魔法少女はカンベンしてください・3




 一週間後。


 私はロザリーから受け取ったデザイン画を手にし、朝の校舎裏にやって来ていた。そこには既にジーク、ビビアン、フェイスくんが魔法陣とアイテムを地面に並べて、儀式の準備を進めていた。


「天気、気温、風向き、エーテル濃度、全て僕が占った通り。ここで錬成するのが、一番成功率が高いことも検証済み」


 フェイスくんが寝癖のついた頭で得意げに笑った。さっきからビビアンが一生懸命スタイリングしてあげてるけど、どうにも右側の寝癖がぴょこんと跳ね上がってくるのが何だか可愛かった。


「あたしは監督役。もしとんでもねー魔法生物とかが錬成されたら、即刻駆除するから、ヨロシク」


 ビビアンは気合充分。腰に得物のナックルを提げて、いつでも戦えるような闘気を放っていた。今日は長いツインテールもシニヨンに纏めてるけど、それも似合う。かわいい。


「俺が考えたエンチャントだ。目を通しておけ」


 いつにも増して血色の悪いジークが、重たそうな瞼のまま私に一枚の書類を寄越した。


 そこには神経質そうな字体で、今回、私の武器に対して付与されるエンチャント効果の一覧が書き記されていた。




『ザラステッキエンチャント』


 ・代謝促進:怪我や病気の自動回復。


 ・対沈黙:魔法封印のカースを防ぐ。


 ・雷属性ブースト:雷属性の魔法に対して威力を底上げする。


 ・高速詠唱:詠唱の簡略化。


 ・常にちょっとそよ風が出る:粉塵系・毒ガス等ダンジョン内トラップ対策。


 ・常にちょっと暖かいし光る:握ると心が落ち着く。


 ・魔力感知:ダウジングレベルの精度で魔力反応を捕捉する。


 ・自動修復:本体が壊れても自己修復する。




 ……なんじゃこりゃぁ……。


「自動魔法、多くない?」


 ――自動魔法はその名の通り、エンチャントすると勝手に発動する。術者の魔力が尽きるまで、効果が発揮され続ける一長一短の魔法だ。


「僕とジークで話し合ったんだ。ザラの魔力は溜まるから暴走し易い。だからこれに常に魔力を吸わせる形にするのが最適」


「フツーそんなに自動系エンチャントしてたら息切れするけど、ザラなら平気なんだってさー。あたしもリジェネ系は療術士ヒーラー任せだもん」


 私のダダ漏れ魔力を逆に活かすってことなのね。確かにこれなら魔力も分散するし、私にしか使えないだろう。


「他の効果も必要になったらまた足していけば良い。出来上がった武器とアンリミテッドがどの程度まで負荷に耐えられるか、今はまだ分からんしな」


 てか対沈黙とか雷属性ブーストはわかるとしてさ……。


「ステッキ握って心落ち着かせなきゃいけない状況って何……?」


「俺が居ない時だ。緊張した時、暗闇に落とした時、氷結系の魔導士と対峙した時」


「あっ、割と汎用性高い」


 最初のはどうでもいいな。どうせジーク離れないじゃん。


「ガーゴイルを溶かした鉄、月長石を挽いた粉、北の魚座の光を当てた口紅、聖人の指先、道化師の大脳、避雷針の破片、風車、ホタルブクロ、ペンデュラム、無重力硝子、圧縮銀……こんな所か」


 それぞれが、ビビアンが倒した魔物から剥ぎ取ったり、封印科がダンジョンから掘り出してきた物を買い取ったり、フェイスくんの占いで見つけ出したり、ジークの錬金術で一から精製したり、私があらゆる友達や知り合いに頼み込んで手に入れた、一週間ぶんの成果だ。


「こんなに色々入れて、大丈夫なのかな……」


 無重力硝子、とか圧縮銀、とか、軽量化の魔法特性つきのアイテムも入ってたし、重さは問題無さそうだけど。


 失敗したら全員アフロでしょ?


