冬曇り
業 藍衣
第1話 雪国マウント
キラキラと、白く美しい結晶が僕の視界いっぱいに舞い散り、抜けるような青い空から降り注ぐ、眩しい太陽の光を乱反射させ、僕の世界を美しく彩る。
縦にならんだ緑、黄色、そして一段と強い光を放つ赤が視界の隅を素早く流れ星のように駆け抜けていく…
そんな幻想的な世界の中、僕は宙を飛んでいた………
「痛っ!」
鈍い痛みが僕の臀部に襲いかかり、現実世界へと引き戻された僕は横断歩道の手前で盛大に転び、尻もちをついている。
「伸一、大丈夫?」
そう言って、馴れた様子で歩幅小さく前傾姿勢でゆっくりと近づく影…
僕が見上げると、肩までのびた黒髪を軽くかきあげ、僕を見下ろす真理が心配そうに立っている。
薄いピンク色のフレームをした眼鏡は、ブリッジ辺りのレンズを、マスクからの息で少し曇らせている。
その下に見える瞳は、ゆっくりではあるが、僕の事を気遣って、急いで来たのを感じさせる。
クリーム色のムートンコートを纏った真理は、僕に手を伸ばすと、立ち上がるのを手伝ってくれる。
「もう、本当に大丈夫?だから行ったでしょ?あまり大股で歩くと危ないって、それにそんなに急がなくたって、講義まではまだ時間あるよ。」
そう言って僕のコートに付着した雪を払うのを手伝ってくれる……
「また雪国マウントを……。」
関東生まれの僕は、彼女に歩く時のポイントを教わり、気を付けるように何度も言われていたのだが、不馴れな事や慢心から、転んでしまった気恥ずかしさを誤魔化すために、そんな憎まれ口を叩いてしまう。
「あっそう!そんな事言うんだ…もう知らない!」
少し怒った真理の眼鏡が再び曇り、白みを帯びる。
そうして、背を向けて歩き出す真理を、僕が慌てて追いかけようとすると、僕は再び宙を舞う………
「痛った~~……真理さ~ん、僕が悪かったです。ごめんなさい……。」
同じ場所で二度も派手に転んだ僕は、わざとらしく情けない声を真理にかける。
すると、真理は振り向いて、また僕を助け起こしてくれる。
「まったく、ホントに伸一はしょうがないな~。」
そう言って、再び僕のコートに付着した雪を払う真理の手に力が込もっているのを感じ、
「おいおい、何か憎しみ混もってない?」
と問う僕に、真理はいたずらっ子みたいな笑顔を浮かべ、
「さぁね~、手伝ってあげてるんだから文句言わないの!」
そう言って、力一杯僕の臀部を叩いてくる。
僕はそんな真理に、
「痛っ!……あんなこと言ってごめんなさい……。転んで恥ずかしかったんだよ……。」
そう、ブツブツと呟くように僕が謝る。
すると真理は、
「何?なにか言った?ん~?」
そう言って僕の顔を覗き込むように見つめてくる。
そんな仕草が、たまらなく可愛くて、僕はマスクと眼鏡の隙間を縫って、彼女の頬にキスをする。
「ち、ちょっと、こんな大通りで何するのよ………し、伸一のバカ。」
そう言って、視線を外す真理に僕は、
「だ、だって可愛かったんだからしょうがないだろう……」
そんな僕の言葉に、真理は耳まで顔を紅く染める。
そして、彼女の眼鏡は、レンズ全体を真っ白に曇らせていく……。
「まったく……そんな事言っても誤魔化されないんだからね……」
そう言って伸一から視線を外し、モジモジしている真理がとても愛おしくなった僕は、自分の気持ちが走りだし、その勢いのまま強く彼女を抱き締める……。
「真理、大好きだよ…………」
僕は真理の耳元でそう囁く、
すると真理は抱き締める僕を振り払おうとしながら、
「ちょっ、伸一、バカ……こんな……」
そう言って必死に抵抗する真理と、そんな彼女を離したくなかった僕は、体制を崩して二人同時に、盛大に転ぶ!
とっさに僕は真理をかばおうとして、今度は背中を強打する!
「ぐぁ!痛っ……………。」
あまりの痛さに、顔を歪ませ無言になる僕に、真理は僕の腕の中で心配そうに僕の顔を見る。
「伸一、大丈夫?」
僕は身体をおこしながら、痛みの走る部分をくるくると回す素振りを真理に見せて、
「う、う~ん、だ、大丈夫……」
真理はゆっくりと立ち上がって、僕を見下ろすと、心配そうな表情を僕に向けて、
「立てる?」
そう言って片手を出してくれた。
「あ、うん……真理、ごめん」
僕は気持ちばかり突っ走ってまた真理に迷惑をかけてしまったと、少し心の中で反省しながら真理の手をとり立ち上がる。
すると真理が、
「あのね……庇ってくれて…ありがと。」
御礼を言われるなんて想像してなかった僕は気恥ずかしそうに、
「う、うん。」
それしか答えられなかった。
そんな僕に真理は真剣な眼差しになって、
「でも今度からは自重するように!」
そう言って、僕の額にデコピンをしてくる彼女の眼鏡がまた少し曇る。
そして、とびきりの笑顔を僕に向けてくれる。
「はい、講義に遅れるから急ぐよ!」
そう言って僕の手を取ってまたチョコチョコと歩き出した。
僕はそんな真理にまた心を奪われ、
「は~い。」
と、デレた情けない顔で返事をしてしまう。
そんな僕に真理は振り向いて一言、
「バカ…。」
ああ、真理さん大好きです…。
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