テディさんの電話

口羽龍

テディさんの電話

 春子は1人泣いていた。昨日まで何事もなく、楽しく暮らしていた。だが突然、その幸せは奪われてしまった。


 昨日の帰り道、春子は博の名乗る若者に誘拐された。博は女の子が好きで、一緒暮らしたいと思っていた。それがきっかけで、女の子をさらって一緒に暮らしたいと思っていたそうだ。もちろん春子は断った。だが、包丁を持って脅してくる。その前に春子は何もできない。


「今日から俺と共に過ごすんだ!」


 泣きじゃくる春子を見て、博は胸ぐらをつかんだ。そして、包丁を見せた。春子はおびえている。あまりにも怖い。早く両親の元に戻りたい。きっとみんな心配しているに違いない。捜索願が出ているだろう。


「やだ! 帰りたい!」

「騒ぐと殺すぞ!」


 博は包丁を近くに見せた。春子はびくびくしている。騒いだら殺されてしまう。騒がないようにしよう。


「やだ!」

「ならば騒ぐな!」


 博は叫んだその叫びを聞くだけで怯えてしまう。このままでは殺されてしまうかもしれない。早く誰か助けて。だけど、助けを呼んだら殺されそう。




 昨日の夕方の事だった。春子はいつも通り小学校を離れ、家に帰宅していた。今夜は楽しみにしているアニメがある。早く見たいな。そして、明日の朝にその話を友達としたいな。


 今日の帰りの会で先生が言っていた。ここ最近、不審者がうろうろしている。気を付けて帰りなさいと。みんなそれを警戒していた。


「じゃあね」

「またね」


 春子は友達と離れ、1人で家に帰りだした。辺りは閑静な住宅街で、人通りは少ない。


 春子は周りを警戒した。今は1人だ。ここで出てきたらどうしよう。大声を出して逃げないと。


 その時、後ろから男がやって来た。その男が博だ。春子はその事に気付かなかった。まさかここで来るとは。あれだけ気を付けていたのに。


「動くな!」


 博は包丁を構えている。恐ろしい顔をしている。春子は凍り付いた。助けてと言えない。


「誰?」

「お兄さんだよ」


 博は笑みを浮かべた。だが、どこか不気味だ。春子は凍り付いた。早く逃げたい。だけど逃げられない。


「だから誰?」

「いいから来い!」


 こうして、春子は連れ去られた。それから1時間後、捜索願が出た。だが、なかなか見つからない。博がアパートの自宅に隠しているからだ。




 その頃、春子の家では両親が帰りを待っていた。だが、春子はなかなか帰らない。早く春子が見つかりますように。そして何より、生きて帰ってきてほしい。


 家では母が泣いている。今頃、春子は何をしているんだろうか? まさか、誰かに連れ去られて殺されたんじゃないだろうか? そう思うと、涙が止まらない。


 その頃、春子の部屋は静まり返っていった。昨日の朝、いつも通りに出かけた時のままだ。いつ帰ってきてもいいように、そのままの状態にしている。


 机には、春子が可愛がっているクマのぬいぐるみがある。これは春子が小学校の入学祝にもらったぬいぐるみで、春子はとても大切にしていた。


「春子ちゃん、どこ?」


 部屋から声が聞こえた。だが、部屋には誰もいない。それは、春子に起こった奇跡の始まりだった。


 博は家の中でネットサーフィンをしていた。仕事もせずに大好きは女の子と2人で暮らす。これほど楽しい時間はない。お金は両親がキャッシュカードに入れてくれるはずだ。心配ない。このまま幸せな日々を送ろう。


 突然、電話がかかってきた。博は首をかしげた。今は午後4時ぐらいだ。こんな時間に、誰からだろう。両親はいつも日曜日の午後7時に電話をかけてくるのに。


「誰からだろう」


 博は受話器を取った。電話の向こうは静かだ。明らかに両親のいる実家ではない。


「俺、テディさん。今、春子ちゃんの部屋にいる」


 テディさん? 聞いた事ない。春子ちゃん? 一体誰だろう。電話はすぐに切れた。


「春子ちゃん?」


 その声を聞いた時、春子は顔を上げた。電話の声は春子にも聞こえた。まさか、自分の部屋に誰かがいるのかな?


 博は気にせず、ネットサーフィンを続けた。ネットサーフィンをやっていると、色んな事がわかってくる。学校に行くよりも、こっちの方がいろんな事がわかる。学校よりもいいんじゃないかなと思えてくる。


 夜になって、博はコンビニから帰ってきた。春子は拘束していて、動く事ができなかったが、帰ってくると解放された。早く逃げて、両親の家に帰りたい。またあのぬいぐるみをかわいがりたいな。


 部屋の電気をつけたその時、また電話がかかってきた。今度は何だろう。今度こそ両親だろうか? 博は電話を取った。


「俺、テディさん。今、鷲塚(わしづか)駅にいる」

「もしもし! もしもし!」


 博は少し焦った。鷲塚駅は最寄り駅だ。まさかここまで来るとは。でも、テディさんって誰だろう。


 その時、春子は思った。テディさん・・・、まさか、私が可愛がっているクマのぬいぐるみだろうか?


