その日、僕は魔女と出会った
寿甘
魔法が使えるという噂
「ねえねえハヤト、聞いた? また〝まーちゃん〟が出たって」
クラスメイトであり、ハヤトの幼馴染でもある
「はぁ……また〝まーちゃん〟かよ。そんなの嘘に決まってるだろ」
〝まーちゃん〟とは、この町で噂されている『魔法が使えるようになった人間』のことだ。
呆れた顔でため息をつくハヤトの態度に、アリサは気を悪くした様子もない。むしろ彼のそういう反応を楽しんでいる。ハヤトも幼馴染の意図が分かっているので、尚更うんざりしてしまうのだった。
「まず、魔法を使えるようになった人間がそんなに現れているなら魔法の目撃談もどんどん出てくるはずだ。それどころか、魔法使いになったと自慢気に見せびらかすような奴が現れないはずがない」
「でも、魔法使いになったことを隠してるかもしれないじゃない」
「それなら、〝まーちゃん〟がこんなに噂になるはずがない。隠しているなら周りの人間は知らないはずだろ」
ハヤトは理屈っぽい男子だった。現実主義者でもあり、空想的な話にはいつも否定的な態度を見せる。これまでにも、アリサが持ってきた噂話の数々を否定し、実際に情報元の嘘を暴いて真実を明らかにしたことも少なくない。そんな彼がサラサラの黒髪に整った顔立ちを持つ、ありていに言えば
そんな幼馴染も小柄で飾り気のない――つまり、男子受けする容姿の――可愛らしい少女だったので、ハヤトはアリサの態度に鬱陶しさを感じつつも満更でもない気分でいた。そんなやり取りを繰り返しているので周りからは二人が付き合っていると思われているが、本人達はお互いに好意を持ちつつも幼馴染という距離の近さから、逆に親しい友人以上の関係になることを躊躇ってしまうような、何とも言えない壁のようなものを感じているのだった。
「そっかー、じゃあ誰がそんな噂を流してるんだろうね?」
アリサは露骨に促してくる。ハヤトの〝推理〟を見たいのだ。だが、ハヤトが彼女の期待に応えるにはあまりにも情報が少なすぎた。このところ〝まーちゃん〟の噂を何度もアリサから聞かされたが、どれもこれも具体的な場所や日時がない。ただ「〝まーちゃん〟が現れた」とだけ噂されている。これでは推理なんてできないし、噂の出所を突き止めて真相を探ろうにも調べようがない。そんな情報を幾度となくもたらされて、繰り返しため息をつく日々だ。
「さあな、そんな噂を流して得する人間でもいれば分かりやすいけど。魔法が使える人間がどこかにいたからなんだって話だ」
「得する人間かー……」
ハヤトが大した意味もなく口にした言葉に、アリサは考え込むような仕草をする。気分は推理小説の探偵助手といったところだろうか。だが彼女は何の特技もないただの高校生だ。学校の成績がいいわけでもない。闇雲に考えても手がかりを見つけたりすることはなかった。
「せめて場所か時間の情報が噂の中にあればな……ほら、授業が始まるぞ。席に戻りな」
時間切れである。授業開始の時間になって、教師がクラスの扉を開ける音が聞こえた。アリサは慌てて自分の席に戻り、彼等にとって大切な――だが本人達はまだそれに気付いていない――勉学の時間が始まるのだった。
(〝まーちゃん〟か……なぜ、誰も魔法を見ていないのに多くの人が信じているんだろう?)
ハヤトは噂が気になっていた。まんまと幼馴染の思惑に乗せられてしまったわけだが、退屈な授業を聞いているよりは謎解きごっこをしている方がよほど楽しいと思っている。どうせ授業の内容は教科書を見て既に理解済みだ。これまでも授業なんて真面目に聞いていなくてもテストで満点以外を取ったことがない。成績上は優等生であるハヤトに、教師も全幅の信頼を寄せている。ちょっと上の空になっているぐらいで注意するようなこともない。蒸し暑い風が夏の訪れを予告しながらハヤトの頬を撫でていった。
放課後になり、それぞれの部活動――ハヤトはバスケットボール部に所属している――も終え、ハヤトが一人で家路につく頃、太陽は地平線の下に姿を隠し、赤かった空が黒に塗りつぶされつつあった。周囲の建物は段々と黒い影に変わりつつあり、
「ミドリ、早くするにゃ!」
「待ってくださいよミウさん、あんまり派手に動くと天使に見つかっちゃいますよ!」
二人の女性が話すような声がした。前者の声は甲高く、語尾も相まってまるで猫が話しているかのように聞こえる。不思議に思ったハヤトが声のした方に顔を向けると、薄暗い路地に大きな三角帽子を被った何者かの姿が見えた。まるでおとぎ話に登場する魔女のようないでたちに目を奪われるが、すぐにもっと不思議なことに気付いた。
魔女は暗闇に顔を向けて話をしている。そこに人間らしき影は見えない。真っ暗闇だ。
「そんなもの、やっつければいいにゃ!」
また高い声がすると、闇が動いた。こちらに近づいてきたそれを見たハヤトは、声の主が何者であるかを理解して……理解できないといった様子で叫び声を上げるのだった。
「猫が喋った!?」
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