 私の心配をよそに、ジークが紋章シジルの上に、ロザリーのデザイン画や材料をどんどん置いていく。


「なんとかなる。この俺だぞ」


 今日のドヤ顔ノルマ達成。フェイスくんもそうだし最近みんなにそれ感染しつつあるからちょっと止めてほしい。


「ジーク、そろそろ始めて」


 フェイスくんが促す。と、何故か私に向かってズンズン歩いてくるジーク。


 そうだった。


 ジークが一歩進むたびに体のあちこちに力がこもる。


「手を出せ」


 そっと。私の正面に立ったジークが手の平を天に向けて、私を誘うような姿勢をとった。


 ほら、海で泳ぐ子供の手を引く親みたいな。


 私は軽く拳を作って、そこへ乗せる。ジークの黒い手袋が私の白い手を包んで、長い指が、手首まで伸びた。不快感はない。この人が私を導いてくれるから、安心できる。


「……で、ここから、ど、どうすればいい……?」


「顔をもう少し寄せろ」


「うっ……」


「額でいい」


 目を瞑って、私は少し背伸びして、ジークは少し屈むようにして、お互いの額の熱を感じる。


「魔力エーテルを自分の体から切り離すイメージをしろ」


 ジークの低く張った、コントラバスのような声が間近で響く。視界以外の感覚が鋭利になっているせいか、触感も、匂いも、いつもよりも濃く、体に浸透していく。


 魔力を切り離す。


 体の芯に集中して、呼吸と一緒に吐き出そうとする。


「う゛ぬ゛ぅ゛~~~ん゛……」


「……色気無ッ」


「どっから出てんのその低音」


「集中してんの!外野うるさい!」


 ビビアンとフェイスくんの野次は無視!


 再び深く息を吸って、ジークに自分の切れ端を手渡していく。献上する。受け入れてもらう。見えなくてもわかるくらいの青い光が、私たちのあいだを行き来していた。




 ――同期していく。




 どくん。


 鼓動が跳ね上がる。一気に血液が加速していくのがわかった。


 えっ。ちょっ。あの。これあのこれ。


「早い早い早い!!」


「な、何がだ」


「何って心臓!!早すぎ!!」


「お前だろう!?」


「絶対ジークだよ!!顔赤いもん!!」


「お前もだ!!」


「自分の心臓の音聞こえる訳ないじゃん!!」


「知るか!!」


「……」


「……」


 事実は不毛だった。


 私達は一度お互いから視線を外し、


「……やめようか」


「う……む。深呼吸だ、深呼吸」


 ヒッヒッフー。お互いの腕を掴んで揺らし合った。これでいくらか緊張も解れる筈。


「……僕ら、何を見せつけられてるの?」


「知んない。あたしらもやる?デトックス効果あるみたいだよ」


「……ビビアン、屈むからヤダ」


「早く背ぇ伸ばしなよ」


「伸ばしたくて伸びるならとっくにそうしてる」


「すぐにあたしらなんか越すって」


「撫でないで。逆セクハラ」


「ウケるんだけど」


 繰り返すこと数回。やっと私の中で、何かを譲渡した感覚があった。


「よし。今度こそ上手く行った」


 ジークもすっかり冷静に…………って!!!!


「ジーク、ツノ出てる!!」


 ジークの頭から、見覚えのある双角が伸びていた。心なしか瞳も充血気味。


「ウォワアアッ、マジか!!?」


 驚嘆の声を上げて咄嗟に自分の角を掴むジークだけど、それ全然隠せてない!隠せてないよ!!


 そうか、“あげすぎちゃった”んだ!あわわわわ。


 私ができることはまずひとつ!


「ちょっ、あの、二人ともあっち向いて!!」


 さっきからニヤニヤしたり冷えた目で陰口を叩いてるビビアンとフェイスから、ジークを庇うように手を大きく振り回す。


「何?ジークって角族ホルンだったの?」


「いいから、ビビアン」


 察しのいいフェイスくんがビビアンの服の裾を引っ張って、こちらに背を向けてくれる。ナイス。今度好物のドーナツおごってあげよう。


 一方のジークはパニック状態。出荷寸前の動物のような情けない表情で、一生懸命自分の体のあちこちを確かめていた。


「耳、耳とか大丈夫か?」


「今のところツノだけ!鏡見る?」


「い、いや……」


 うーん、やっぱり不便そうだ。


「こ、こうなったらちゃっちゃと錬成しちゃおう!魔力消費すれば、戻るよね!?」


「う、うむ」


「二人とも、そのまま後ろ向いててねー!」


「ハア~~~!!?」


「ビビアンは任せてー!何かあったらすぐ知らせてねー!」


 早朝の校舎といえど誰が見ているかわからない。私は出来るだけジークの頭部を覆うようにして、紋章シジルのある場所まで誘導した。


 だって覚えている。ジークがこの姿のときに言った言葉を、今でも鮮明に。


 よろよろ歩くジークをなんとか引っ張って、紋章シジルの前に座らせる。


「まだねー!!まだだからー!!」


「わかってるからやるなら早くやりなよ!!」


 跪いたジークの顔色を窺う。大丈夫、と声を掛けようとするが、その必要はなくなっていた。


「ここからは俺一人の仕事だな」


 いつもの不遜な魔族が居た。


「離れてろよ」


「うん」


 アフロは勘弁だものね。


「――“我は序列四十八位、地獄の大公である。朝を夜に、心臓を脳に、大地を海に変える者。ヒトに富と知恵を唆し、真理を視る紅き雄牛である。意志なき万物よ、有魂の万象よ、我が手によって汝らが到達すべき姿へと導かん。”」


