君が生きてれば

柊羽

第1話

『死ぬならその声貸してよ』

屋上でフェンスをよじ登る僕を捕まえて君が見せたのはノートに書かれた綺麗な文字だった。


人生で一番の勇気を出して飛ぼうとした僕は今人生で一番情けない格好に情けない面をしていることだろう。

僕の服を掴む女の子を僕は知らない。

見せられた文字には死ぬならその声貸してよ。

誰だ。そしてなぜ自分の口から伝えない。

そんな僕の気持ちを彼女は察したのか、ノートにペンを走らせた。

『私は声帯の手術をしていてしゃべれない』

『隣のクラスの立花』

そう簡単に自己紹介を書いた。

いや、まあ気になっていたことは解決した。しかしなぜそこから声を貸せになるのか全くわからない。

『少しだけ時間が欲しい。』

そう書いた彼女は屋上を出て行った。そしてなぜか僕は彼女の後ろを追っていた。それは単純に理由が気になったからなのか、それとも彼女の目に僕と同じ色が見えていたからなのか。知るのはこれから先の話だ。




連れてこられたのは誰も居ない音楽室。

今は校舎の建て替え期間で旧校舎の音楽室には人が居ない。

彼女はホワイトボードに書いた

『歌って』と

意味が分からず尋ねる前に彼女はギターの準備を始めてしまった。

「なんで今さっきまで死のうとしてた奴が歌なんか歌は無きゃいけないんだよ」

そう思わずに居られない状態に僕は頭を抱えた。ましてやエレキギターで弾くような曲なんて。まず僕がそんな今日知ってるように見えたのかよ。

そんなこともつゆ知らず、こちらに見向きしない彼女はギターを弾き始めた。

「あ、」

去年の文化祭クラスにいた陽キャが歌ってたな。拙いギターにベース、リズムのめちゃくちゃなドラム。音程のあっていない癖があるボーカル。いかにも女子にモテるためですと言わんばかりの下心丸見えのステージだった。本家はどんなひどい作品なのかと検索してみれば、冒涜としかいえない演奏。まず高校生には再現不可能であろう難易度の曲だったのだから、下心の演奏では本家の跡形も無かったのだ。それでもさすが陽キャ。ヘッタくそな演奏に上手かったよ~やかっこよかったの声が瞬く間に広がるのだから笑ってしまう。結局誰が発表したかが肝心で、上手さとか努力とかそんなの関係無いのだと再度認識した。嫌なこと思い出したな。

「でも、この曲この年で弾ける人居たんだ」

僕の口から自然と溢れたのはそんな言葉。単純に凄いなーと思った。僕は音楽の知識があるわけじゃない。ましてや音楽が特別好きなわけでも無い。それでも不思議とこの音に心が動いてしまった。僕が単純なのだと言われたらそこまでだけど、こんな顔をして音楽に触れている人を見たことが無かったから。心底幸せそうで、人生の全てを賭けているかのような真剣な眼差しを。なのにどこか孤独を感じる音を。誰に関しても無関心を続けてきた。親に決められた交友関係、習い事。興味のあるものを話しても無駄だと思っていたから。最初から感心をもたないように。そんな僕がなぜ歌っているんだろう。なぜ一度聴いた曲を覚えているんだろう。どうして泣いているんだろう。どうして彼女は僕を見て笑っているんだろう。彼女はどうして僕に話しかけたのか。どうして彼女の音から孤独が消えたのか。気になることはたくさんあるのに僕から溢れる涙と言葉は止まらなくて、この時間がずっと続けば良いのにと叶うはずも無い願いを抱いてしまった。

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