第4話
「いやあ、血だらけのコウノトリが来たときは心臓が止まるかと思ったよ。加えて、すぐ来ての血文字だよ?」
やれやれと島主ジョージは手を額に当てた。
「今日、すべてを片付ける予定でしたから、ちょうどよかったよ」
ヘンリーは、一安心とばかり部下に指示を出す。
「書くものがなくて、ご心配をおかけしました。ところで、これは」
竜騎士はルークだけではなく、王島の竜騎士団も来ていた。
そして。
「ボタニカル島ジョージスコットリア並び、マーガレットスコットリア。両名を国家反逆罪として逮捕する。投獄のあと、極刑を言い渡す。そして、娘シャーロット、息子トーマスは渦巻人傷害罪として逮捕」
王島の竜騎士が、逮捕状を読み上げた。
「何もしていない!」
「なんで私まで?」
捕縛されても、大声をあげて抵抗をしている家族を横目に、王島の竜騎士は、ビオラに片膝をついた。
「
気が付けば、ヘンリーもみな片膝をついている。
恐れ多い!!
腹をくくれってことね。
深く息をして、ビオラはスカートをつまみ深々とお辞儀をした。
「よろしくお願いいたします」
「では、早々に準備を」
下の妹弟、リリィとベンはまだ幼いので、お隣のご夫婦に預けることになった。
トトなどの家畜、畑もすべてだ。
「はっ!良かったな!お前んとこは子供がいないからちょうどよかったじゃねえか!俺の大切に作った畑もお前のものとは気に入らねえ!」
お隣のおじさんは、ベンを抱っこした。
あまりの勢いに、実の父親なのに怖がっていたからだ。
心配はいらないよ、とおばさんがいう。
「ふざけんな!どいつもこいつも!」
縛られた父親はわめきちらした。
「罪って?」
「君のお金を横領した罪、島主屋敷に侵入、強盗、君を殴った罪、食事を与えない…ほかにもいろいろだね。手を」
「ヘンリー様」
手にちゅっとキスをした。
ビオラの顔が真っ赤になる。急になんですか??
「こういう治し方もあるってことで」
ウインクをした。確かに、指が治っている。
髪をなでながら、顔に手をやると殴られて腫れていた頬がきれいに治った。
それでも頭から手を離さないから、ビオラはおろおろしていた。
「あ、あの」
額にヘンリーは軽くキスをした。
昨夜受けたケガも跡形もなく消えていく。
ますます顔が赤くなる。
また傷口が開きそうです!と心の中で叫んでいた。
「私の回復魔法では、日にちの浅い傷しか治せないんだ。ごめんね」
額の昔の傷を見ながら、申しわけなさそうに謝った。
真っ赤になって、いいえ、大丈夫、ありがとうございますというのが精いっぱいだ。
見ていた縛られたシャーロットが激怒した。
「お前のせいでめちゃくちゃよ!どこへでも行けばいいんだわ!」
「あはは、面白いことを言うお嬢さんだね。自分がこれからどこへ行くのかわかっているのかな?」
ヘンリーは笑顔だ。
こういう時の美男子って怖い。
「え?」
「繊維工場だよ。がんばってね」
「ひっ!」
罪人が働く場所だと前に聞いたことがある。
かなり過酷で、すぐに人が交代するとか…
いやああ!と大声をあげながら、シャーロットは連れていかれた。
シャーロットとトーマスは若いので、繊維工場へ。
スコットリア夫婦は、しばらく入牢の後やはり繊維工場の重労働行きらしい。
ビオラは、王島が持ってきた服に着替えた。
9才の少女に動きやすい服だ。
どうやらヘンリーの見立てらしい。
「ヘンリー様って教会の人なんですか?」
ずっと思っていた疑問をぶつけてみた。
「まあ、ぶっちゃけるとね。色々ってとこかな」
「え?」
んん、と王島からきた騎士が咳ばらいをする。
「はいはい、説明しますよ。僕は先王の弟なんだ。今の国王の叔父にあたる」
「え!!」
ばっ、と地面に膝をついた。
「数々の無礼を申し訳ございません!」
「それが嫌だから言わなかったんだよ。ちなみに島主のジョージとは幼なじみだよ。小さいころから遊んでいたんだ」
はい、立ってとヘンリーは手を取った。
「ひょっとして、こちらには私のために?」
「ご明察!渦巻人がきたからね、お目付け兼護衛ってところだね。護衛にはならなかったみたいだけど」
「まったく、横領に加えて暴行とは。それも女の子の額にケガをさせるなんて」
ジョージがかなり怒って、縛り上げられ護送用の籠に入れられているスコットリア家の人間をにらんだ。
「お店にたまっていた借金も払ったし。心おきなく出発できますね」
「まったく人が良すぎる。ルークが文句言ってたぞ」
呼びましたか?とニコニコしながらやってきた。
「王島まで護衛いたします」
びしっと敬礼をされた。
「ビオラは、我々と同じ馬車にどうぞ」
「ええー?」
「おや?いやですか?」
「せっかく飛べるのに、体で風を感じたいじゃないですか!」
人差し指を空へ向け、ビオラは叫んだ。
「竜に乗りたいです!」
わかりましたとマントを貸してもらって、竜に近寄った。
すぐ横に、護送用の籠が見える。
「けっ!王島に行って貴族のごたごたに巻き込まれてしまえ!」
二人の間には、鉄格子の籠。
父親は後ろ手に縛られている。
がっ!と両耳をつかんで引き寄せた。
「あなたは、努力がたりないんですよ。くだらない人だ」
誰だ、この娘は。
ビオラはこんな強い目をしていない。
俺の娘はもっとおどおどしていた。
イライラさせるくらいいつも俺に気を使って、怖がって。
こんな風に努力しない俺を見つけたりしない。
「悪いか」
ぼそっと小声で言った。
「努力しても貴族に持っていかれるだけだ!やってもやっても終わりがない取られっぱなしの生活だったんだ!娘が渦巻人になったときの俺の喜びがわかるか!?」
そう、物置小屋で寝かせていたら、熱を出して、段々と髪の毛の色が変わっていった。
これは、噂で聞いていた…!
