言っては何ですけど、今日も夕方になったら狩ってきた獲物を村の広場で配りますから、グラムさんも必ず来てくださいね」


「おぅ、いつも済まねぇな」




 そして現在、トーヤがこのフーリン村に住み着いてから、そろそろ4カ月を過ぎようとしていた。


 それ以前のトーヤはというと…決して本人は語ろうとはしないのだが、実は魔王討伐のために集められたパーティーに所属しており、その中でも『勇者』と呼ばれる最も重要な役割を担っていたのだった。




 この世界には多種多様な生き物が存在している。


 『人属ひとぞく』以外を例に挙げてみると、鶏や豚、牛などの『家畜』として飼われるものもいれば、猪や狼とか熊などの『害獣』と呼ばれるものもいるし、ゴブリンやオーク、コボルトやオーガなどに加えて、挙句にはドラゴンといった人間達に害を為す『魔物』達も存在する。


 当然ながら、人属と呼ばれる者達も数種類に分類され、一般的な『人間属』以外にも『龍人属』や『鬼人属』、『獣人属』などがおり、更に人間属の中にも『黒色人種』や『白色人種』などといった『人種』があるように、他の人属にも幾種類もの人種が存在することから、人属だけでも全体となると数えきれないほどの人種が存在している。



 そして我々人間属は、自分達を除いた人属を総称して『魔族』と呼んでいた。



 人間属にとっての上下関係と言えば、その者の持つ地位や財力、名声などである程度決まってくるものだが、魔族と呼ばれる者達はほぼ共通して個人の戦闘力の高さによって上下関係が決まっており、その頂点に君臨した者が『魔王』呼ばれる存在になるのだった。


 しかし、この魔王という存在は決して唯一無二という訳ではなく、魔族達が作る大小様々な集落は横の繋がりを持たないことから、それぞれの集落を統治する者が魔王と称され、その数はおよそ数百にも上るものと推測されている。


 また、魔族達は例外無く『戦闘力至上主義』と言える性格を持つため、近隣する魔族集落同士の小競り合いが絶えず、魔族の住むテリトリーと隣接する村や町などはそのとばっちりで、戦いに敗れて逃げ込んで来た魔族達により、破壊や略奪等の被害を度々たびたび受けていた。


 しかし幸いなことに、魔族達は戦いにひいでた者にしか興味をかれない性質を持つため、弱者である人間属の国々に自ら攻め入って来るようなことはせず、逃げ込んで来ていた筈の魔族達もある程度暴れ回った後には、いつの間にか元々住んでいた魔族のテリトリーに帰っていく。


 その後、散り散りになった魔族達は、いつの間にか三々五々さんさんごご集まっていき、新たな集落を形成してくことから、そのまま居座られて街が侵略を受けたり占領されるようなことは無いのだが、被害を受けた住民達から王家への陳情が後を絶たず、近隣諸国の国王達にとっては常に頭を悩ませる問題だった。



 しかし、その脅威を排除する為に魔族のテリトリーに軍隊を送り込むなどは論外で、数十年前にそんな現状にしびれを切らしたとある国が、隣接する魔族の集落に大軍をひきいて攻め込んだ際には、普段は敵対し合っている近隣の魔族集落同士が、この時とばかりに一致団結して迎え撃ってきたため、いかに大軍とは言えども個別の力で遥かに劣る人間属の兵士達は、瞬く間に1人残らず殲滅せんめつされてしまったのだった。


 そうした経緯から、試行錯誤の末に導き出された唯一の対応策というのが、魔族のテリトリーに隣接するそれぞれの国が、『勇者パーティー』と呼ばれる少数精鋭部隊を独自に作って個々の魔族集落に送り込み、大規模な戦いにならぬよう警戒を続けながら、集落毎に存在する魔王とその側近のみを個別撃破していく方法である。


 この方法を用いることで、接敵した魔王とその側近達とは戦闘状態に入るものの、何故か集落内の他の魔族達は攻撃を仕掛けて来ないため、効率よく魔王を討伐することが出来るのだが、その時に魔王と側近以外の魔族を間違って攻撃しようものならば、それまで静観していた集落内全ての魔族と臨戦態勢に入ってしまう。


 これは、魔族集落内の権力闘争に由来するもののようで、魔王の世代交代に係る集落内での小競り合いについては、部外者は事の成り行きを見守る立場にあるようなのだが、外敵に対しては集落内の全勢力を持って排除にあたるといった習性があるらしい。



 また、討伐が成功して魔王を失った集落にいては、次の魔王を決めるための勢力争いが必然となり、集落内が安定するまでに少なくとも数カ月から数年間は要することから、その期間は対外的な争いも無く静かに過ごしてくれる。


