消えかけ女神、Vtuberになる――あ、投げ銭は神社にお願いします――

紅葉 紅羽

第1話『神たちの現代戦術』

――この国日本には、『八百万の神』という概念が存在する。その中にはいろんな神様の存在があるけれど、それが人間と近い存在だったことは間違いなかった。気に入らないことがあれば天罰を下したこともあるし、真摯に願う人間の望みを叶えたことだってある。人間が思っている以上に、神様は人間との交流を大事にしていたんだ。


……だけど、それももう昔の話。


「『RPが完璧だから安心して推せる』――だからガチ女神って言ってるじゃない、身バレも何もあった物じゃないのよ」


 パソコンの画面をしきりにスクロールしながら、私――コトノハはため息を吐く。何回も何回も『言葉に宿る女神』と名乗っているのに、信じてくれる人が一向に多くならないのは最近の懸念事項だった。


「これも現代の発達の弊害なのかしらね……最近の子、神様なんかよりスマホの方がよっぽど頼りにしてそうだし」


 神の恩恵なんかに頼らなくても、人々は自分の望みを叶えられる世界になった。実際に叶うかどうかは別問題だけど、叶えるための手段は今や誰しもの手の中にある。……そんな中で、わざわざ神様に挨拶する人が増えるはずもないわけで。


「私たちが直面してる現状、思った以上に深刻なのねえ……」


 冷たい机に突っ伏しながら、私は間の抜けた声を上げる。現代の人間に歩み寄って見えてきたのは、マイナーな神様達にとってあまりにも厳しい現実だった。


 今の世の中じゃ神様なんてよほど有名でない限り必要とされない存在だし、八百万の神様の全てを真剣に見つめてくれる人も少ない。天罰を与えようにも今の信仰じゃ人々をつまずきやすくするのがせいぜいだし、願いを叶えるって言ってもアイスの当たりをちょっと出やすくするくらいだ。分かり切った話だけど、わざわざ神社に『アイスを当たりやすくしてください』なんて頼みに来る人はいない。


「つまり今の私たちは無力そのもの……ああ、なんて世知辛い世の中なの……?」


「……悲壮感に浸ってるとこ、申し訳ありませんけど」


 あたしが悲痛な声を上げて今の世の厳しさを嘆いてると、配信部屋の扉が開く音がする。それに反応してゆっくりと振り返ると、そこには見慣れた顔があった。


「あら、筆子ふでこじゃない。どうかしたの?」


「配信が終わったみたいなので、喉にいいお茶を用意していたのですが――的外れな嘆きが聞こえて来たので、思わずノックを忘れてしまいました」


 くすんだ灰色の髪を背中まで伸ばした細身の少女――筆子は、私のことをどこか呆れたような目で見つめている。その表情を見る限り、どうやら私の嘆きは外からでも全部聞こえていたようだ。


「おっかしいわね、防音設備はちゃんと整えたはずなんだけど……やっぱりもう少しお金をかけるべきかしら。筆子、どう思う?」


「……いや、素のあなたの声がデカすぎるだけですよ。配信モードの時は漏れてないのも確認してますし、どうか安心してください」


 首をひねる私に対して、筆子はため息を一つ。そのままの流れで私の傍にティーカップを置くその態度は、慇懃無礼という言葉がよく似合っていた。


「……というか、あまり配信モードとか言わないでよね。あれだって私の一部なんだから。……あ、これ美味しいわね」


 あたたかな紅茶を飲み干しながら、私は筆子の言葉に反論する。確かに少し気を張っているけど、あれだって素の私の一側面である事には間違いなかった。


「もしそれが本当だっていうなら二重人格を疑いますよ……。一人称を使い分けること自体はあり得るにしても、『私』と『妾』が行ったり来たりするのがRPじゃなきゃ何だってんですか」


「あ、筆子までRPとか言った! 私がガチ女神様なの、貴方はちゃんと知ってる筈でしょう⁉」


 同じ目標に向かう仲間からの一刺しに、私は思わず机をバンと叩く。……紅茶を飲み干しておいてよかったと、内心そう思った。キーボードとかにこぼれようもんなら大惨事だ。


「お、いい台パンじゃないっすか。台パン系女神様、もしかしたら流行るかもしれないっすよ?」


「だとしてもやらないわよそんなもの! そんなことがお上にバレたら神罰どころの騒ぎじゃないでしょう⁉」


 人気を集めなくちゃいけないのは間違いないけど、神としての気品を忘れてしまっては身もふたもない。私たちの目的は、ただ配信で生活を立てていくことじゃないんだからね。


 机に両手を置きながらそう力説する私に対して、筆子の視線はどこか冷ややかだ。……と言っても、それは私に向けられたものじゃないみたいだけど。


 というか、何を言いたいかは私にも何となくわかる。筆子と私はあくまで、巻き込まれた側に過ぎないわけなのだから――


「……『Vtuberにでもなって新規信仰獲得してきなさい』なんていうお上の方々なら、貴女の滑稽な姿も手を叩きながら見守ってくれるんじゃないですかね…………?」


「……不思議なものね、その光景が私にもありありと想像できるわ……」


 皮肉たっぷりのその言葉に、私も力ない笑みを浮かべざるを得ない。……正直なところ、お上は何をやっても面白がってしまいそうなのが怖いところだった。


――時は現代。神への信仰は薄れ、人に信じられなくなった八百万の神様たちはアイデンティティの危機に陥った。そんな状況を打破するために現世に送られた神様たちが、文字通りの『神Vtuber』を目指す――


――これは、そんな日々の物語だ。 

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