100%ビギナーズラック男
雨宮羽音
100%ビギナーズラック男
僕は初竹楽(はつだけ らく)。
いきなりだけど、100%ビギナーズラックが発動する男だ。
この能力は物心ついたころから僕のものだった。
おかげで、初めて挑戦することは何だって成功させてきた。
学生の時はスポーツ万能、成績優秀。というのも、初試合では必ずMVPになれたし、テスト勉強を一切しなくても100点がとれた。
初めての定義は僕の中でも曖昧だが、とにかく同じような状況で物事に挑まなければ、大抵のことはうまくいく。
おそらくだが、大切なのは初めてであるという気持ちが揺らがないことなんだと思う。
社会人になってからも僕の100%は変わらない。
それをいいことに、僕はありとあらゆる賭け事でお金を稼いだ。パチンコ、競馬などのレース競技、海外のカジノや株投資などなど。
それが初めてであれば何でもいい。
流石に馬券で数億円を的中させた時は、大事になったら困るので換金前に破り捨てた。
同じ理由で宝くじは買わないようにしている。まず間違いなく一等を引き当ててしまうだろうからね。
大穴を的中させないようにするのは逆に苦労するんだけど、とにかく生きていくのに困らないだけのお金をすでに僕は持っている。
27歳という若さで人生勝ち組となったわけだ。
だけどそれは同時にとてつもない〝暇〟を僕に与えた。
目的意識が無くなった僕はどうしたものかと悩んだ末に、〝刑事〟という仕事に目をつけたんだ。
日々様々な事件が起こる世の中で、それに振り回される仕事っていうのは楽しそうじゃないか。
それで僕が楽しめて、ついでに困った人々を助けられるんだったら、こんなにうってつけの仕事は無いだろう。
まあ、あらゆる事件を経験して100%のビギナーズラックが使えなくなったら、その時は刑事を辞めたらいい。
そんな軽い気持ちで働き始めてすでに3年が経過していた。
────園辺(そのへん)警察、事務所────
「おい楽(らく)。新しい仕事だぞ」
ぶっきらぼうな態度で僕に話しかけたのは先輩刑事。
ずっと僕とバディを組んでいて、コーヒーと饅頭をこよなく愛する50歳を超えたいいおっさんだ。
関わった事件は全てなんとなくで解決してしまうのだから、僕と一緒に働ける先輩は相当な強運の持ち主だ。
「なんすか先輩。僕、一度解決したのと同じ内容の事件は担当したくないっすよ?」
「あのなぁ、遊びじゃねえんだぞ。そんなわがままが通るかよ」
先輩はそう言うが、ボクにとっては遊び半分なんです、ごめんなさい。
「でもまあ安心しな。今回は麻薬密輸の指名手配犯を押さえにいくぞ。お前も初めての案件だろう」
「へぇ・・・麻薬密輸ですか。おもしろそうっすね」
いけない。
初めて対応する仕事に心が踊り、おもわず本音がこぼれてしまう。
しかし先輩はそれをたしなめる訳でもなく、背広を肩にかけて飲んでいたコーヒーの空き缶を捨てる。
付き合いは長いから、僕の言動にもすっかり慣れている様子だ。
「さて出発しようか。今日もバッチリとホシを上げに行こうや」
「僕にかかれば余裕っすよ。それで目的地はどこなんすか?」
「近久野(ちかくの)空港だ──」
────近久野空港発、XYZ便機内────
僕と先輩は麻薬密輸犯を捕まえるために空港へ来たわけだが……。
どうして乗り込んだXYZ便は離陸してしまったのだろう。空港の職員には事が済むまで飛行機を動かすなと言っておいたのに、これはどういった手違いなんだろうか。
先輩と一緒に空の旅だなんて御免だし、着陸先で観光を楽しむ準備もしてきていないのに。
だがひとまず空港側の不手際は置いておこう。
僕はそれより、今目の前で起こった出来事について説明をしたい。海外ドラマ風に言うならば、良いことと悪いことがひとつずつ起こった。
その1。良いこと。
僕と先輩は麻薬密輸犯を捕らえることが出来た。
僕らが刑事だと気づいた犯人は拳銃をとりだして抵抗しようとした。
僕は犯人を無力化しようと思って、自分も拳銃を取り出してためらわずに引き金を引いたんだ。
銃で人を撃つなんて初めての経験だったけど、だからこそ僕は悪いことにならない自信があった。
だって僕は100%ビギナーズラック男なんだから。
僕の銃弾を肩に食らった犯人はあっけなく鎮静化して、それを先輩が拘束した。
大丈夫、傷は浅い。止血をすればどうということはない。その辺は先輩がなんとかしてくれるだろう。
