掌編小説・『南極』

夢美瑠瑠

掌編小説・『南極』

(これは、昨日の『南極の日」にアメブロに投稿したものです)


掌編小説・『南極』


 ーー宮沢賢治風の童話


 北極にはご存じの通りに”サンタクロース”の本拠地があって、無数のクリスマスツリーが林立して、虹の海のような極彩色の無数の煌めきを黒夜のしじまにさんざめかせていました。その”光の森”の麓には、例の「赤鼻のトナカイ」たちが群れ集って、極寒の中でも繁殖するクロレラを静かに食んでいました。

 トナカイたちは雄々しく、偉丈夫で、頭上には一対のキラキラ光る夢のように美しい立派な角をそびやかせていました。

 

  赤鼻をピカピカ光らせている「ルドルフ」が「キューン!」と一声、いななきました。

 それを合図に、暖かそうなビロードの毛皮をまとったトナカイたちがてんでにパカパカ走り回って、やがて整然と隊列を組みました。

 

 侍従のエスキモーたちが、屈強な体躯のトナカイたちにくつわや胴ひもを装備して、金や銀やサファイアやダイヤモンドをちりばめた豪奢なそりにしっかり配備しました。


 やがて、あたりを払う威容の、百万年の歴史を誇る、瑠璃色の「氷の宮殿」の中から、おごそかにサンタクロースその人が現れました。


 雲のようにたっぷりとひげを蓄えていて、てらてらと赤ら顔の頬は輝いていました。

 みどり色の瞳も、つやつやした紅い唇も、生涯にわたって「慈善」を神聖な任務としてきたその人らしく、暖かな笑みを含んでいて、クリスマスという世界中の子供たちの祭典にふさわしい明朗で祝福されたニュアンスに富んでいました。


 「さあ、いくぞ!」


 サンタはムチを振るいました。華やかにジングルベルの響きをき散らしながら、ルドルフたちが力強く駆け出しました。真紅と純白の鮮やかなコスチュームを纏った「クリスマスの聖者」一行は夜空に舞い上がり、光の軌跡をあとに残して、あっという間もなく彼方へと消え去っていきました…



 …その頃、子午線上の対極にある南極では、終日陽が沈まない白夜で、密かに、邪悪な「陰謀」が進行中でした。


 もう百万年以上生きているダークエルフ、しかしまだ見た目は瑞々しい少女の姿をしている黒魔導士の「ミネルヴァ」が、サンタクロースのプレゼントの中にあるらしい「龍の涙」というオルハリコンで出来た宝剣に目を付けたのです。


 この「龍の涙」は極上のオルハリコンを、ユグドラシルの幹をくべておこしたかまどの火とルルドの泉の水とで錬成した特製の秘剣で、ティアドロップ型のコンパクトな抜き身の透明な表面に金雲母のような綺羅綺羅が鏤められていて、それはそれは美しい意匠で構成されていました。懐剣として佩刀はいとうすれば、邪悪な霊を寄せ付けない”至高のタリズマン”となり、運気や魔力が飛躍的にアップするのでした。そうしてしかも、常に拐帯すれば、その発するオーラで持ち主は”永遠の若さと美貌”を保証される、そういうスグレモノの逸品でした。


 このプレゼントはイスラエルに住んでいるジーザスという名前の子供のためのものでした。ジーザスは馬小屋で生まれ、母親はマリアという町娘でした。「東方の三賢者」がじきじきにサンタに依頼したといういわくがついていて、なぜそんな貴重なものを馬小屋で生まれたような卑賎な赤ん坊に贈るのか、ミネルヴァにも見当は付きませんでしたが、そのプレゼントを横取りすることがどういう結果をもたらすかとかは想像の外で、とにかく不老不死を齎す上に運やらマジックパワーやらを授けてくれるなんて、あまりにも、ただ看過するには勿体なさすぎるような垂涎物の獲物だったのでした。


 銀の龍の背に乗って、ミネルヴァは南極の、「龍の森」を飛び立ちました。

 「龍の森」には多種多様な、大小も色彩もとりどりの無数の龍が棲息していて、そのうちでも力強さも巨大さも横綱クラスの銀龍がミネルヴァのパートナーでした。

 

 銀龍は名前を「ミカエル」と言って、極めて聡明ですが寡黙で、人語を解するけれど、滅多にしゃべりませんでした。

 ですが性格はミネルヴァに似て優しくて温和で、ミネルヴァを見つめる眼差しは慈愛深い母親のそれそのものだったのです。

 銀龍が力強く、冷たい白金色の光の「鮮烈な洪水」を閃かせつつ、壮麗な両翼を羽搏かせて猛スピードで滑空するたびに、ミネルヴァは歓喜に痺れました。その臨場感や光彩陸離たる華麗なポリゴンの躍動美は「圧倒的な膂力の勝利」とでも名付けたい一個の芸術だ!アーティストでもあるミネルヴァはそういう感慨を抱いていました。

