不穏な体力測定
昼休みが終わり、1年生は体育館に集められた。
種目は、握力や反復横跳び、立ち幅跳び、長座体前屈などといった一般的なものだ。
順番は自由なので、好きなところから回って良い事が説明される。
余談ではあるが、種目にシャトルランが入っていなかった事で喜ぶ1年生が大勢居た。
しかし、後日の体育でクラスごとに測定するという悲しい事実が言い渡された事は言うまでもない。
優は春樹と席が特に近いこともあって、体育館に一緒に来て、そのまま一緒に回ることにした。
1個目に選んだ握力測定が近づいてきた頃、春樹から声をかけられる。
「約束覚えてるな?」
一瞬なんの事か分からなかったが、すぐに理解し返答する。
「覚えてるよ、点数がいちばん低かったやつがアイス奢りだろ?」
話は昼休みまで遡るが、6人で体力測定を使って賭けをしようという話になった。
そして、体力測定には点数があるのだから点数の合計で勝負すれば良いという事でまとまったのだ。
ちなみに、シャトルランの時も同じことをやることになっている。
勝ち負けは別として、とても高校生活っぽいと思う。
とはいえ、負けるつもりもない。自分で買ってもアイスは当然美味しい。勝った上で奢って貰えるアイスはさぞ格別だろう。
ちらっと横を見れば、落ち着いた様子の春樹。
体力測定くらいで変に緊張したりする方がおかしいといえば、それは当然そうだ。
しかし、自信無さげにはとても見えず、むしろ自信があるように見える。
そして優たちの順番が回ってくる。
右は45kgを超え、中々だと思った直後、左は39kg。これは平均に果たして達しているのだろうかと複雑な気持ちになった。
ちなみに春樹は右が44kg左が43kgとバランスが良い結果だった。
続いて立ち幅跳び、反復横跳びの順番に挑戦していく。
バスケ部で足は鍛えられたので、9点と10点を獲得した。これによって春樹に対して少し有利な状況になる。
続く上体起こしでは、2人とも同じ点数となり、春樹がリードしたまま最後の種目である長座体前屈を迎える。
結論から言えば、優は春樹に惨敗した。もっと言えば、学年に優より下が居るかすら怪しい。記録は、脅威の23cmである。
長座体前屈の記録も点数に換算して合計した結果、優は春樹に1点差で負ける形で体力測定は終わった。
後は、他の4人のうち誰か1人でも自分より点数が低いことを内心で祈るしかない。
終わったことを考えても仕方ないので、記録を書こうとした時、芯が折れてしまった。
シャーペンをノックして芯を出そうとしたが、出てこない。なんて運が悪いのだろう。
春樹は優にシャーペンを借りている立場だったからだろうか。
「誰かに借りてくる」
そう言って、歩き出して行ってしまった。
少し待っていると春樹が帰ってきた。
「七瀬さんが貸してくれたわ」
そう言って、ボールペンを渡してくれる。
ボールペンで点数などを書きながら、自分が持っている物の色違いかな、などと考える。
そして、ふと刻んである文字を読んで、驚きのあまり棒を飲んだようになった。
そこには、"英明中学校卒業記念"と書いてあったからだ。
英明中学校は正真正銘優がこの春に卒業した中学校の名前であり、更には同じ文字が刻んであるボールペンを優も持っている。
これで同じ中学校では無いわけが無い。
同級生が1人居るだけで、嘘がバレてしまうかもしれない。そう思うと、どんどん気持ちが焦ってくる。
七瀬という苗字が中学時代の同級生の顔と結びつく事もなかったため尚更である。
300人を超える中学時代の同級生が居るのだ、そもそも同じクラスになった事がないのかもしれない。
他の人の自己紹介をまともに聴き始めたのはハ行から。つまり、七瀬さんとやらの自己紹介は当然聞き流してしまっている。
なぜこんなに後悔を重ねてしまうのだろうか。
春樹はそんな優の心の内など知る由もない。
その場で固まった優からボールペンを取り、自分の点数を書き、さっさとボールペンを返しに行ってしまった。
ボールペンを返しに行った後で、七瀬さんはどの人だと春樹に聞けば、なんだか怪しいだろう。
そして、体育館でそのまま解散する事になっているため、クラスに戻って七瀬さんとやらを探すことも多分難しい。
心が不安で押しつぶされそうになる。
モヤモヤしながら優は初日の学校を終えるのだった。
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