私の為に争わないで!・1
茜射す放課後。私は同じ黒魔術科の同級生パーヴェルに呼び出されて、人気のない廊下にやってきていた。
猫獣人とヒューマーのハーフである彼は尻尾をゆらゆらさせて、なにか考え込んでいるようだった。
「話ってなに?」
私とパーヴェルは入学したときからの良い友人だ。しょっちゅうどこかに遊びに行ったりするような仲では無いけれど、課題のことやなんかでよく相談に乗ってもらうし、クラスで集まろうと声をかければ必ず顔を合わせる。陽気な性格で友達思いな、いわゆる“いいやつ”だ。
けれど今日はなんだか違って、真剣な面持ちで私と顔を近づけた。猫の瞳孔が、丸く大きくなる。
「ザラってさ、結局あのジークって人と付き合ってんの?」
もお~~~~~~~。またそういう~~~~~。
目眩を覚える。心なしか眉間も痛む。しかし、私はすぐに笑顔を取り繕う。
「ううん。全然そんなのじゃないよ」
「じゃあさ、俺と付き合ってよ」
──はい?
「なにがどう……“じゃあ”になるのかな……」
「イヤ。だって。俺、好きなんだよ」
誰を。……さすがに言われなくてもわかる。
ああ。若者っぽい自然な告白ですね。どこぞの魔族はやっぱりおかしいんですね。
「今オマエ、フリーだろ?っつか、彼氏いたことないって言ってたじゃん?」
「そりゃあ……」
「……俺はずっと、意識してたつもりなんだけど」
「き、嫌いってことじゃないよ」
「……何か、ダメな理由ある?」
あの。もうここで渋ってる時点で察してほしいんだけど。
あくまでパーヴェルは、私に期待しているようだった。
困ったぞ。
私は――あまり、男女差とかを考えていない節があるらしい。誰もみんな平等に“どうでもいい”し、平等に“どうあってもいい”と思っている。だけどそれを快く思わないひとは居て。そしてそれは――きっと子供でもわかる。
この歳になって、ようやく危うい考え方なのだと自覚してきたところだ。入学したての頃の私といったら、それはもう。誰彼構わず適当に話しかけて、別段、誰かを特別扱いすることもないけど、たまに“暗黙の了解で”触っちゃいけない人物に近づいて、いらない地雷を踏んだりしたこともあった。最近は、ビビアンやフェイスくんに色々教えてもらったこともあって、控えている。
別にどこに属していたいとも思わない。誰かとなにかを共有し続けて、誰かと同化して、なんてのは何となく、興味がない。“そんなことよりも”、私は今日の天気とか、放課後はどうしようとか、どんな服を買おうかとかのほうが大事である。
だからその……有り体にいうと、そのつもりもないのに周知の事実として付き合っていることにされたり。勝手に恋敵だと思われたり。思春期なのに恋愛にはいい思い出がない。
もちろん人並みに憧れはある。健全な青春を送ってみたい。私にだってそのくらいの権利はあるはずだ!
「パーヴェルは、友達だと思ってて」
「試しに、付き合ってみようよ。……それともやっぱ、ジークって人のこと、好きなの?」
「ジークは今関係ないよ。彼とは、その、取引関係みたいなものだし……」
それなのに、上手くいかない。
見た目も性格も良い男の子が、私で、私なんかでいいと言ってくれているのに。
こんな時に限って、面倒なヤツの顔が浮かぶ。
「俺、はじめて会ったときからいいなって思っててさ」
「な……それ、って……そういう目的で仲良くなろうとしてたの?」
「あ、いや……でも、友達になりたかったのはホントだよ」
私は少しの苛立ちと。パーヴェルは少しの気まずさを持って、夕日に焼かれている。
「ザラって人気なんだぜ?」
「……」
「でも、最近あのジークってのとよく一緒に居るからさ。モタモタしてらんねえなって。俺さ、後悔させないよ」
く、食い下がるなぁ~~~!!察しろよ~~~~!!
