第30話 勇者の帰還
「大精霊アンジェリカ様よりブラストさまの状態を伺いました。スバル様も脳以外は作り物の体であるとのこと、この目で見ても信じられません」
「この通り、ボクたちの体は血の通わぬ作り物なんです」
スバルはちぎれた右腕をミレイユに見せた。
「唯一、人間そのままである脳にブラストは大きなダメージを受けています。その治療に王女の体内に存在するナノマシンを使いたいのです」
ミレイユの体は全快とまでは行かないが自然治癒に任せて問題ないところまでナノマシンが修復したはずであった。
「私の体ならもう大丈夫です。お2人が戦っている間に治癒いたしました」
<そうなのよ。これにはさすがに驚いたわ>
ミレイユを驚かさぬよう、アンジェリカは脳波通信で直接WO-9に語り掛けた。
「どういうことですか?」
WO-9も戸惑いを隠せない。ナノマシンの治療効果を上回る医療技術が、この世界に存在するというのだろうか。
「
「魔法で怪我が治るのですか?」
「はい。ヒーラーであれば即死以外の怪我なら、手足の欠損であろうと回復することが可能です」
王女が心臓を自ら貫いた時は、すぐ近くにヒーラーがいなかった。生贄になろうというのであるから当然のことだ。
「この国一番のヒーラー、マシュー司祭を呼んであります。マシュー殿こちらへ」
「はっ。マシューでございます。早速ですが、脳の損傷と伺いました。治療を始めてよろしいですか?」
マシューと名乗った司祭は50前後の落ち着いた男性であった。簡易な法衣を身に付け、腰に
「お願いします。ブラストを助けてやってください」
WO-9は急な展開に戸惑いながらも、先に話を知っていたはずのアンジェリカの判断を信頼してヒーラーを名乗る司祭にブラストの命を預けることにした。
「では、早速。清き水は清きままに。滞りし流れを元の流れに。小さきものに力を与え、全き体を取り戻させたまえ」
仔細は女神イルミナに祈りを捧げながら、左手でWO-2の額を押さえ、その上に右手の短杖をかざした。
「ヒール」
じんわりと温かい光が短杖の先から生まれ、水晶玉のような大きさにぼんやりと形をなした。司祭の言葉に押し出されたように、光の玉は降りて行き司祭の左手を通り抜けてWO-2の額から頭の中へ沈み込んで行った。
回復魔法は外部から傷を修復する物ではなく、人体の内部に働きかけてその治癒能力を活性化させるものである。細胞の一部を一時的に「万能細胞」の状態にするとともに、再生のためのエネルギーを魔力として供給する。
アンジェリカは一連の術式をモニターしながら、回復魔法は「魔動力リジェネレーション(魔力による人体再生)」であることを確認した。
そして「魔法」であるからには「魔力」さえあれば再現が可能であることも、その全知ともいえる演算処理能力で理解した。
言葉を変えればアンジェリカは回復魔法を覚えた。
「これで一旦脳の損傷は落ち着くでしょう。後は定期的に施術を繰り返せば、脳は健全な状態に戻るはずです」
額に汗をにじませながら、マシュー司祭はヒールの成功を告げた。
「マシュー司祭ありがとう。ここから先はワタシ、大精霊アンジェリカが引き継ぐわ。清き水は清きままに――」
ミレイユの口を通じてアンジェリカが語ると同時に、WO-2の頭部が
「おお、この光は! 『
再構成とは伝説の回復魔法であり、いかなる身体欠損も瞬時に復活させる究極の治療法であった。
回復魔法の術理を理解したアンジェリカが、ヒールの術式を発展させ身体組織の再構成までを瞬時に行う内容に書き換えた物であった。
万能細胞は明確なデザインに従って脳の機能を復元再構成した。再生に必要なエネルギーは魔力である。
その魔力は、もちろんWO-2の胸に埋め込まれた魔核から引き出された。