 

 ミネルヴァには方位磁石とか羅針盤の役目を果たすESPがあり、めざすサンタクロースの橇が今地球上のどの辺を飛んでいるかは頭頂葉の特殊な感覚野の座標上に一目瞭然にインディケートされていました。


 ミネルヴァと一心同体の、分身で水先案内人のミカエルも、ミネルヴァの意識に感応し、ターゲットを素早く察知して、全速力で目標の「クリスマスという宗教行事を周知徹底させる移動広告塔おやじ」にして能天気と善意の塊?…目的のためには手段を択ばない、冷酷非情なダークエルフの姫にとってはそういうイメージの、サンタクロースの橇を目指しました。


 ほとんど音速に近い航行速度を誇る、巨大な銀龍のミカエルは、ほどなくしてサンタクロースの橇を視界内に捕捉しました。


 「おおおし!そこまでだ!サンタクロース!命は助けてやるからおとなしく「龍の涙」を寄こすんだ!拒むとお前の命は無いと思え!私はダークエルフのプリンセスの大魔導士、これまで欲しいものはすべて手に入れてきた名高いトレジャーハンターのミネルヴァと申す者だ!近くば寄って目にも見るがいい!」銀龍の光沢のある尖鋭な両の角を握りしめながら、ミネルヴァは大音声で呼ばわりました。


 のんびり橇を運転していたサンタクロースは、だしぬけの、美麗かつ巨大、魁偉なシルバードラゴンとダークエルフの襲来に仰天しましたが、そこはサンタクロースも百万年の間、幾多の盗賊やら辻斬り強盗やらからプレゼントを守り抜いてきた強者で、太い白い眉をぐっとしかめてこう呼ばわりました。

 

「『龍の涙』は形骸化してきたクリスマスという行事を真に復活させるために輪廻転生してきたネオキリストに神通力を授けるために鍛冶の神ヘパイストスに依頼して錬成したこの世には唯一無二の霊験あらたかな神剣だ!渡すわけにはいかん!奪うならこのサンタクロースの屍を乗り越えてからにしろ!」


「渡さぬというなら是非もない。力づくで奪うまでだ!」


 対峙した美貌の妖精、異端の魔術の化身と、一見は好々爺ですが、実は百戦錬磨のクリスマスのガーディアンが、一部の隙も見せないという超ハイテンションの極致で睨み合いました。


 …が、勝負は一瞬で決しました。


 南極は白夜で薄暮。北極は真の闇夜。そうして二人が相対したのはその中間の赤道直下でした。

 12月24日の今夕も、現在は夕日が沈んだ直後でした。

 夜のとばりがおりて、闇が訪れた直後に、ミネルヴァのまだ暗さに慣れていない眼は、サンタクロースの放った渾身の「セイクリッド・レイ」に一瞬の刹那、目が眩んで、よけ損なったのです!

 サンタクロースはミネルヴァが全身全霊でキャストした「ダーク・フォグ」の魔法を、ルドルフの赤鼻の光だけを頼りに旅してきたが故の鋭敏な勘と身のこなしで、寸前の差でかわしました!


 「う、ううっ…ドサッ」


 …あえなくミネルヴァは不老不死の霊剣を手に入れる寸前にしてあえなく斃死へいしし、プレゼントの「龍の涙」は、サンタクロースの手で、ネオキリストである「イエス」のもとに届けられたのでした。


 「龍の涙」に秘められた神聖な霊力は幼いネオキリストを加護して、すくすくと育ったイエスは長じてののち、全く新しい宗教の哲学を提唱したのでした。


 それは「無償の愛」がすべてを解決する、という教理が中心である宗教哲学で、慈善と奉仕こそが人類に究極の救済を齎す、つまり「サンタクロースの哲学」でした。


 すべてを分け与える精神、「サンタクロースのプレゼントの哲学」こそが世界を救う、資本主義を超越して、人類の呪いを浄化する唯一の方法、ネオ救世主の究極のエヴァンゲリオンの眼目はそこにとどめを刺すのでした。


 その哲学の淵源が、「龍の涙」の神通力で自己確立してきたというイエス自らの、人生史的な経緯、それゆえに醸成されてきたサンタクロースという存在…その「高貴で高邁な奉仕と慈善の精神への感謝」であったことは言を俟たないのでした…


<了>

 

 



 

    

 

 

 


 


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