……って感じるのは女独自のわがままね……。こうやって男女間の溝って深まっていくのだわ。私がもし悪意のある女だったら、明日にでもパーヴェルは、嫌がっている私にしつこく言い寄ったクズ野郎、なんて噂されていたわよ。
もう、嘘を吐いて逃れてしまおうか。そうです、ジークとは恋人同士です。それだけ言ってこの場が収まるのなら是非そうしたい。けどようく見て、パーヴェルの瞳は、何と言い訳しても納得しそうにない。
どうしようか悩んで――こちらに近づいてくる人影に気づいて、それから、ひどく安心した。
「俺の女に何か用か」
案の定、ジークがドヤ顔でそこに立っていた。
誰だよ俺の女。どこよ。あ、いいですやっぱり言わないでいいです。
「なっ、ふっざ……さっき付き合ってないって言ったじゃん!」
「付き合ってない付き合ってないんです!!!!」
途端に血相を変えて、パーヴェルが牙を剥き出しにした。私も思わず敬語になってしまう。
「そうだ、まだ男女の交際には至っていない……。なので俺の片思いということだ!!」
急にデカイ声を出すジークに、思わず私とパーヴェルも面食らう。
「こう言ってるけど」
「そうらしいよ」
なんかもう上の空で答えることしか出来ない。
「ザラはどうなの?」
「どうっていうことも……」
「満更でもないんだろ?フフ」
ジークが肩を抱こうとしてきたので咄嗟にその手を叩き落とし、距離を取る。その様子を、パーヴェルが凝視していた。
ここが人気のない場所で良かった。ただでさえジークのアプローチは時も場所も選ばないのに、こんな所を衆目に晒されていたらと思うとゾッとする……。
ジークをどう思うか、か──。
「別に嫌いではないし………………色々恩もあるから一緒に行動してるけど……正直なところは……で、でも、好きかどうかわからないのに付き合ったりするのはとか……ごにょごにょ………………」
「ハアーーーーーーーーーーーァッッッ」
パーヴェルが大きく息をついた。何か技でも出したのかと思ってびっくりした……。どうやらため息だったらしい。
「なら、ハッキリさせようぜ」
「え……」
胸を張り、自信げな表情。
ハッキリさせるって、何をです。
「勝負だ、ジークウェザー・ハーゲンティ」
びしっ、と、パーヴェルがジークを指差して宣言。
「ほう」
既に勝ち誇ったような態度のジーク。
「俺は先日、お前がザラに手作りのバウムクーヘンを振舞っているのを見た。陰からコッソリとな」
見られてたんかい。ていうかどうしてこの学校ストーカーばっかなん?
「それがどうした。さては貴様も……腕に覚えがあるクチか?」
両者が睨み合う。ここに来てジークが初めて、パーヴェルを敵と認識したようだ。
「フッ、その通り……何を隠そう、俺は魔法製菓店ヴェリーカヤ=クニャージナの後継者……。オーナーにしてマジックパティシエたちの長であるユリウスの一人息子、パーヴェル・グラナートだ!!」
「なっ……あの店の……!?」
あっ、ジークもチェック済みなんだ。
そう、彼の言うとおり、パーヴェルのご実家は各メディアでも取り上げられるほどに有名な魔法製菓店だ。北の三国・ヴィズから持ち出した特殊な術式と特産品を生かしたハイカロリー&カラフルなスイーツが人気で、魔導士だけじゃない一般の人ですら、その味を求めてエメラルド・カレッジ・タウンに訪れるほどの。
特に私たちみたいな学生は甘いモノと聞けば即座に食らいつく。少しでも食通の気質がある人間なら、一度は来店して、名物“ウェンディゴアイスケーキ”を口にしたことがある筈だ。
「三日後だ!黒魔術科の調理室で決着を付けよう。ザラの胃袋を掴んだほうが、彼女に相応しい男だ」
「いやいやいやいや!!待って待って!!私!!私の意思は!!」
思わず二人の間に割って入る。
「そんなの私が決めることじゃない!?ていうか相応しいとか、ええっ……!?何もう!!もう料理対決したいだけでしょあなた達!!」
「いいだろう……その勝負、受けて立つ」
「無視すんじゃないよ!!!!!」
ムカついたので咄嗟にジークを殴ろうとするも、難なく躱されてしまう。
「ちょっとパーヴェル!!おかしいって!!勝敗ついたら私どうなんのソレ!!」
「ザラ……これは、俺たち男の戦いだ……」
「くっ、この……!」
こっちにも鉄拳を振りかぶるが、容易く回避される。自分の運動神経に自信が無くなった。
「ククク……楽しみだなァ……。吠え面かかせてやるよ、子猫ちゃんがよォ……」
ジークがギザ歯を剥き出しにしていやらしく笑う。それ悪役のセリフだよ。
「ふん。そうやってザラの隣に立っていられるのも今のうちだ!いいか、三日後だ、忘れるなよ!」
そう言ってパーヴェルは、踵を返してどこかへ消えてしまった。
ぽかーん。
脳が処理しきれないアホの空間に置き去りにされた私は、その場から動くことが出来なかった。
「……威勢良く来た割には、ザラをこのあと遊びに誘ったりしないんだな……」
「あ……そうだね……」
案外そういうところかも。彼を友達としてしか見られないの。
「……ザラ、良かったらこのあとデ……」
「あ、ムリ。ロザリーたちと買い物行くから」
「……」
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