しかも今回は魔法術式の完全な制御により、副作用なく純粋なパワーのみを引き出すように魔核との接続を改良してある。
ブラストはもう二度と「魔核酔い」の苦しみを味わうことは無い。
「やけに良い目覚めだと思ったら、俺は天国とやらに行く寸前だったみたいだな」
「ブラスト! 気が付いたのか?」
「ああ、頭痛もなくすっきりとな。今だったら魔人の2人や3人、片手間に相手をしてやれそうだぜ」
その言葉に嘘はない、WO-2の
それだけではない。WO-2は魔法を覚えた。ロマーニ王国に伝わる魔法の詳細はミレイユ王女の知識にある。それを読み取ったアンジェリカは、回復魔法と同様に分析・最適化した上で術式を再構成した。
WO-2にもはやレイガンは必要ない。すべての魔法は彼の手の中にあった。
しかし、問題がすべて解決したわけでは無い。
「残念なのは胸にぽっかり空いちまったこの穴だぜ。どこかに胸の穴を埋めてくれる素敵なレディがいないもんかね?」
WO-2は自分の胸を見下ろして言った。今の彼はバックアップ・バッテリーでかろうじて脳の生体維持と最低限の身体動作を行っている状態であった。
このままではとても戦えない。
「残念ながら回復魔法では人工物、命無き物の回復を行うことはできません」
悔しそうにマシュー司祭は唇をかんだ。
「気を悪くしないでくれ、司祭様。アンタの力が足りない訳じゃないんだ。オレ達の体がちょっとばかり変わってるってだけのことさ」
「時間はかかりますが、自分たちの手で修理することができるはずです」
「失われた『錬金術』の秘儀さえ伝わっていれば……」
「ええと、何ですかそれは?」
WO-9が尋ねてみると、錬金術は魔法と共にロマーニの歴史に存在した技術らしい。魔法と異なり、ごく限られた人材にしか使えなかったため、優れた錬金術師は「賢者」と呼ばれ尊ばれたと。
「錬金術は物質創造の秘儀でございます」
マシュー司祭は恭しく返答した。
正確には、存在する物質から新たな物質を作り出すこと。それが錬金術の本質であった。いかな秘術と言えども、「無」から「有」を生み出すことはできない。
「マシュー司祭、錬金術を知ることがなぜこの状況の救いとなるのですか?」
ミレイユの口を借りて、アンジェリカが質問を投げかけた。
「はい。勇者様お2人は、作り物のお体を大きく損傷されたご様子。壊れたものを壊れる前の状態に復するのが錬金術の本質でございます」
無生物を全き状態に復する魔法。どうやらそれが錬金術の本質であるようだった。
「それは……、もし術を使える方がいらっしゃればボクたちの体を直せたかもしれないんですね?」
WO-9はマシュー司祭の意図を汲んでそう言った。
「はい。今では伝える者が途絶えてしまったことが、誠に悔やまれます」
司祭は唇を噛んで俯いた。
「待て、マシュー。私は錬金術の全書を王家の書庫にて見掛けた記憶があるが……」
「おお、ミレイユ様。その通りでございます。失われた秘儀を伝える物は王家の書庫に残された文献のみ。しかし、今や誰もそれを読み解くことができぬのでございます」
「それはなぜですか?」
「文字すら読めぬのです」
「それは……」
「失われた古代文字で書かれているのです。当代にそれを解読できるものは、残念ながらおりません」
「私が読みましょう」
「ミレイユ様? いえ、大精霊アンジェリカ様!」
「左様。私アンジェリカが古代の叡智を現代のロマーニに蘇らせましょう!」
<ちょっとアンジェリカ、大見得切って大丈夫なのかい?>
<まあ見てて頂戴、WO-9。ボクがスーパーAIだってことを忘れてないよね?>
満足に動けぬサイボーグ戦士2人を置いて、ミレイユとマシューの2人、それにメリーアンを加えた3人が王家の書庫に移動した。
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