非日常インパクト / ビッグな熊

追手門学院大学文芸同好会

第1話

 彼を見た瞬間私の中の何かがもろく崩れ去った気がした。某ウイルスに就職活動、家族、人間関係、将来への不安、それらが我慢の限界を迎えている中での出来事だった。友人に気分転換でもと、誘われた某テーマパーク、夏の暑さが落ち着き、日がすっかり落ちた敷地内は夏の暑さとは違った熱気に包まれていた。

 薄暗くぼんやりと光る街灯、そして建物から漏れ出る明かりだけが照らす静かな敷地内は突如、喧騒に包まれる。

「えッ、えッ? えッ!?」

 困惑する私を置き去りにして舞台はどんどんと進行していく。薄暗い敷地内に現れる異形の軍団、霧の中をかき分けながら闊歩する者たちはどれもスプラッター映画に出てくるような恐ろしい姿をしている。

 そんな集団の中で鋭く輝く2つの光が私の目に飛び込んできた。

「ッ!」

 その瞳は強く何かを訴えかけるかのように私を掴んで離さなかった。

 鈍く輝く鋼の鎧は一見、武骨にも見えるがその所作は上品であり何とも言えない華があり、それでいて生気を感じられない青白い肌は美しくあれど恐ろしくもあった。

 他の有象無象とは隔絶された圧倒的存在感。そんな存在が獲物を定めたかのようにゆっくりとこちらに近づいてくる。

 言い知れぬ恐怖と高揚、反する二つの感情が私の中でぐちゃぐちゃに絡み合い、それが彼の興味へと変化していった。

「あっ……」

 気づけば彼と私の距離はもうなくなっていた。辺りの喧騒は失せ、不思議と静かな空間が形成されていた。鼻と鼻がくっつくほどの距離、わたしを見下ろす彼のギョロリとした印象的な瞳は冷たく支配的だった。

 永遠にも感じる時間が私と彼の間に流れる。だがそれを終わらせたのは彼だった。スッと彼が私から目を離し、それと同時に止まっていたはずの時間が流れ出す。周りの喧騒が戻り、それと同時に私も現実へと引き戻される。

 気が付けば彼は人の波に消えていた。あの空間にいたときに動きもしなかった脳が急激に加速し、それと並行して体の熱が上昇していくのが分かった。


「どうだった、梨花? わたしは結構楽しめたけど」

 わたしをここに連れてきてくれた友人、加奈がわたしに感想を求めてきた。

 そんなものは最高に決まっている。だがそれを形容する言葉がなかった。

「‥‥‥ヤバかった」

 私の口から絞り出した言葉は語彙力も何もない物だった。これはあれだ。麻薬だ。麻薬に近い中毒性のある何かだった。

「そっか。よかった~。なんか最近だいぶストレスたまってそうだったから‥‥‥気分転換にでもなってくれたらうれしいよ」

「加奈も、つれていってくれてありがと」

 そう、本当に彼女には感謝しなければならない。あの衝撃は私の語彙力を吹き飛ばすものだ。そんな中毒性のある危険で幻想的な体験はわたしの数少ない自由な時間を溶かしていった。

 そして今日もこのテーマパークにいる。夜になると行われるイベントに彼は居る。季節はもう冬、その寒くなった夜空の中であの初日に味わった、あの空間が現れる。わたしを狂わせる非日常の衝撃、彼はそれをいつも起こしてくれる。目の前で巻き起こる非日常、語彙力が無くなるその空間で、わたしは静かにスマホのシャッターを切った。

 



あとがき

 お読みくださりありがとうございます。

 今回の小説は、同級生の方が語ってくださった話を元に書きました。

モデルが女性の方であったため、ああでもない。こうでもないと悪戦苦闘しました。

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非日常インパクト / ビッグな熊 追手門学院大学文芸同好会 @Bungei0000

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