 ジークの詠唱に応じるように、地底から現れた赤色の泥がアイテムたちを貪り取り込んでいく。


「届け――ッ!」


 以前見たときと同じく、赤黒い閃光が弾け、煙と熱が飛散する。


 きん。


 小さな金属が、弾かれるような音がした。


「……」


「……」


「……」


 気が付くと、私とビビアンとフェイスくんは、お互いに身を寄せ合って、その光景に目を奪われていた。誰かがごく、と固唾を飲んだ。


「――出来たぞ!名付けて、『キャスリング』!」


 瞬間、私達は声もなく抱き合って、ジャンプしたり、万歳したり、忙しなく喜びを分かちあった。


 エルフの姿に戻ったジークの手には、ロザリーが描いた通り、上部はチェスのキングを、下部は鍵の形を模した、銀色に輝く小さなステッキが握られていた。ステッキの先端にぶら下がった菱形の大ぶりなチェーンストラップが、太陽と風で、清流のように揺らめいていた。








「みんな、本当にありがとう」


 三人からの大切な贈り物――『キャスリング』を握り締めて、私は改めて頭を下げた。


「いーのいーの。ザラの為は、あたしの為になることなの」


「そういうこと。その代わり、僕らが困ってたら、ザラも絶対助けてね」


「……もちろん!!」


 私とビビアンとフェイスくんは、固く握手して、また抱き合う。ビビアンは満面の笑みで、フェイスくんはくすぐったそうにしていた。


「費用は全額ジーク持ちだったしね」


「えっ」


「ねー。ならやるかーみたいな感じだよね」


「えっ」


 考えてなかった。一体どこからそんな潤沢な資源が湧き出ているのか。


「あの……ちなみに……おいくら万ソルほどで……しょうか……」


「あー待って。ちゃんとあたしらも領収書貰ってきてんのよね」


「せーので出そうか」


「せーの」


 ゼロの数がおかしいな。これジークが用意したぶんもあるからプラスアルファでしょ?


 私の月のお小遣いの一、二年分くらい、かしら?ホホホ……。


「なに、俺からのプレゼントだ。遠慮しなくていい」


 二人からの領収書を受け取ったジークが、財布から一度にそこそこの枚数の紙幣を出すところを見てしまった。


「よかったね、ザラ」


「……よかったの……?」


「彼氏からのブランド物のアクセサリーとかバッグのプレゼントだと思えば、安いほうじゃない?」


「彼氏じゃないし!!そんなのより重いし!!」


「ハッハッハ。なにしろ手放せないからな!!持ち歩きたいと言ったのはザラだぞ。ハッハッハ!!」


 は、ハメられた~~~~~~!!!!!まんまと高級品をプレゼントされた~~~~!!!!


 頭を抱えて膝から崩れ落ちる。そんな馬鹿な。ここのところかなり慎重に行動して、そういうベタな展開を踏まないようにしていたのに。悔しいのう……悔しいのう……。


 始業を知らせるオルガンの音色と、ジークの高笑いがハーモニーを奏でる。


「あ、じゃああたし行くわ。朝練あるし」


「僕も。占星術科、今日早いんだよね」


「そんなぁ二人とも~~~!!」


「「お幸せに~~~」」


 クルリと反転して早足で去っていくビビアンとフェイスくん。


 二人の投げやりな返事に、私の言葉は届かないのだと絶望した。


 どうしよう。バイトして地道に返す?何年掛かるのよぉ。


 取り残された私の肩をジークがそっと叩く。


「大事にしろよ?」


 にいぃたぁぁ、と擬音が見えるほどの邪悪な笑顔。貴様よくも。


 だけどふと、手の中の『キャスリング』に想いを馳せた。


 これは紛れも無くジークとビビアンとフェイスくんとロザリーが、私の為に力を尽くしてくれたものだ。みんなの思いやりとか友情とか……認めたくないけど愛とかがこもっている。


 きらきらした姿が、私にぴったりだと思うって、ロザリーが張り切っていた。


「ねえジーク」


「ん?」


 私は力を手に入れた。自分で戦う力を。でも、独りで手に入れたんじゃない。


 だからこれは――私の宝物だ。


「これからもちゃんと守ってれる?」


 私が独りにならないための。私が誰かにきちんと頼って、私が誰かを助けるための。


 ビビアンとフェイスくんは、そう伝えたかったんだろうな。


「任せておけ」


 ジークが当然だというように笑った。


「……とりあえず、後片付けするか」


「そうだね……。あの二人、まんまと逃げたな……」


 ひとまず、キャスリングの値段分は働かないと……。










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