私の為に争わないで!・2




「という訳で、協力してもらいたい」


 昨日の今日。ジークはネロ先輩、キョウ先輩両名を呼び出して、事情を説明していた。


 キョウ先輩はカタナを抱えて穏やかに笑い、ネロ先輩は不遜に腕組みをして一通り聞き終えると、ドンッとテーブルの上に足を投げ出した。


 衝撃で私のココアとキョウ先輩の緑茶が溢れました。最悪です。


「俺様との勝負は断って、女を賭けて料理勝負とは」


「まあネロと戦っても得るものが無いからね~」


「……俺もコペルニクスを人質にとるか」


「やめてください、ほんとに……いちいちダシに使われる私の気持ちにもなってください……」


「ああっ……ザラちゃんから完全に笑顔が消えてる……!」


 もう愛想笑いもできない。もう知らない。


「ケッ。気に入らねえが、ひとつ貸しだ」


「助かる」


「具体的に何すればいいかな。俺もネロも、料理ってなるとあまり手伝えることはないかもしれないけど」


「いや。これはネロとキョウ、二人にしか頼めない」


 と、三人は私など忘れたかのように、楽しそうに作戦会議を始めてしまった。


 でも確かに協力なんて。いくら相手があのパーヴェルとは言ったって、ジークの腕も相当だ。この間のバウムクーヘンはプロに勝るとも劣らない味だったもの。いつも自信満々のジークが、この期に及んで何するって言うのさ。


「だからネロには……してもらって……」


「ああ。そんな程度なら、余裕だ。将軍嫡子の力見せてやるよ」


「キョウにはこれを装備してもいたい」


「なにこれ」


「……で、……してほしい」


「なるほど。俺向きだね。任せておいて」


「クックック、弱者を蹂躙するのは楽しいだろうなァ、ハーゲンティ……」


「フッハハ……お前もワルだな」


「ンッフッフ……ダメだよぉ二人共……」


 私もう帰っていいかな。私からは特になにも言うことがないので、読みかけの小説を取り出すことにした……ところで、なぜかジークに諫められた。


「おいザラ!お前の為の話し合いだぞ!」


「ええー!知らないよー!」


「元はといえばテメエがハッキリしねえのが悪いんだろう。ジークにもあのクソネコにもイイ顔しやがって」


「ネロ、女の子にそういう言い方はないでしょ。ザラちゃんだって、あの獣人の彼を気遣ったんだろう。友人だって話じゃないか」


「いえ、ネロ先輩のおっしゃる通りです……。彼的には、私がフリーで彼のことも憎からず思っているのに、NOになるということが納得できないらしくて……それで、ジークに矛先が」


「男として拒否されてるっつーのに往生際の悪いヤツだな。その場で脅せば良かったものを」


「だいたい一人の女の子に一回振られたくらいで、騒ぎすぎだよねぇ」


「お前は千回振られてもまた千回ナンパしに行くもんな」


「根気が大事だよ、根気が」


「根気なら俺も負けていない」


「あー……ジークは……そうだね……。頑張ってね。俺、応援してるよ」


 なんだか変態たちの恋愛観がちょっと聞けて面白い私であった。








.


.


.








 決戦当日。


 放課後の黒魔術科棟の調理室には、私と変態三銃士、パーヴェル率いる校内調理部の五人、そして噂を聞きつけた幾人かのギャラリーが顔を揃えていた。その中には、ビビアンやフェイスくん、ロザリーとその恋人のグレン、滅多に地上こっちに来ないはずのモニカといった面子まで。なに見に来てんのあんたら。見せもんじゃねーぞ。


「逃げずに来たみてえだな」


「ああ。来てやったぞ」


 早くもジークとパーヴェルのボルテージが上がっている。パーヴェルは猫耳を反らせ、ジークは眉間に皺を寄せて、二人の縦長の瞳孔は獲物を狩る獣のように煌々としていた。互いに今にも飛びかかりそうなオーラを纏い、お互いから視線を逸らさずにエプロンを装着。そのまま更に一ミリも目線を変えず各々の調理台へ向かっていった。打ち合わせしてんの?


 本来ならここで試合開始のゴングでも鳴りそうだけど、生憎今回は、単純にそういうのを持ってくる人が居なかった。だって誰が審査するかって、私だから。私だから!!キィーッ!!


