第22話 がれきの下の少女
破壊され尽くした街に戻ったWO-9は生存者を探してがれきの山を捜索した。
「ここもだめか……」
崩れた壁をどかしてみたが、現れたのは下敷きになった死体だけであった。石造りの建物は堅牢であったが、いったん崩れると中に住む人間にとっては致命的であった。
中には身を挺して幼子を守ろうとした姿のまま、諸共に押しつぶされた親子の死体もあった。
機械の体であってもWO-9の心は人の物であった。少なくとも自分はそう信じている。
人の死を目の当たりにすれば痛覚などないはずの胸に、突き刺すような痛みを覚えるのだった。
「うん? これは地下室への入り口か?」
何軒めかのがれきをどかしていると、キッチンの床に蓋のようなドアを発見した。
輪になった取っ手に手を掛け引き上げてみると、扉の下に地下へと続く階段が見えた。中には光はなく、キッチンからの光が届かなくなる階下には暗闇が広がっていた。
<ブラスト、聞こえるか?>
<感度良し。何かあったか、スバル?>
<現在のところ、要救助者なし。皆避難を終えているようだ。がれきの下に地下室を見つけたので入ってみる>
<了解。こっちは偵察を終わったところだ。新たな敵影はなし。オレも街に向かうぜ>
<了解>
「おーい。誰か地下にいますかあ?」
WO-9は階段の下に向かって叫んだ。しかし、暗闇はしんとして答えは帰って来ない。
暗視カメラをオンにしながらWO-9は慎重に階段を下りて行った。
(これは倉庫のような部屋かな?)
地下の部屋は1階のキッチンと同じくらいの広さであった。3方の壁に棚が置かれており、中央には作業台のような広いテーブルがあった。棚には鍋釜や食器など、生活用品や大小さまざまな箱などが置かれていた。
見落としが無いように、WO-9はゆっくりと部屋を巡回した。他の部屋への扉は壁にも床にもない。
1周しても人の姿は無かった。人が隠れられそうな場所と言えば……。
(この作業台の下くらいか?)
作業台の下は物入れになっていて引き戸を開け閉めするように作られていた。
「誰かいませんか?」
引き戸をノックしながら声を掛けたが、中から返事はない。
WO-9は右手をレイガンのグリップに置き、左手でさっと引き戸を開けた。
少女が1人、物入れの暗闇で丸くなって眠っていた。
「君、大丈夫か? ケガはないか? 起きてくれ!」
WO-9は少女に声を掛けたが目を覚ます様子はなかった。胸が上下している様子から、少女は眠っているだけで死んだわけではないとわかる。
(ここに置いていくわけにはいかない。とにかく安全な場所に連れて行こう)
WO-9は物入れに四つん這いで入り込み、少女の体を片手に抱いた。3~4歳であろう少女は人形のように軽く、サイボーグの腕では壊してしまうのではないかと、WO-9は恐怖を覚えた。
下から体を支えるようにして、そっと物入れの空間から引っ張り出した。
「う、うーん。うう、あれ、ママは?」
少女は母親の姿を求めて目を擦り、周りを見回した。しかし暗闇のせいで何も見ることはできない。
「ママ? ママ?」
「こんにちは。ママは今ここにはいないんだ」
「どこに行ったの? ママ!」
少女の母親らしき女性はがれきの下敷きになっていた。おそらく少女を地下に避難させた後、何かを取りに地上に出たところで家が崩れて来たのだろう。
「ここは暗くて危ないから外に出よう。いいね? 危ないから目をつぶっていてね」
母親の死体は別の部屋にある。がれきとなった我が家を見るだけでも少女にとっては強すぎる衝撃であろう。できることなら何も見せないまま、家から引き離したかった。
<ブラスト、要救助者を1名発見した。3~4歳の少女だ。地下にいたので地上に連れて出る>
<わかった。そっちに向かう>
「さあ、掴まって。君の名前は?」
「
「そうか……。じゃあ、リリー、階段を上って行くからおとなしく目を瞑っていてね」
「わかった」
WO-9はリリーを抱いたまま、素早く階段を上ってキッチンに出た。出入り口の蓋を戻して、表の道に出る。
