第8話 爺さん、ロッタに会う 改

暗闇の中で目覚めた戍亥は入口の戸を開け放った。


外はすっかり日が昇り、道を行き交う人々の姿もちらほら見られる。

薄暗い部屋を見て、まずは照明が必要と結論づけ商店街に向かった。


商店街は行き交う人々や馬車、荷運びの動物でかなり混雑している。

目的の店を見つける労力を想像するとうんざりした気持ちになる。


「ここは人に聞くのが手っ取り早い」


と考え、人の良さそうな小太りの中年女性を捕まえて話を聞いた。


「あらやだ、いい男。でも私より年上ね。」


はははと笑って戍亥の肩をバンバンと叩く。


生活用品を扱った良い店を知らないか、と尋ねるとすぐに答えが返ってくる。


「ああ、それだったらこの通りを少し行けば「賢婦と良夫の友」というお店があるわ。

安いし品揃えも抜群よ!」


またしても笑いながら肩をバンバンと叩く。


女性に礼を述べ、雑踏の中を人に当たることなくスイスイと進み目的の店をすぐに見つける。


「賢婦と良夫の友」と書かれた、黄色の下地に黒ぶち赤文字で書かれた大きな看板が嫌でも目に入る。


かなり大きな建物で期待値が高まる。

店内に入ると大勢の客のほとんどが一般の街人で冒険より生活のための道具を取り扱っていることが容易に想像できた。


店員を捕まえて照明について尋ねてみると、やはり魔法灯が一番にあがり、次に燃料ランプ、ろうそくと説明される。

魔法灯売り場に案内を頼むと店員は喜んで戍亥の手を引いて先に進んだ。


店舗内容を説明し最適な室内照明を店員に選んでほしいと頼むと、室内用の大きめを11個、店先、かわや、廊下用の小さ目を4個勧めてきたので全て購入すると告げた。


更に寝具が必要と思い出し手頃なものを併せて購入した。


支払いの際に商品の配達を勧められ、内容を聞く。


「配達料金はお品物1つにつき中銅貨1枚、配達員がお客様に同行しますので軒先でお品物をお渡しいたします。」


あまり人前で収納を使用したくない戍亥は配達を利用することを店員に告げ料金を支払う。

店員が台車に品物を乗せバックヤードに消えていった。


店内を見て回るうちに準備ができたと入口とは別の搬出口に案内される。

搬出口の前で荷物を積んだロバらしき生物の手綱を握った少女が待っていた。


「はじめましてロッタです。こっちはミミよろしくお願いします。」


無表情の少女がちょこんとお辞儀をする。

マクシミリアンより背が高いが顔つきが幼く見えた。


「よろしく頼む。代金は今払えばよいのかな?」


「いいえ、お客様のお家に無事運び届けてから頂きます。」


歩き出すとミミの鈴がカランカランと音を立て後を着いてくるのがわかる。

しばらく無言で歩いていたが、孤児院の子供達が学校で勉強をしている時間だと思い出した。


「ロッタ、君は学校へ行かないのか?」


「うちは貧乏なので学校へ行く余裕がありません。」


少し間を置き、不機嫌そうな声が返ってきた。


「孤児院の子供達は国の子供は全て学校へ行くと言っていたが。」


「親が居ても貧乏な家は子供も働かないと食べていけません。

うちみたいな家はたくさんあります。」


落ち着いて喋っているが怒りの感情が混じっていた。


昨日の路地裏の子供達を思い出す。

親のいる子が貧しく親のいない子が富める。

国の暗部を垣間見た気がした。


「孤児院の子達が羨ましいです。

ご飯いっぱい食べられるし綺麗な服着られるし。」


自分のくたびれつぎはぎのある服を見た。


「しかし親と一緒に居られることは幸せな事ではないか?」


少女に振り返り問いかけた。


「そんなの分からないです。」


口をへの字にして、そっぽ向く。

改めてロッタを観察して気がついた。


髪は油でベトつき、顔は垢じみている。

着てる服も埃っぽく泥汚れがこびりついている。

疑問に思い生活魔法を使えるか聞いてみた。


「教わった!事が!ないので!できません!」


目が吊り上がり鼻筋にシワがよっていた。


貧困層の家庭では子供が幼い頃から働きはじめる。

家計を助けることは当たり前のことで、母親も例にもれず幼い頃から働いているので当然学校に通えなかった。