「大金が手に入る!こんなつまらない生活と終わりだと思った。たくさん子供がいてよかったと。ぐずなビオラートがやっと役に立ったとおもったぜ。そうしたら、こんな化け物みたいな奴だとはな!」
つばを飛ばしながら、薄汚くののしった。
うるさいぞ、と騎士が槍の柄で押しのけた。
「周りが見えないとこうも頭が悪くなるのか」
はぁーとため息をビオラはついた。
「なんだと!娘のくせに生意気な!」
「姿はね。ビオラをお借りしているけど、ああ、話していなかったですね。私は、日和見すみれと名乗っていましたよ。年は27歳です」
「はあっ!?」
「あ、もう一歳年を取ったかな?28歳ですね」
ルークも驚いていた。
俺より8才年上…
「スコットリアさん、あなたは思い違いをしている」
驚いている騎士の槍をするっと手に取ると、かつての父親を名前呼びした。
「やってもやっても終わらない?終わりはあるはずですよ?トウモロコシは収穫したし、菜っ葉は出荷したし、今度は芋の作付けですよね。一つ一つは終わっているんですよ。そして新しく始まっている」
槍の柄でコツコツと地面をならした。
「子供はだんだん大きくなり、シャーロットはもうじき王島の学園に行く予定だった。ほら、この島での一区切りがきていたのに」
シャーロットは真っ青になった。そうだ、本当なら学園に通えて、そこでボーイフレンドを作って友達を作って、勉強して遊んで…
がしゃんと檻に背中をつけた。
コツコツと槍は鳴る。
「毎日日はのぼり、日は沈む。だが」
かっ!と槍は大きく音をたてた。
「昨日と今日は同じ日ではない!そのことに気が付かない愚か者め!」
槍の柄で、思いっきりみぞおちを殴った。
ビオラートが受けていた傷はこんなものではない。
何しろ体中傷だらけだ。
背中はムチの後が消えていない。
ふぐっ!と言って、うずくまった。
違う檻に入れられているシャーロットは髪を振り乱して叫んだ。
「父さんのせいだわ!何もかも!」
「げほ。お前だって新しい服を欲しがっただろう?ビオラを殴っていたし」
「横領だなんて。わからないようにすればよかったのに。すぐ物を買うからよ」
「うるせえ!喜んでいたくせに」
ビオラに顔をはたかれて腫れているシャーロットは、わあああと大声で泣いて余計に目を腫らした。
「今更何をビオラにしでかしたかわかったんですか?まあ、人生なんて思いがけないこと連発ですよ?私みたいに」
くすっと笑ったビオラの形をした少女は笑った。
「いいですね、やられたらやり返すってところは。なんだか、私と話が合いそうだな」
ヘンリーは、希望に満ちたまなざしをビオラに向けた。
そのよこしまな笑みを受けて、ビオラとルークは背筋に寒気を抱いた。
「そろそろ行きますか」
ヘンリーが、手を上げた。
王島の竜騎士が敬礼をして、応じる。
「いいのかい?」
「え?」
「トトは置いていくのか?」
初めてこの世界に来た時、背中の上で、大声で叫んだこと。
それからしばらく、前の世界の話に付き合ってくれたこと。
畑仕事や小屋の世話の仕方を教えてくれたこと。
ジョージ様のお屋敷や教会でもらったお菓子を内緒で二人だけで食べたこと。
皮肉屋で口が悪くて食い意地が張っていて。
「ええ」
ジョージを見つめた。
迷いはない目だった。
「そのほうが彼のためです。もうこんな人間のごたごたに巻き込みたくはない。王島に行けばもっと色々な人間がいて、彼をまた利用しようとするでしょうから」
「ビオラ」
「勝手に期待していて、失恋した気分です。私の期待が大きすぎたんですよ」
マントのボタンを留めた。
「ペリカンらしい一生を送ってほしいんです」
「わかった」
ジョージとヘンリーはペガサスの馬車へ乗り込んだ。
ビオラは、ルークに手を取ってもらって、竜に乗る。
「ランサー、久しぶり」
「一度騎乗しているから、きっと覚えていますよ」
「王島までよろしくね」
ぽんぽんと竜の首を叩いた。
さあ、何がまつんだろう。
王島へ!
「出立ーーっ!」
竜たちが一斉に飛び立った。
青空に竜騎士の鎧が光る。
唸るような風の音が耳を震わせる。
「素敵…」
ボタニカル島は緑色をしていた。
本当に空に浮かんでいる。
白い雲の間から見えていた島は、段々と見えなくなっていく。
ちっぽけな世界にとどまるつもりはない。
新しい扉を開けるのは怖いけど、同時に楽しみで背中がくすぐったい。
一度死んでるんだ。いいじゃない、思うままに迷わずそのまま行こう。
考えてもどうしようもないことは必ずある。
前を行くしかない。
いざ、王島へ!
ボタニカル島編 終
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