第8話 冒険者パーティー「熱き風」はひた走った。

 シブキのパーティ「熱き風」は5名のメンバーで構成されていた。


 リーダーのシブキは魔法使いであった。魔法発動体としてミスリル製のショートソードを使う。といって「魔法剣士」というわけではない。

 剣に魔法を付与したり、斬撃を飛ばしたりなどの特殊効果を発揮することはできない。


 彼女の剣には、あくまでも杖と同じ働きしかない。


「どうせなら、剣として使えた方が便利じゃねえか」


 そういう乱暴な理屈で、持ち手の少ないミスリルソードを魔法発動体として携えていた。


 伸長1メートル80センチのシブキは、筋骨たくましく剣士としても相当に「遣う」。

 だが、彼女自身は自分はあくまでも魔法使いだと考えていた。


 パーティーの壁役はロイドである。シブキが小柄に見えるほどの巨躯を誇り、熊と殴り合える腕力を有していた。身長実に2メートル15センチ。盾とロングソードを駆使するパワー型の剣士である。


 アタッカーはデニス。トビヤマネコの異名を取る彼女は100メートルを8秒で走り抜く俊足の持ち主であった。両手に短剣を持つ盗賊スタイルの暗殺術で、敵に忍び寄り、飛び掛かり、切り刻む。キル・レイシオはパーティ随一であった。


 チバは何でも屋であった。刀という東洋風武器を使う剣士であったが、アタッカーも壁役もそん色なくこなせる。遊撃として指示をされなくとも必要なポジションに入り、支援を行う。誰よりもメンバーの背中を守ってきた男であった。


 5人目のモリヤはヒーラーであった。武器は長杖スタッフ。豊富な魔力を誇る優秀なヒーラーであったが、血の気が多いのが欠点であった。時に、必要も無いのに敵と直接殴り合い、自分に治癒魔法をかけ続けながら被弾を無視して相手を殴り続ける。実に頭の悪い戦い方をすることがあった。

 杖術はそこそこに使うのだが、いかんせん威力に乏しいので決定力が無かった。


 なんだかんだで良いチームだと、シブキは思っていた。何よりも居心地が良い。


 それはパーティーとして活動を続けるためには、大切にしなければならないことであった。


 今日もメンバーは自分のために怒り、自分と共に命を懸けようとしている。

 それは当たり前のことと飲み込むべきことであって、恩だの借りだのと騒ぐのは野暮だとシブキは考える。


 左手に遠慮をする右手があるものか。そういうことだろ?


 不敵な笑みを浮かべながら、シブキは魔物が潜むと思われる山に踏み込んで行った。


「こりゃあ追跡が楽だぜ」


 地面にかがみこんだデニスが言う。


「でかすぎてどこを歩いても足跡が残ってやがる」


 実際、残された足跡はどれも2センチ近く地面にめり込んでおり、魔物の重さと大きさを物語っていた。

 立木の密度が濃くなって来ると、枝をへし折り、木を押しのけて進んだ後がはっきりとわかる。


「スピードを上げるぜ。いつ出会ってもやれ戦えるようにしといてくれ」


 返事を待たず、デニスは走り出した。小柄で装備も短剣だけの彼女は、パーティの誰よりも早く走れる。

 今は戦闘警戒中でもあり、メンバーのスピードを考慮した速度に抑えていた。


 ハーフプレートアーマーを装備したロイドにとっては苦行であろう。体重だけでも160キロあるのだ。鎧と剣を含めれば、240キロ以上を運んでいることになる。

 それでもロイドは音を上げない。走れない「壁役」は「壁役」ではない。


 それはただの「壁」だ。


 だからロイドは無言で巨体を動かしていた。ただ、前へと。


 実は走ることを最も嫌っているのはモリヤであった。ヒーラーである彼はいつでも仲間をカバーして回復魔法を飛ばせる状態にいなければならない。


 しかし、激しく動くと息が上がり、呪文が満足に使えなくなるのだ。自分に掛ける魔法であれば無詠唱でもやれるのだが、他人が対象となると杖と呪文が欠かせない。1メートル以上離れると、途端に狙いが定まらなくなるのだ。