 しかし、どれ程小さな集落であったとしても、魔王討伐時にその集落内全ての魔族を殲滅しようものなら、その近隣に所在する魔族集落とのパワーバランスが崩れてしまい、外敵のいなくなった集落側は魔族の数がどんどん増えていき、結果としてスタンピードの発生を招くことになる。


 この辺りは、『蜂』や『蟻』の性質と非常に似ており、外敵の少ない場所に巣を作れば群れは瞬く間に巨大化していき、1匹の『女王』では統率できない規模に至った時に『巣分かれ』するのと同様に、1人の魔王では統率できないほど集落の規模が大きくなり過ぎた時には、幾つかの群れに分かれてせきを切ったように散って行くことになり、人間属の村や町の近隣でそのような事態が発生した場合には、別れた群れの一つか二つが押し寄せて来ることになる。


 ただし現実的には、如何いかに小さな魔族集落であったとしても、1人残らず殲滅することなど極めて困難であり、余程の作戦を用いて臨まなければ、大抵は返り討ちにされてしまうことだろう。


 そのため勇者パーティーは、定期的に魔族の集落を巡回し続けながら、集落間の勢力バランスを考慮しつつ、強大になって来た集落の魔王のみを選んで、討伐していくことになるのだが、必要とされる戦闘力はることながら、討伐対象の戦力を分析するための観察力と、その周囲に存在する魔族集落との力関係も踏まえた上での、バランス感覚についても極めて重要視される。


 そしてトーヤは、そんなパーティーにおけるとして、魔族集落を回っては魔王の討伐を続けていた訳だが、半年ほど前の討伐終了時に近隣の街に戻った際、メンバー全員によってパーティーからの追放を言い渡されたのだった。



「おい、トーヤ。 テメェはもうクビだから、このパーティーから出て行け」


 久しぶりに泊まった宿でくつろぎつつも、明日以降の討伐をはかるミーティングを始めようとしたところで、最初にそう口にしたのは賢者のバレットだった。


「バレット。 それはどういう意味だい?」


「どういう意味もへったくれもねえよ。 てめぇは戦力にならねえからクビだって言ったんだ。 分かったら荷物をまとめてとっとと出て行け」


「いきなり何バカなことを言い出すんだ、バレット。 マーク、お前からも何か言ってやってくれ」


わりいなトーヤ、俺もバレットと全くの同意見だ。 俺達は、やってもやっても終わらねえこの魔王討伐にケリを付けるつもりなんだよ。 その為に他国の勇者パーティーとも協力して、魔族どもを1人残さず殲滅することにしたんだ。 そのためにはお前みたいな攻撃力の低い勇者様はお荷物にしかならねえって訳だ。 なぁバレット」


「そういうことだ。 確かにてめぇの持つ、魔族集落同士の力関係を見抜く能力ギフトひいでちゃいるが、剣士としての攻撃力に限って言えば精々せいぜい良くて十人並じゅうにんなみってところだ。 そんな非力な奴が仲間の中にいたんじゃ、安心して魔族の殲滅なんか出来やしねぇんだよ」


 戦士のマークもバレットに同意し、他のパーティーメンバーである魔術師のハミルと僧侶のケイトの2人も、その話を聞きながらうなずいていたのだった。


「一体どういうことだ、魔族を1人残らず殲滅だなんて…そんなことをして、もし失敗でもしたら魔族達のパワーバランスが崩れて、取り返しの付かない事態を招くかもしれないんだぞ」


「てめぇは何時もそう言って怖気付おじけづきやがる。 失敗なんかしねえよ、その為に各国の勇者パーティーが各方面から一斉に総攻撃を仕掛けるんだからな。 この作戦には各国の王たちも既に了承済みだから、邪魔なのは非力な勇者様のてめぇだけなんだよ」


「だがバレット。 俺以外にこのパーティーに剣士はいないんだぞ。 どうやって接近戦を戦い抜くつもりだ」


「バカ言ってんじゃねえよ。 剣の腕一つ取ったって、賢者の俺にすら敵いもしねぇ癖によ。 てめぇが真っ先に殺られちまうのは構わねえが、その隙に敵に攻め込まれちまう方がよっぽど迷惑なんだよ。 それとも何か? おとりにでもなって死んでくれるっていうのか? それならお情けで連れてってやってもいいがな」 


「クッ…そうか…分かったよ、バレット。 俺はこのパーティーを出て行くことにする。 お前たちの作戦が成功する事を祈ってるよ」



 そうして勇者パーティーを追放されたのだった…勇者であった筈のトーヤが…。





 トーヤはその後ふた月余りの間、幾つかの街や村を訪れては日銭を稼ぎながら彷徨さまよった末に、隣国の辺境に位置するこのフーリン村まで辿り着いたところで、常日頃から害獣に悩まされ続けていたこの村の人達に温かく迎えられ、空き家まであてがって貰ったお礼として、害獣駆除の仕事を請け負いながら住み着くことになったのだった。



