家出したら役者にスカウトされました。

星光かける

第1話 家出


「おい!何でできないんだよ!」

「ご、ごめんなさい」


 僕は今、お父さんに殴られている。

いつからこうなったのだろうか。物心がついた頃からだったと思う。

何かあるたびに殴られたり叩かれたりした。


 成績が悪いとか、そんな理由ならまだわかる。

普通ではないが。


 中学に上がってからは『天気が悪い』『飯がまずい』『酒で悪酔いした』とか、そんな理不尽な理由で暴力を振るわれるようになった。


 今はお父さんが飲むお酒を食前に持って来なかったことで怒られている。


「あなた、その辺にしとかないと死んじゃいますよ」


 これはお母さん。助けてくれたことはない。僕が死にかけになるまで口を出さない。


「はぁ、はぁ、そうだな。飯が冷める」

「えぇ、早く食べましょ」


 ちなみに僕のご飯は食卓にない。両親が食べた残飯が僕のご飯だ。


 ————そう、僕はいらない子だ————



    *    *    *



「おはよう、透」

「おう、響。お前今日も長袖かよ」

「まぁね」


 アザが身体中にあるため、学校は冬服でしか行けない。

肌が日光に弱いということで通しているが、多分先生や透には本当の理由がバレてる。


 でも対応が面倒だからだろう。学校は何も動かない。

透は自然と家に来ようとするが、僕が止めている。

せっかくできた友達に迷惑なんてかけたくない。


「大丈夫か?」

「いつも言ってるでしょ、大丈夫だって。何もないよ」


 そう言うと透は複雑な顔をして自分の席に戻って行った。



    *    *    *



 放課後になると僕は必ず駅のホームで考える。

僕は生きている意味があるのだろうか。

怒られてばかりで友達にも心配をかけてばかりいる。


 ここから飛び降りたらどうなるのだろう。間違いなく一瞬で死ねる。

元が誰だったかわからないくらいにぐちゃぐちゃになって。


 僕がいなくなるだけでみんなが幸せになれる。

そう思うのだ。



 だが頭の隅の方で誰かが僕を引き止める。


 死んじゃダメ。何も残らなくなる。

誰の記憶にも残らずに一人で死んで後始末だけ他の人に任せるなんて、もっと迷惑をかけるだけ———と。



 ネガティブな気持ちになって重い頭と足を引きずりながら家に帰る。

家に帰ったらまたお父さんが待ってるんだ。


僕という『生き物』をただストレス発散のための『物』にするために。



 この日は家に帰るのが嫌になって家出をしようと思って都会に来ていた。

少しでもあの両親から逃げることができた気がして心が軽かった。


 都会という所はすごかった。人や車の量が段違い。


 幸い高校は私服のため、年齢を誤魔化してネットカフェに泊まることができた。


 お金は両親の目を盗んで財布から盗んだ。

罪悪感が湧かなかった僕に吐き気がしたが。


「どうぞ、18番の部屋です」

「ありがとうございます」


 借りた部屋は狭かったが、廊下で寝ていた今までと比べれば至福の空間だった。


 今まで学校でしか触ったことのないパソコンがあって、朝まで人生初のゲームをして遊んだ。

一晩でこの世の楽しいことを全て楽しんだように思えた。



    *    *    *



 朝になった。

いつも通り学校に行かなければいけない。

だが親が校門で待ち構えているかもしれない。

でも学校に行かなければならない。


「なぜ?」


 本当に学校に行かなければいけないのだろうか。


 そう思って歩いていると、サングラスとマスクをした女の人から声をかけられた。


「君、大丈夫?」


 驚いた。

僕に声をかけてくる人がいるなんて。

どう返そうか迷っていると


「うーん。うちに来ない?」


 これが世にいう誘拐か。

でも両親の元に戻るよりはいい。


「はい」



    *    *    *



「ただいま〜」

「お邪魔します」

「はい、いらっしゃい。まずお風呂に入ろうか」


 そんなに臭うだろうか。

確かに昨日から風呂に入ってないが。


 自分を匂っていると


「自分の匂いには鼻がなれてしまっているからわかりにくいのよ」


 つまり自分は臭いのだろう。

脱衣所で服を脱いでいると、外から話しかけてきた。


「君の名前は?」

星野響ほしのひびきです」


 相変わらず響なんて僕に似合わない名前だ。


「へぇ、いい名前だね。私は七瀬光ななせひかり。よろしくね」

「はい。よろしくお願いします」


 自分の名前を教える誘拐犯なんて珍しい人だ。

それとも普通なのかな?


「響くんはどこから来たの?」

飛跳市ひとべしです」

「へぇ、遠くから来たね。まぁ、ゆっくり入りなさいな」


 詳しい住所を聞かれなかった。

想定外だ。身代金を要求しないのか?

両親は僕を捨てるだろうから、聞いたって無駄だろうけど。


 ゆっくり入っていいと言われたが、さっさと上がる。

すると、七瀬さんが電話をしていた。


「はい、私の顔を見ても何も驚きませんでしたし。はい、わかりました…はい…失礼します」


 そういって七瀬さんは電話を切った。


「顔がどうかしたんですか?」

「うわっ!何でもないよ。もう上がったのか?」

「はい、ありがとうございました」

「いや、いいんだが」


 七瀬さんは僕の手に触れる。


「響くん、湯船に浸かった?」

「いえ、浸かってないです」

「もう!ちょっと待ってて」


 七瀬さんはお風呂場に小走りで行く。

しばらくすると七瀬さんは戻ってきてもう一回僕を風呂に入れた。


 上半身を脱いだ時に怒った顔をして


「ちゃんと温まりなさい。湯船にも入ること」


 と言って脱衣所を出ていった。優しい誘拐だ。

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