 ごほん。……さて、とジークとパーヴェルの両名が制服の袖をまくり上げ、無音のままいよいよ調理開始――と思った矢先の出来事だった。


 パーヴェル側のキッチンから、彼の悲鳴が上がった。


「材料も道具もまるで整えられなかった……だとォ……ッ!!?」


「ご、ごめん、パーくん!ここ三日間くらい、なぜか街でも購買でも、お菓子作りに関する道具だけ見事に売り切れてて……!」


「小麦粉とか卵とかの食材も、どこへ行っても先約がいるって売ってもらえなかったの……!」


「そんっ……お、俺の、俺の道具はどうしたんだ!?」


「それが、金庫ごと何かで無理やり焼かれたみたいなんだ!」


「ば……ばかな……」


 なんかエライことになってない!?私は嫌な予感がして、ネロ先輩とキョウ先輩がいるほうを振り返った。


「フゥーーーーハハハハ!!思い知ったか貧乏人!!これが金の力だ!!」


「やっぱりこっち側の仕業だったーーーッ!!」


 集中線の先には、な、なんと、ネロ先輩が(棒読み)。


「て、てめーッ!一体なにをしたんだーッ!」


 パーヴェルが涙目で叫ぶ。それに応えて、ネロ先輩がジークによく似て非なるドヤ顔を披露した。


「簡単だ。この町の行商ギルドや商会に手を回し、製菓に関係する商品の流通を三日間止めたまでだ。既に店に並んだものは、俺が全て買い占めさせてもらった。そう、権力と金の力でなァ!!」


 調理室に響き渡るネロ先輩の高笑いは、調理室を飛び越え、学校の敷地さえ飛び越え、宇宙まで届いた。


 ネロ先輩が息継ぎをする度、パーヴェルたちの顔に見る見る絶望の色が浸透していく。終わった、と誰かが呟いた。


「やってることが完全に悪役じゃない!!」


 私はジークに詰め寄った。やっていいことと悪いことがあるでしょ。これじゃ町の人にも迷惑だし。


「何とでも言え。この勝負、負ける訳にはいかないんだ」


「いいじゃんもう、その辺にしといてあげなよ!」


「いいや。わかっていないな、お前は」


「はあ?何を」


 食ってかかろうとする私の前に、すっと一本、ジークの人差し指が銃口のように向けられた。


「これは俺とお前の問題だ。どんなことをしても俺は勝って、こう言ってやる。こいつは俺の女だ、と」


「なっ……!!だから私は誰のものでもないっ……」


「あいつと付き合うことになるんだぞ」


「ならないならない!私の意思は自由だから!」


「だがあいつと付き合えば、ヴェリーカヤ=クニャージナのケーキが食い放題だぞ」


 ………………。


 …………………………。


「……(ゴクリ)」


「ホラ見ろ!!だから負けられないんだ!!」


 珍しくジークが焦ったように舌打ちした。


「ち、違う違う。これはさぁ~……ちょっと想像しちゃっただけだよ……」


 いかんいかん、パーヴェルの顔がレアチーズケーキに見えてきた。


 まあいいかもう。対決して気が済むなら好きにやらせよう。こいつら人の話聞く気ないし。パーヴェルが勝ってもどの道、交際については丁重に断るだけだ。それで、ジークが勝ったら……。


「ジークが勝ったら……」


「ん?」


 ……本気なのはパーヴェルも同じなのに、ジークだけ甘やかしてもいいのかな。でも――その為の勝負か。だって、私に相応しい男(自分で言ってて恥ずかしいけど)を決めるんだもんね。


「つ、付き合うとかは置いといて……デート一回……かな~……なんて」




 ――――ジークはガツガツしてるけど、絶対に――私を急かさない。俺の女だとか宣ってるし、もう余裕でいるつもりなのかしら。実際に私は一度だって、ジークに、なにも迫られていない。キモイなとは思うけど、恐れたことなんて無い。多分彼は、私が許すまで、私に触れようとすらしない。頭は撫でられそうになったけど。