母子家庭であり何より母親思いのロッタに学校に通う選択肢は無かったが、ただ貧乏であることは恨んだ。


ロッタも貧困層家庭の負の連鎖を受け継いでしまった。


「洗浄魔法を使わずに体を清められまい。」


「濡れ手ぬぐいで拭けば十分です!」


それ以降黙り込んでしまい語りかけても反応が無かった。


▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽


やがて店に到着して無言で荷ほどきをするロッタから荷物を受け取り、運び入れると賃金を手渡す。


受け取ろうとして広げられた、傷だらけの小振りなてのひらと細い指を見る。

戍亥はその手に金を握らせると、自分の手で包み込んで治癒を祈った。


突然の癒しの魔法に慌てたロッタは足がもつれて転倒しそうになる。

戍亥は抱き留めた拍子に「洗浄」魔法を唱えた。


暖かく柔らかな波動に包まれ、心のしこりが解きほぐされていく感覚を戸惑いながらロッタは受け入れた。


慈愛を込めた手がロッタの頭を愛撫する。

大きく固い手が母の手と違う優しさと安心感を与えてくれる。

お父さんの手ってこんな感じなのかなと思う。

戍亥の愛撫が終わっても、ロッタは地面にペタリと座り込みしばらく放心していた。


「ロッタ」


静かに話しかけ肩をポンポンと叩く。

正気に戻ったロッタは戍亥から飛び退いた。


「このエロじじい!わたしに何をしたの!」


「治癒と洗浄を施した。勝手をして済まない。」


戍亥は深く頭を下げて詫びたが、ロッタは警戒する猫のように睨みつけた。


「詫びの品だ。受け取ってほしい。」


紙袋を差し出す。


何故か受け取らなければならない気になる。

手の届く距離迄近づくと紙袋をひったくり、ミミの手綱を持ち駆けだした。


からんからん、少し騒がしい鈴の音が遠ざかっていく。

姿が見えなくなるまで見守った。


店に戻ったら先程の痴漢行為を店長に報告してじじいを出禁にしてやるとロッタは息巻いていた。


搬入口に着くと仲の良いおばちゃんに呼び止められた。


「ロッタちゃんどうしたの?

いつもよりずっと別嬪べっぴんさんじゃない?!

髪が艶々に輝いてさらさらよ。

こんなに綺麗な髪だったのね、それにいい匂い!」


おばちゃんが寄ってきてロッタの髪を手に取り騒ぎ出した。


何を言っているのか分からない。

わたしの髪は油でべとついて埃まみれで嫌な臭いがするはずだ。


おばちゃんの騒ぎ声に顔見知り達が集まってくる。


「どうした?おお、ロッタどうしたいつもより凄く綺麗だぞ!」


「ほんとだねぇ、なんて綺麗な肌だろう。

きめ細かで白陶磁みたに透き通って見えるわ。」


皆が一様にロッタを綺麗だと褒めちぎる。


従業員に連れられて普段は入れて貰えない店内に入り、大きな姿見の前に立たされる。

体どころか服までもが汚れが落ちている。

初めて汚れていない自分を見たロッタは、じじいの痴漢行為をすっかりと忘れていた。


▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽


戍亥は室内に照明を取り付け明かりを灯す。

白熱電球に似た柔らかな光に得も言われぬ郷愁を感じた。


明るくなった店内の間取りを見て回る。

1階店舗は間口3m奥行10mで壁に仕切られており、奥行き2m程の水場とかわやが設置されていた。


2階の居住空間は中央の廊下を挟んで同じ間取りで2部屋、廊下の突き当りにかわやが設置されている。

この世界の汚物や汚水は粘液生物によって処理されている。

年1回程度増えすぎた粘液生物に不純物の混じった岩塩を与えて容積を減らして管理されている。


明かりで照らしだされた汚れを「洗浄」を唱え片端から清める。

昨夜、精霊達と契約を交わして魔法が強化され、発動回数と効果、範囲が劇的に向上している。


すっかり清められた店内を見て明日購入する家具に思い馳せる。

もしかしたらまたロッタに会えるかもしれない。

そう思うと明日が来るのが楽しみになった。

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