第2話 最初の一歩


 暖かいお風呂なんて初めてだ。

こんなに心が落ち着くものなんだな。


 体の中だけでなく、心まで温まっていく。

僕がこんなことをしていて良いのだろうか。

こんな幸せなことをしていても許されるのだろうか。


 そんなことを考えていたら七瀬さんが心配して様子を見にきてくれた。


「一時間経ってるけど大丈夫?」

「はい、大丈夫です」

「それならいいけど」


 知らないうちに一時間も経っていたようだ。急いでお風呂場を出ると七瀬さんがいた。


「わぁ!ちょっと待って!」


 焦った様子で脱衣所から出ていった。そりゃそうだ。

アザだらけのこんな体を見たら誰だって気持ち悪がって逃げていくに違いない。


 脱衣所を出ると、七瀬さんが少し顔を赤くして待っていた。


「あ、えっと……コホン。ちょっと今から私は出かけるから家で待っててね。途中で影井かげいノラという女の人が来たら出てあげて」

「はい」


 誘拐犯なのに僕を拘束もせずにおでかけしても良いのだろうかと考えたが、まぁ優しい誘拐犯だし、と言うことで納得した。

別に僕もここを出たいわけでもないから大人しく待っておく。


 しばらくするとインターホンが鳴って女の人が来た。

その人は自分のことを影井ノラと言ったので、七瀬さんが言った通り家に入ってもらう。


「君が星野響くんね。私は影井ノラ。光のマネージャーをしているわ。よろしくね」


 少し堅そうな人だが頼れる女の人というような感じの人だ。

誘拐犯のマネージャーって何するんだろう。


「急だけど、、、響くんって呼ばせてもらうわね。響くんは今の状況がわかってる?」

「七瀬さんに誘拐されてます」


 正直に答えていいのか迷ったが、相手は誘拐の共犯者だ。話しても何も問題ないだろう。


 すると———


「はぁ、あの子話してなかったのね、、、」


影井さんはため息をついた。


「話してないってどう言うことですか?」


 気になって聞いてみると影井さんは


「あなたはうちの芸能事務所にスカウトされたのよ」


 と言った。


 そもそも芸能人になれるような顔を僕は持っていない。

両親からは大分前からどうしてそんな顔を持って生まれてきたのかと馬鹿にされて怒られてきた。


 それにスカウトさん?

七瀬さんが?


「疑問に思っているようね。でも会ってみてわかったわ。髪型や服を整えれば光りそうだもの」

「そんなにですか?」

「えぇ、知ってる?顔がいい人には昔苦労した人が多いのよ」


 初めて聞いた。でも、どうしてだろう。


 そんな僕の気持ちを読み取ったかのように影井さんは話を続ける。


「昔苦労した人はね、その分思いやりがあって優しい性格を持った人に成長しやすいの。すると自然に顔も凛とした、自信があって優しさも混ざった顔になりやすいのよ」


 そんなことは初耳だった。


 でも僕が苦労してきた?そんなことはないと思う。


 両親に殴られても反抗せずにじっと耐えているだけだった。

僕はただの弱虫だ。


 そんな僕が、自分から勇気を出して立ち向かって行く本当に苦労した人たちと比べるのは、その人たちにとても失礼なように思える。


「今響くんが思ってることも何となくだけどわかる。でもね、自分から勇気を出して戦った人だって一人ぼっちだった訳ではないんだよ。みんなお互いに励ましあって大きな一歩を踏み出したんだよ」


 影井さんは僕をのことを見てそう言った。


 僕のことを見てちゃんとそう言ってくれた人は初めてだった。

過去に相談したことがある人はみんな揃って僕の表面しか見ていなかった。

みんな僕の気持ちなんて考えてなかった。

 

 だから僕は————


「僕は———踏み出したいです。その一歩を」

「うん。よく言った。実はね、うちの事務所は元々君に目をつけていたんだ。それでね、光がね、夏でも君が長袖を着ていたことを不審に思ってね、調べてみたら響くんの家庭状況に気付いたのよ」


 なるほど、そうだったのか。


 と言うことは七瀬さんと出会ったのは偶然ではなくて必然だった?

それに誘拐ではない?


「それでね、今事務所の方で響くんの家庭環境をどうにかしようと思ってね。児童相談所に相談しようとしてるの」

「それは、、、どうして、、、」

「うちの事務所に響くんに入ってもらうためだよ」


 でも、してもらってばかりだ。

何も僕に返せるものはない。


「ここからは大人の汚い話になるよ。さっき児童相談所に相談しようとしてるって言ったでしょ?それでね、響くんがうちの事務所に入ってくれるなら手伝ってあげるって言うことになってるの」

「それ、話して大丈夫なんですか?」

「本当はダメだけど響くんの中ではもう決まってるでしょ?」


 その通りだ。


「事務所に入れてください」

「えぇ、もちろん!これからよろしくね」

「はい、よろしくおねがいします」


 

 そこからの話は早かった。


 両親の裁判がすぐに行われ、10年の懲役が決まった。

僕は影井さんと傍聴席で見ていた。判決が下され、つれて行かれながら暴れる両親はとても滑稽こっけい見えた。


 僕はまだ未成年のため、親と言うものが必要となる。

ここでとても驚くことがあった。


 僕には親戚がいなかったので、新しい母親に七瀬さんがなったのだ。

学校も七瀬さんの家の近くの中学に転校した。


 七瀬さんはすごく優しい人なので、これからが楽しみになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る