 なんだかんだいつも、私の意思を尊重して、待っていてくれるのだ。


 ずかずか前を歩くくせに、時折必ずこっちを振り返ってニャアと鳴く飼い猫と同じ。だからたまには、その背中まで歩み寄ってあげてもいい気がする。それにここまでやらかしてくれたんだ。私も悪側の女として泥を被ろう……。




「――言ったな?」


「うん。言った」


「休日か?」


「そ……っすね……。い、一日分……」


「私服だな?」


「まあ……。気持ち悪いな、近いよ……」


 私はいいから料理しろよ、と言いたくなるほど顔が近い。今にも取って食べられそうだ。でもジークはそうしない。うおお……何かちょっといい匂いする……ちくしょう……。


「フッ。やはりこの勝負、勝ったな」


 ジークは不敵に笑うと、材料が入ったクーラーボックスに手をつけ始めた。私は邪魔にならないよう、そっと後ろへ下がる。


 一方、パーヴェルキッチンから聞こえてくるのは。


「クソッ、こうなったら……俺たちが超特急で魔物を倒して、食材を現地調達してくる!」


「僕も、知り合いの錬金術師を呼んで来るよ!」


「近くに親戚がやってる鍛冶屋があるんだ、間に合うかわかんねえけど、端材くらいは持ってこられるかもしんねえ!」


「パーヴェル!これ、今日うちから持ってきた昼食の残りだけど……使って……!」


「みんな……!!ありがとう……みんなは俺の、最高の仲間だよ……!」


 青春の一コマだった。五人で涙を流しながら握手し合ったり、抱き合ったりしていた。


 あっちがすごい爽やかなんだけど。あっちが正義っぽいんだけど。


 対してこっちは悪人面の変態三銃士がゲヘヘと高笑いしながらのクッキング。地獄か。


「おいキョウ、あっちが何か材料渡してるぞ。お前の出番だ」


「はーい。じゃあ行ってくるね」


 今度はキョウ先輩らしい。私は特有のジットリとした目でその行先を追う。


 キョウ先輩はしなやかな足取りで、音もなくパーヴェル側のキッチンへと回り込んだ。そして、向こう側唯一の女子生徒であるスプライト族の女の子の肩をそっとつついた。


「ヤ、お嬢さん」


「キョウ先輩……!?いつの間に!」


 スプライト族の女の子が、突然のキョウ先輩の訪問に頬を赤くする。ナンパ失敗の超記録で知られているキョウ先輩だけど、それだけナンパも出来る、つまり一度ノッてはもらえる、ということだ。要するにあのオリエンタルな制服と黒く艶やかな毛並み、しなやかな痩躯、垂れ下がったセクシーなキツネ目と甘く穏やかな声色に、多くの女子は抗うことができない。らしい。造形が美しいのは理解できるけど私は距離近い人はキモイと思う。


「さっきパーヴェルに手渡してたのは……何かな?」


「あ、あ、えっと……うちの牧場で作ったバター……です……」


「そっか……」


 ふ、とキョウ先輩が瞼を伏せる。そして一流の俳優がやるような、ものすんごい流し目で、女の子にネットリと囁いた。


「俺と一緒に……そのバターみたいに溶けるような恋に落ちてみないかい……?もしくは、俺のミルクでブランド牛を(自主規制)」


「「「ド下ネタじゃねーか!!!!!」」」


 さすがのジークとネロ先輩も私とともに声を揃えてツッコんでいた。あまりにエグい、エグすぎる。ティーンが発していい言葉がそこには一つもなかった。よく考えなくてもティーンじゃなくてもアウトです。これにはそのテの話題に寛容なタイプの人も眉を顰める。ましてやスイーツ作りに協力している女子になんて。そう思っていたのは私だけだった。


「はうううん♡♡♡」


 スプライト族の女の子は、嬌声を上げながらその場で卒倒した。


「エェーッ!?効いてるーッ!?」


「ジャンヌーッ!!ジャンヌがやられたー!!」


 恍惚の表情で彼女――あ、ジャンヌっていうのね――彼女ジャンヌが、顔面の穴という穴から汁物を溢れさせている。えっ。いくらキョウ先輩の甘い言葉(笑)でも、そんなになるかな!?目をハートにして痙攣しているその姿は、異常としか言い様がない。