 回復魔法は火炎を飛ばすのとは違う。人体の核にピンポイントに働きかける必要がある。

 外からではなく、内側から治療するのだ。


 シブキの火炎魔法は「飛び道具」だ。手元で作った火球を、方向を定めて打ち出すのみ。

 一旦打ち出したら速さも方向も変えられない。


 モリヤに言わせると、「下品な魔法だ」ということになる。


 だが、精妙さを伴わない代わりに使い易いという利点があった。シブキは詠唱を省略できるし、火球の連発が利く。剣は方向を定めるのに使っている。後、斬るために。


 チバは――。いるのかいないのか、わからない。遊撃という役割に独特の解釈を施している彼は、「隠密性」を何よりも重視する。一旦隠形おんぎょうに入れば敵から姿を隠すのはもちろん、味方にすら気配を察知させない。


「馬鹿がいるから、居場所がバレる」


 彼はそう言ってモリヤを睨む。2人の関係性は険悪だ。何かにつけて騒々しいモリヤとは一緒のパーティーで戦いにくいと公言していた。

 モリヤはチバのことを、「イン〇ン野郎」と呼んでいた。チバに下の患いはないが、「存在自体がイン〇ンなんだよ!」とは、モリヤの弁である。


 そのモリヤが口を閉ざして走っている。今回の戦いは命がけになる。

 メンバーが命がけになるとは、モリヤが全身全霊で回復魔法を行使しなければならないことを意味する。


 その時になって間に合いませんでした、失敗しましたと言うくらいなら、モリヤは舌を嚙んで死ぬ。


 それが彼の戦いであった。


「スローダウン」のハンド・サインをデニスが発した時、ロイドとモリヤは全身汗みずくであったが、息を乱してはいなかった。


 ロイドは盾を構え、デニスは口中で呪文の詠唱を始める。

 戦いが始まれば、ロイドが盾を下ろすことも、デニスが呪文を途切れさせることもない。


「近いぜ」


 短くそう言うと、デニスはメンバーを残して斥候に出た。音もなく20メートルを進み、敵の気配を探って戻って来る。


「この先、森が切れたところに岩穴がある。どうやらそこに入って行ったらしい」

「そこが魔物の住処ということか?」

「おそらくはな」


「厄介だな……」


 シブキは眉をひそめた。


「どうかしたのか?」


 モリヤが声を掛けた。この男、行動は粗雑だが人の感情には敏感であった。


「ここら辺はアタシの遊び場だ。岩穴のことも知っている。あの穴は深くて、地面の下に続いているんだ」

「それじゃあ……」

「煙攻めで燻り出す手が使えない」


 通常巣穴に籠った猛獣を狩るには、煙攻めにして巣穴から飛び出して来た所に矢を射かけたり、槍衾やりぶすまで刺し殺す。

 今回は弓矢も槍も備えていないが、ロイドが盾で魔物を足止めすれば周りから攻撃を集中させることができるはずであった。煙で目をやられた魔物は盲目同然の良い的になる。


 なのに、その手が使えない。


「けっ! 逃げ場のない穴ン中で化け物とランデブーかよっ!」


 やってられんと、モリヤが地面に杖を突き立てた。


「逃げ場がないのは魔物も同じこと。この中で逃げようなどと思っているのは、おぬしだけよ……」


 チバが、いつの間にかモリヤの後ろに佇んでいた。


「うるせぇ、イン〇ン野郎! てめぇは穴の湿り気が懐かしいだけだろうが!」


「騒ぐな、2人共。狭い洞窟はこちらにも理があるぞ。ロイドが足止めすれば、アタシの火球を食らわせ放題だ」

「それを言っているのだがな。馬鹿には伝わらんらしい……」

「何だと、この――」

「先頭はロイドだ。行くぞ!」


「お、おう」


 冒険者として一流の「熱き風」は洞窟でも灯りを必要としなかった。魔法使いでなくとも、魔力を目に集めて暗闇を見通すことができる。冒険者とはそういう存在であった。


「思ったより広い」


 10メートルほど洞窟内部に進んだところで、ロイドが低くつぶやいた。


「入り口から100メートルは広い穴が続く。ここで出会うと厄介だが、見通しも利く。その場合はアタシの火球で足止めしている間に、取り囲むぜ」

「了」


 どこからかその声が聞こえてきたが、既にチバは姿を消している。

 見通しの良いこの空間で、どうやったら身を隠せるのかわからないが、チバのやることをいちいち気にするメンバーはいない。あいつはそういう奴だの一言で片づけた。


 やがて洞窟は直径6メートルほどの円形の穴になり、下り道が始まった。


「てめぇのケツの穴とどっちが深いかな?」

「さてな。貴様ほどケツのことに詳しくないのでな……」


 いつの間にか現れたチバとモリヤの言い合いが面倒くさくなる前に、ロイドは下り坂に足を踏み入れた。

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