「ねえ、まあだ?」
50メートルほど家から離れたところで、リリーがしびれを切らして尋ねた。
「ああ、もう目を開けてもいいよ。眩しいから少しずつだよ」
「うう、眩しい……。あ、あ! お家が壊れてる……。お家が無い……」
どちらを向いても無事な建物は無かった。壁が崩れ、屋根が落ちている。
「お家が無い。ママはどこ? ママ―、ママー!」
「ママは今いないんだ。この町には人がいないみたいだから、お隣の町まで行って探してもらおう」
「ママー、ママー! えーん……」
リリーは暫く母を呼んでいたが、やがて疲れて寝てしまった。
「その子が要救助者か?」
「ブラスト」
「放ったらかしにして悪かったな。下手な時に顔を出すと、むずかるかと思ってよ」
スバルもブラストも孤児院育ちだ。幼い子を相手にする難しさを良く知っていた。
「その子を連れてちゃ、空を飛ぶこともバッタの真似もできないな。とてもお城までは連れていけないぜ」
いくらスピードを抑えたところで、生身の幼女が高速移動の衝撃に耐えられるわけが無かった。普通の人間が移動できる程度にスピードを落とすと、ミレイユ王女がいる城までは数日掛かってしまうだろう。
道中の安全も確認できない以上、それは危険すぎる。
近くの町に行って、誰かに預けるのが無難な方策であろう。
「そう思ってよ。食料と水を集めて来たぜ」
ブラストが姿を見せるのが遅かったのは、そういう事情であった。「今の体」になる前、ブラストは飢える辛さを誰よりも知っていた。
「そうか。助かったよ、ブラスト」
WO-2の背中に背負われた背嚢を見てWO-9は吐息をついた。
リリーを連れてがれきの山を彷徨うわけにはいかない。どこに死体があるかわからないのだ。
「近くの町って……どっちへ進めばいいんだろう?」
「聞いてみるさ。アンジェリカ!」
<お呼びかしら?>
「聞いてたろう? この子を連れて避難する。どっちに進めばいいか教えてくれ」
<一番近いのは北の町よ。こっちに伝わっている情報では無事なはずよ>
「ここからの距離は?」
<15キロよ。子供を抱いてなら1時間半てところかしらね?>
「待ってくれ。通信衛星も中継器も無いのに、どうしてアンジェリカと脳波通信がつながるんだ?」
<ブラストには説明済みよ。この世界に分身を送り込むために、あなた方のCPUエリアに便乗させてもらったってわけ>
「そうだったのか。実態も無いのにAIが世界を渡るっておかしいと思っていたんだ。いつまで僕たちの頭の中にいるつもり?」
「スバル、やけに平然としているな? 嫌じゃないのか?」
WO-9は道のわきに干してあったシーツを割いて、リリーを背負うためのおんぶ紐にした。
「その話は、隣町に向かいながらしないか? 時間が惜しい」
「ああ、そうだな。しかし1時間半とはな」
<そっちの事情はお姫様の口から取り巻きさんたちに伝えておくわ>
「助かるよ。この子を町の人に預けたら、ブラスト航空で飛んで帰ることにするよ」
<わかったわ。気をつけて>
2人のサイボーグは幼女と食料品をそれぞれ背負って、隣町への道を走り出した。
<良く寝てるぜ。余程疲れたと見える>
<ああ。暗闇で独りぼっちだったんだ。きっと心細くて泣き疲れたはずさ>
<その子の名は?>
ブラストの問いにスバルは平静を装って答えた。
<リリーだ>
<リリーって……>
WO-2は思わずWO-9の横顔を盗み見た。WO-9はまっすぐ前を向いたまま、表情を動かさなかった。
スバルの妹、リリーはちょうどこれくらいの年頃で衰弱死した。
栄養失調の状態で風邪をこじらせ、高熱が下がらぬまま息を引き取ったのだ。
医者も、薬も、食料さえ手に入れてやることができず、スバルは薄汚れた布切れでリリーの額を冷やしてやることしかできなかった。
あの時の火のように熱い小さな額の感触を、今でもスバルは忘れていない。
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