第23話 限界を越えろ!

<そうかよ……。糞ったれめ>


 ブロンクスのストリート・チルドレンを仕切っていたブラストは、そんな子供を腐るほど見た。


<こんなことだったら、最初から「魔核」ってやつを入れてもらえば良かったぜ……>

<「魔核」って何だい? もしかしてそいつがロケット燃料ジュースの代わりかい?>


 暗い想い出から頭を切り替えたWO-9は、疑問に思っていたことをWO-2に尋ねた。


<まあ、そんなもんだ。二日酔いに気をつけなくちゃいけねえがな>


 WO-2はアンジェリカから受けた説明と、魔物から取り出した器官を自分の体内に移植したという話をWO-9にした。


<何だって? そんな無茶な!>

<無茶と言えば、異世界に渡るなんてことがそもそも無茶だからな。どうせ命を張ったんだ。ハイリスク・ハイリターンがオレの生き様ってもんだぜ>


 だから自分から目を離すなとWO-2は言った。


<オレがおかしくなっちまったら、何をするかわからない。アンジェリカにはそうなったら機能停止・・・・してくれと頼んである>


 機能停止とはサイボーグとしての命を奪うことに等しい。サイバネティック器官をすべて停止すれば、ブラストの存在そのものである彼の脳も死ぬ。


<何てことをしたんだ、君は……>

<そう暗い「声」を出すな、スバル。所詮オレたちは消耗品じゃないか>


 人間を超える「武器」として開発された生体兵器。それがサイバー・スクワッドの実態であった。


<早いか、遅いか。それだけの差さ。だったら俺は「空」で死にたい>


 そう言ってWO-2は髪をなびかせる風に手をかざした。


<ブラスト……>


<どれ、ちょっくら前方を偵察してくるぜ。悪いが荷物を預かっててくれ>


 そう言うとWO-2はWO-9というよりはその背中にいるリリーから十分な距離を取ってから、空に飛び立った。

 

 走りながら、WO-9は渡された背嚢の中を覗いてみる。クッキーやキャンディーの甘い臭いが袋の口から漂っていた。


<甘い物ばかりじゃ虫歯になっちゃうよ。ブラストは小さい子に甘いんだから……>


 妹には甘いお菓子など食べさせてやれなかった。かびたパンや腐りかけの野菜でも、口に入るものがあれば喜んでいた。


 背嚢の口を閉めると、WO-9はそれを脇に抱えて走り続ける。できるだけリリーを揺らさないように。


<僕たちにできることは戦うことだけなんだね、ブラスト……>


 同じ立場に立てば、自分も躊躇なく胸に魔核を埋め込むだろう。スバルにはそれがわかっていた。


<いや、違う! 僕たちには――「守る」ことができる!>


 サイボーグが背負うにしては軽すぎる荷物。それでいて自分一人では背負いきれない重み、それが人の命であった。

 その重みを守るために、スバルはサイボーグとなったのだ。


 顔を上げたWO-9の視線の先に、空から着陸するWO-2の姿があった。


<待たせたな。隣町まで異常は無かったぜ>

<そうか。後どれくらいだい?>

<このペースなら1時間てところだな。男2人で昔話は暗すぎるから、アンジェリカに状況のアップデートでもやってもらおうぜ>

<そうだね。アンジェリカ、最新のニュースを教えてくれるかい?>

 

 WO-9の呼びかけに応えてアンジェリカは状況報告を行った。


<ナノマシンの活躍でお姫様は健康を取り戻したわ>

<ほう。そいつは良いニュースだ>

<うん。切り札を使った甲斐があったよ>

 