 さて、然程さほど強くもない剣士のトーヤが、毎日のように害獣駆除などをしていては、怪我が絶えないのではと思われるだろうが、この4カ月間でトーヤはただの一度も怪我を負ったことは無い…それも、かすり傷を含めてだ。


 確かにトーヤには、バレットのような魔法や剣技も使えなければ、マークのように大剣で魔族達をまとめて薙ぎ払うなんてことも不可能であり、正直なところパーティーメンバー同士で競い合ったならば、間違いなく1番弱いのはトーヤだと言えた…但しそれは対人戦に限っての話になるが。


 では、そんなトーヤがなぜ勇者の称号を与えられ、パーティーの中心として送り込まれたのかといえば、そこには絶対的な理由があったからだった。



 この世界の住人の中には、ごく稀に『ギフト』と呼ばれる特殊能力を持って生まれて来ることがあり、ここフーリン村の中にも数人ほどがその恩恵を授かっている。


 例えば、先ほど言葉を交わしたグラムは『成長ワクストム』といって、手掛けた物の成長を促進させるギフトを持っており、村の外れに住むスヴェンなども『増産ズーナム』という量産に特化したギフトを使い、たった10羽しか飼養していないにわとりから、毎日大量の鶏卵を生産させることを生業なりわいとしている。


 ちなみに、グラムの子供達3人についても非常に生育が良く、長男などはまだ13歳にも拘らず既にグラムよりも背が高いのだが、グラム自身はどちらかと云えば小柄な方であるし、スヴェンにしても結婚してから10年になるそうだが、子供は娘が1人しかいないことから、ギフトというのは所有者自身に対して効果が発揮されないことが伺える。


 そして、トーヤが所持するのは『弱体化スウェイスー』という極めて希少なギフトであった。


 このギフトは、周りに居る人間属以外の全てを弱体化させる能力で、相手との距離が近付けば近づくほど強い効果を発揮するもので、弓矢などの飛び道具や魔法等の遠距離攻撃に対しては、無効であるといった弱点はあるものの、使い方さえ誤らなければ害獣や魔獣、更には魔族に対して極めて効果的なギフトと言えることから、今までトーヤが傷一つ負わなかったのはこのお陰だった。



 しかし、トーヤが所持するこの『弱体化スウェイスー』というギフトについては、祖国でも国王と宰相くらいしか知る者がいないほど徹底的に秘匿されていた。


 それと言うのも、もしもこのギフトが公表でもされようものなら、トーヤは世界中の国や組織から狙われることになるだろう。


 例えば、魔王討伐の切り札として利用されるのは勿論だが、他にも戦争の道具として魔物達を捕えては敵国に向けて放ち続けたり、莫大な金額を得られるドラゴンの討伐など、その使われ方次第によっては、国家間の勢力図が大きく書き換えられる事態に繋がり兼ねず、また、悪意や野望を持つ者の手に渡ったならば、間違いなく世界を混乱に陥れることになるだろう。



 そうした理由から、国王や宰相達からはギフトについて口外することを禁じられた挙句あげく、トーヤの意思などお構いなしに無理やりパーティーの一員に加えられ、その上で『勇者』の称号までたまわることになってしまった。


 実際にトーヤの居たパーティーが、他国のそれに比べて魔王の討伐数が桁違いに多かった理由は、確かにバレットやマーク、ハミルやケイトの実力も多少は影響したものの、さいたる理由についてはトーヤが持つこのギフトのお陰だった。


 なお、当然のことながらトーヤがパーティーに居た時には、メンバー内にも絶対にギフトの効果がバレぬよう、戦闘時は魔王からは少し離れて側近達の抑え役を演じていたため、メンバー達はトーヤのギフトが魔族集落の力関係をはかるものだと信じており、結果としてあの追放劇を迎えることになってしまった。



 今思えば、トーヤにとってパーティーからの追放は決して悪い出来事ではなく、国の束縛から逃れるための絶好の機会だったと言えるし、現に追放されてから半年以上経った今になっても、祖国からトーヤの捜索手続きが取られていないところを見れば、国王たちは魔族殲滅作戦の時には、既にトーヤがパーティーを追放されていたなどとは知らないらしく、そのお陰でトーヤは待ち望んだ平穏な生活をやっと手にすることが出来た。





 新たな朝を迎えたフーリン村では、今日もトーヤは空っぽの荷車を引いて、村に隣接する魔族の森の奥まで害獣退治に出掛けて行く。



 彼とフーリン村の平穏のために…。

  

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