「ごめんね、このバターは貰っていくよ」


「クク……ヤツに魅了チャームエンチャントの指輪を渡しておいて正解だったな……!ヤツが下心を剥き出しにすればするほど、標的にされた女は腰砕けになる!さすがにあそこまで言うことは俺も想定外だったがな……!」


「どこまで用意周到なの、ジーク!?」


 あんたのせいかい。


「チッ……こうなりゃ実力行使だ、やるぞ!」


 ついにジークたちの悪行を見兼ねたパーヴェルの取り巻……仲間たちが、三人、武器を手にキッチンを飛び出した。


「へえ。俺と戦うの?」


 キョウ先輩はその様子に驚く素振りすら見せない。むしろ愉快に挑発するように、腰のカタナを指先でトントンと叩いて見せた。


「ぐ……!学園No.3キョウ=アカツキ……!!」


「厨房で包丁と火傷以外の怪我なんて……無粋だろ?」


 学園No.3。キョウ先輩が畏敬の念を込めて『変態』と広く称されている由縁だ。


 魔物学科――私の親友であるビビアンも在籍している、魔物との戦闘を専門とする超脳筋スポーツ学科において、その実力に並ぶ者無しとまで言われた男。


 成人ヒューマー男性の背丈ほどあり、更に身幅は手のひらほどある、流線型のグレートソードみたいなカタナ・“ノダチ”を、キツネ獣人特有のバネのような身体能力で玩具のごとく操り、優れた観察眼と狂った死生観、どんな時でもあの調子の鋼メンタルで、魔物を見極め・的確に立ち回り・殺し続ける。生で彼の戦いを見たビビアンが、数日間、思い出しては身震いしたそうだ。


 じゃあNo1、2はどんなバケモノなんだという話だが、あの人たちの強さは魔導士としてのもの。……つまり実際、なのだ。


 しかし、強いからといって何をしてもいい訳じゃない。正義は圧倒的に向こうにある。


「いいや……これもパーヴェルの為だ!行くぞ、みんな!!」


「ああ……これ以上、邪魔はさせねえ!」


「覚悟しろ、キョウ=アカツキ!!」


 偉い……!偉いぞ。友の為に勝てない相手にも果敢に立ち向かっていくその姿はまさに、王道少年漫画のワンシーンだ。わずかに胸が熱くなる。


「悪い子たちだ。けどその情熱に免じて、峰打ちで許してあげるよ」


 ぬらり、と。滑るような動作で、キョウ先輩が鞘ごとカタナを帯から引き抜いて、肩まで担ぎ上げた。


「ほざけ!俺たち三人がかりなら、いくらアンタだって――!」


「――遅いな」


 パーヴェルの仲間たちが、キョウ先輩に文字通り飛びかかる。と、同時に、地面に伏して動かなくなった。そして、まるで空気自体も呆気にとられていたかのように、一足遅れて、ドカドカッと人体を殴打する音が響いた。


「は――……え?何が……」


「相変わらず見えねえ……」


 隣でネロ先輩が低く唸る。


「い、今、キョウ先輩、何かしたんですか……?」


 私の目には、キョウ先輩は棒立ちで、三人の男子生徒の体が地面に引き寄せられたくらいに映った。


「カタナだ。アレを足で踏んづけて回転させて、一気に頭を殴ってた。プロペラが掠ったようなもんだ」


 首を傾げるネロ先輩に代わって、ジークが調理器具を広げながら解説してくれる。そう言えばジークは人間よりも身体能力が高いから、動体視力もいいんだっけ。この場で唯一今起こった出来事を視認できたようだ。


「あ、ハゲてる……」


 よく見ると倒れている生徒全員の頭頂部の毛髪が綺麗に抜け落ちていた。焦げ落ちたといったほうが正しいのか。ものすごい速度のカタナの鞘で以て頭に衝撃を与えられ、脳震盪を起こしたということらしい。


「これで残るはキミ一人。ジークと正々堂々ってところかな」


「……ッ!」


 三つの屍の懐から他の食材も失敬したらしいキョウ先輩が、それらを麻袋に提げ、余ったほうの腕でカタナの鞘をパーヴェルに突きつけた。


 いや、なんで料理対決で人が減っていくんですか……。全然正々堂々じゃないし……。












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