 サイボーグたちが活動する上でも、「王女を救った功労者」として認められた方が何かと好都合であろう。

 もちろん、WO-9はそんなこと・・・・・のために王女を救ったわけでは無かったが。


<もう1つは悪いニュースよ>

<聞こう>

<魔物が現れた洞窟の封印が破られたわ>

<何だって?>


 今いる魔物以外にも、侵入者が増えたということになる。


<過去の傾向を見る限り、侵入が後になるほど魔物のランクが上がっているわ>

<つまり、より手強い魔物がやって来たってことだな?>

<その通りよ>


 だとしたら、何度穴を塞いでも同じことではないか? より強力な魔物が封印を破るだろう。


<こりゃ鼬ごっこだぜ>

<うん。僕もそう思う。穴から外へ広がる前に水際作戦で魔物を倒すべきだ>

<その通りね。でも、既に外にいる魔物も放っておけないわ>

<手分けするしかないか……>


 ブラストの作戦はこうだ。機動力の高い自分が飛び回って、外の敵を叩く。

 スバルは洞窟に入って、新たな魔物の侵入を阻止する。


<戦力分散はしたくないけど、この場合は仕方がないね>

<なるべく早く掃討作戦を終わらせて、お前と合流するぜ>

<ロジャー! アンジェリカは王女の口を通じて、このことをこの国の人に伝えて>

<オーケー。必要な協力を得られるようにしておくわ>


 アンジェリカは外の情報を総合して再現した魔物の分布図を2人に伝送した。

 これを元にWO-2が掃討作戦を展開することになる。その数、約90匹。


<やっぱり噴射装置ブーツを新調しておいてよかったぜ。こんなにお出かけ先が多いとはな>

<素直に喜べないよ。その「魔核」って奴、僕にも移植した方が良いんだろうか?>

<あなたの場合は効果が見込めないわ、WO-9。出力を上げたところで結局ボディーの方が付いていけないのよ>


 現状のオーバードライブODでさえサイバネティック器官の許容範囲を超えているのだ。これ以上の出力を得ても、使い道がないとアンジェリカは判断した。


<ブラストだけ危険な目に合わせて済まないね>

<よせやい。危険なんて今更だぜ、ブラザー>


 確かに戦士である以上、命の危険とは常に背中合わせの2人であった。


<本当だね。それならブラスト、この子のお守りは僕一人で務めるよ>

<そうか。その間に掃討作戦を始めれば、時間の節約になるな>

<うん。この先町までの間には魔物がいないって言うしね>

<ロジャー・ザット。アンジェリカ、俺は今から害虫退治を始めるぜ。キル・カウントの記録をよろしくな>


 WO-2は再びWO-9に背嚢を渡して走り出し、離れたところから離陸した。


<やっぱり噴射装置ブーツは便利だよね。せめてODをフルに使えるようにならないかな>

<それは難しい注文ね。サイバネティック器官を一新しなければODの負担に耐えられないわ>


 運動エネルギーは速度の2乗に比例する。


 つまり、ODで通常速度の2倍でボディーを動かせば、普段の4倍の力がサイバネティック器官に加わるということだ。

 10倍の速度で動くには100倍の負担に耐えなければならない。


<この世界にはポーションとか回復魔法があるそうじゃないか? あれで回復することはできないのか?>

<それは無理よ。アナタのボディーは生体ではない。あくまでも人工物なんだから>


 人工物に生命はない。生命がない以上「回復」はできない。それが「この世界の法則」であった。


<うーん。たとえばナノマシンで修復するってのはどうだろう? それなら多少無理をしても元に戻せるんじゃない?>

<理屈の上ではね。でも、ナノマシンは工作機械ではないの。本来は人間の生体器官を健康に保つために開発されたものよ>

<やっぱり無理かい?>

<スピード的に間に合わないわ。ODの過負荷によるサイバネティック器官の破壊は一瞬だけど、修復には何日もかかる>


 アンジェリカの言葉に打ちひしがれながら、それでもWO-9は思った。最後の最後、他に選択肢が無ければ自分はODを使うだろう、限界を超えて。


<それでもナノマシンが貴重な「保険」であることに変りは無いわ。何とかお姫様の体内から取り出すことを考えないと>


 魔物退治の傍ら、王女ミレイユからのナノマシン摘出方法も考えなければならないWO-9たちであった。

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