「誰だよ・・・」


 博は辺りを見渡した。だが、周りには春子しかいない。きっと大丈夫。部屋を閉めておけば大丈夫。


 と、また電話がかかってきた。またテディさんからだろうか? もうしつこいぞ。やってきたら包丁で殺してやる。


「またかよ・・・」


 博はため息をつき、受話器を取った。


「俺、テディさん。今、小学校の前にいる」


 またしてもすぐに電話が切れた。


「うーん・・・」


 博は少し考えた。鷲塚駅の近くには小学校がある。ここの女の子を狙おうとしたけど、みんな警戒心が強く、捕まえる事ができなかった。


「はぁ・・・」


 博はため息をついた。現実逃避だ。ここは落ち着いてネットサーフィンをしよう。ネットサーフィンをすれば少しは落ち着くだろう。


 博はネットサーフィンを始めた。春子はその様子をじっと見ている。とても怖い。助けて。早く両親のもとに帰りたい。


 約10分後、再び電話が鳴った。またテディさんだろうか? もうやめてくれ。


「あぁ?」


 博はイライラしながら受話器を取った。もうこれで最後にしてくれと願っている。


「俺、テディさん。今、お前のアパートの前にいる」

「えっ!?」


 博は固まった。まさか、自分のアパートに来ているとは。まさか、俺を狙っている? そんなわけない。何も悪い事をしていない。ただ、女の子と仲良くしようとしているだけだ。


 博はカーテンを開けた。辺りは暗くて、誰もいない。いつもの静かな夜だ。


「誰もいないな」


 と、また電話が鳴った。今度はどこにいるんだろう。もうやめてくれ。博は受話器を取った。


「俺、テディさん。今、玄関の前にいる」


 えっ、玄関の前にいる? 博は玄関を開けた。だが、そこには誰もいない。見えるのは通路だけだ。


「ん? いないな」


 博は首をかしげた。きっと誰かのいたずらだ。放っておこう。


 博は玄関を閉めた。その時、博の後ろにクマのぬいぐるみがある事に、博は気づかなかった。


 部屋に戻って来たその時、電話が鳴った。えっ、今度はどこ? 博は震えつつ、受話器を取った。


「俺、テディさん。今、お前の後ろにいる」


 博は振り返った。と、博は後ろにクマのぬいぐるみがあるのに気が付いた。いつの間にこんなのがあるんだろう。


 春子はその様子を見ていた。まさか、自分が可愛がっているクマのぬいぐるみがここまでやって来たとは。きっと、春子を心配してやって来たんだろうか?


「あれっ?」


 博は首をかしげた。だが、ぬいぐるみがどんどん大きくなっていく。


「うわああああああ!」


 博は大声を上げた。ぬいぐるみはその後もどんどん大きくなり、ヒグマぐらいの大きさになった。まさか、こんな事が起こるなんて。そして博は気づいた。テディさんとはこのぬいぐるみの事だったんだ。やはり俺を狙っていたんだ。


「春子ちゃん、逃げろ!」


 クマのぬいぐるみは叫んだ。春子は驚いた。まさか、ぬいぐるみがしゃべるとは。


「は、はい・・・」


 戸惑いつつ、春子は逃げた。早く逃げて、両親の元に帰ろう。


「待て!」


 博は春子の元に向かおうとした。だが、ぬいぐるみが博に抱きつき、抑え込んだ。それでも博は抵抗したが、まるで本物のヒグマのように強い。ぬいぐるみが襲い掛かるなんて。


「お前許さん。俺の春子ちゃんにひどい事をしただろ?」

「は、はい・・・」


 博は戸惑いながら抵抗した。博は抑え込まれて何もできない。それを見て、春子は外に出た。やっと出る事ができた。


 と、誰かが大急ぎで出るのに気づき、隣の住人が出てきた。住人は驚いた。昨日から行方不明になっている春子ちゃんでは?


「あ、あれ? 木下春子ちゃん?」

「はい。この家で監禁されてました」


 春子は息を切らしている。まさか隣の人が監禁していたとは。これは早く警察に言わないと。


「そ、そう。大丈夫?」

「大丈夫」


 春子は笑みを浮かべた。やっと出られた喜びでいっぱいだ。


「早く警察を呼んで!」

「うん!」


 住人はすぐに部屋に戻り、警察に電話をした。その間、春子は隣の住人の部屋で待機する事にした。ここなら安心だ。警察が来て、両親が来るまでここで待とう。




 それから程なくして、警察がやって来た。それを見て、春子はほっとした。ようやく警察が来てくれた。もうすぐ逮捕してくれるだろう。


 数分後、手錠をかけられた博が警察と共に部屋から出てきた。博は肩を落としている。女の子と一緒に暮らしたかったのに。まさかこんな事になるなんて。


 数十分経って、また別の車がやって来た。両親の車だ。やっと来てくれた。春子は笑みを浮かべた。春子は元の姿に戻ったクマのぬいぐるみを抱いている。


 両親は隣の住人の部屋にやって来た。母は笑みを浮かべている。やっと春子に会えた。


「春子、大丈夫だったか?」

「うん」


 春子は父に抱きついた。母は春子の頭を撫でた。やっと両親のもとに帰れた。本当に嬉しい。


「よかったな。心配したんだぞ」

「あのね、このぬいぐるみが助けてくれたんだ」


 春子はクマのぬいぐるみを見せた。父は驚いた。まさか、このぬいぐるみが救ってくれたなんて。


「ぬいぐるみが?」

「うん!」


 春子は両親とともに車に乗った。やっと家に帰れる。それだけでとても嬉しい。こんなにも家が恋しいと感じた時はなかった。


 春子は車の助手席に座り、自宅に向かった。その間、春子はクマのぬいぐるみを抱いている。私を救ってくれた大切な友達だ。これからも大切にしよう。


「ありがとう、テディさん」


 いつの間にか、春子は目を閉じてしまった。監禁されていた間、眠れなかった。その分、今になって眠気が出た。


 その中で見るのは、助けてくれたクマのぬいぐるみの夢だ。ヒグマぐらいの大きさになったクマのぬいぐるみは、春子を優しく抱きしめた。とても暖かい。まるで父のようだ。


 これからも大事にするよ。だから、私の成長を、見守っていてね。

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