僕の突然の行動に先輩は驚いていたけど、すぐさま的確な動きが出来るその判断の速さは、流石ベテラン刑事といったところだろうか。
カッコよすぎて僕も見習いたいと思う。
その2。悪いこと。
それは今、目の前に〝時限爆弾〟があるという事実。
犯人の座席の下で取れないように固定されていて、電子版に表示されたタイマーは10分を切っている。
その数字が動いていないか増えていくなら問題は無かったんだけど、残念ながらカウントダウンは始まっているようだった。
「……お客様の中に、爆弾処理の経験がある方はいらっしゃいますか~?」
僕の質問に対して、乗客は顔を青くするばかりで返事は帰ってこない。
まあそれも当然のことだろう。
時限爆弾なんて非現実的なものを取り扱ったことがある人は、僕の刑事仲間にも存在しないはずだ。
こんな突拍子もないアイテムなんてハリウッド映画でしか見たことがない。
相手は麻薬密輸犯だったはずのに、なんだってこんなものを持っているんだ。
「おいどうすんだ楽。引き返そうにも時間が足りねえぞ」
「大丈夫っすよ先輩。脅して犯人に解除させればいいんす」
僕と先輩は二人で犯人の方を見た。
おやおや様子がおかしい。
犯人さんは泡を吹いていて、そうとう具合が悪そうだ。
「こいつ毒を飲みやがったな!? いったい何が目的だったんだ!?」
「あちゃ~。もしかしてこれって万事休すって奴っすかね?」
狼狽している先輩に対して僕は余裕がある態度で言ってのける。
「う~ん。しょうがないなぁ」
僕は大きく伸びをしてから時限爆弾のカバーをそっと外す。
ネジ止めは無く、複雑な配線が詰まった中身が姿を顕わにする。
「お前どうするつもりだ? まさか爆弾処理をやったことがあるのか!?」
「何言ってんすか。爆弾なんて見るのも始めてっすよ。でもだからこそいいんじゃないっすか! ……先輩ハサミもってましたよね?」
「あ、ああ……」
先輩がいくつかあるポケットをまさぐり、僕に手渡したのは小さなソーイングセットだった。
きっと奥さんに持ち歩くように言われているんだろうな。
「先輩、そんな顔しないでくださいよ。ボクに任せておけば大丈夫っすから」
チョキン!
チョキン!
僕はハサミでおもむろに配線を断ち切っていく。
その思い切りの良さを見ていられなくなったのか、先輩は顔を手で覆って離れていく。
大丈夫だ。
僕は100%ビギナーズラックの男。
そう心に言い聞かせるが、流石のボクでも額に汗が浮かぶ。
怖いか怖くないかと聞かれれば当然怖い。
だが同時に不思議な高揚感も抱いていた。
未だかつて、これほどまでの緊張感を感じたことがあっただろうか。
ぶっちゃけてしまうが、僕は今の状況を楽しんでいる。
帰ったら刑事を辞めて、こういう危ないことに従事する仕事に転職しようか。
最初しか成功しない僕の能力で、それがどこまで通用するかは悩ましいところだけども。
そんな考えを巡らせるている間に、残る配線は2本となっていた
太い、赤と青の線。
パターンから言うと、どちらか正しい方を切れば爆弾は解除されるはずだ。
さて、どちらを切ろうか。
おそらくどちらを選んだとしても解除は成功するだろう。
しかしたくさんの乗客と搭乗員、そして先輩の命がかかっていると思うと、僕の心臓は気持ちのいいビートを刻んでしまう。
タイマーに表示される残り時間はわずかだ。
それはこの楽しい時間が終わってしまうまでのカウントダウンにも思える。
あまりもったいぶるのはよくないな。
よし、赤を切ろう!
僕は赤い線にハサミをあてがい、ひと思いに力を込める。
「……懐かしいな」
────あれ?
今、僕は無意識に何て口走った?
〝懐かしい〟ってなんだ?
どうしてそんな言葉がでてきたんだ?
瞬間、僕は思い出す。
子供の頃、親が買ってくれた脱出ゲームの玩具で遊んだ記憶。
確かあの中に爆弾を解除する装置も混じっていたような……。
脳内を走った回想。
それはあまりに刹那の思考で、本当に一瞬のフラッシュバック。
動き出した手をどうすることもできず。
僕は赤い線を断ち切った。
100%ビギナーズラック男・完
100%ビギナーズラック男 雨宮羽音 @HaotoAmamiya
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます