第6話 我は願う。「人に幸あれ。地上に平和あれ」と

<何だって?>

<あっちとこっちを比べて、こっちを助けたいって言っているように聞こえるぜ、俺には>

<それは……そんなことは……ない>


 スバルの声に惑いが混じった。自分で自分の考えていることに自信が持てない。


<2人とも、弁論大会の時間はおしまいよ。30秒後、あなたたちは大気圏に突入する。ミサイルと共に地上に激突した場合、2人の生存確率はゼロよ>


 アンジェリカは時間制クラブの閉店時間が来たというように、最悪の事実を告げる。


お前次第ユア・コールだぜ、スバル。俺1人では世界を救うには力不足だ。もう燃料切れだしな。お前が行くというなら、俺たちはチームだ。地獄まで一緒に行くぜ>


 スバルの脳裏に、これまで出会った人々のイメージがフラッシュバックする。愛してくれた人たち、憎み合った相手。

 倒してきた敵、救えた命。


 そして、救えなかった人々のイメージが奔流のように押し寄せた。


「お兄ちゃん!」


 かつて救うことができなかった幼い妹の声が聞こえた。何の力も持っていないこどもだったスバルには、救って上げる力が無かった。今なら――。


「お兄ちゃん……」


 妙にリアルなその声は、本当に妹の物か? アンジェリカに見せられた異世界のイメージ、その中で助けを求める声の1つではないのか?


(リリー……)


 生かして上げられなくてごめん。スバルは亡き妹に心で詫びた。


<時間切れよ>

<スバル!>


 WO-9は顔を上げた。


<わかった。行こう!>

<――迷いは無いんだな?>

<そこに救える人がいるのなら、ボクはどこにでも行く。……ボクたち・・は『正義の味方ヒーロー』だからね>

<言うまでもないぜ>


<そして、ヒーローは決して遅れない>


<アンジェリカ、ボクたちを向こうの世界時空B に送ってくれ>


<やれやれ。言うのは簡単だけど、異世界渡りがどれほど大変なことか、アナタのCPUでは計算しきれないわ>


 向こうの世界時空Bでは天才魔術師が儀式魔法で集団の魔力を集めることにより、ようやく異世界渡りの通路を開いた。

 しかしそれだけではパワーがまったく足りていない。


 世界の夜空を走るICBMの噴射炎。世界中の夜で、人々は平和を祈った。純粋な万人の幸福を。

 何千万の人々が夜空を見上げて願ったのだ。

 

 それでもまだ足りない。純粋なパワーが。

 それこそアンジェリカが世界大戦ハルマゲドンを早めた理由であった。


 この世界時空Aを滅ぼす<力>を異世界渡りの動力とする。


 呼ぶ力と送り出す力、2つの力が完全にシンクロすることで<通路パス>が開ける。その途方もない世界規模の綱渡りを、アンジェリカは成功させなければならない。


<やってみせますけどね、アンジェリカちゃんは。そのために生まれてきたんだもの>


 アンジェリカが人格を獲得した目的は「戦争による利潤最大化」でも「世界大戦の実現」でも「人類抹殺」でもなかった。

 不可避の破滅からこの世界時空Aの人類を救うためであり、人類存亡の危機から向こうの世界時空Bの人々を救うためであった。


「人間を救うこと」


 それ以外に彼女の存在目的などないのだから。


 地球上を破滅の劫火が真っ白に染めた時、アンジェリカ自身も強く願った。


「人に幸あれ。地上に平和あれ」と。


 AIだからこそ迷いも穢れもない、純粋な思いで彼女は祈った。


「かくあれかし」と。



 ――そして、そうなった。

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