10-2
メディは震えた。熱く、だが胸をしめつけられるようなせつなさがあった。
こんなに大きく、逞しくなった青年の中に、かつて自分が助けた少年が蘇ったような気がした。
(……私も)
会いたかった、と心の中でつぶやいた。たとえ同じ熱量ではなかったにしても、クロードを忘れたことはない。
言葉の代わりに、きゅううん、とかすれて高い声が喉から漏れる。
ぴくぴくと耳が震え、萎れていた尻尾が揺れた。
「ああ、エクラ……エクラ……」
クロードは狼の首を腕で抱いたまま、頭のあたりに顔をうずめた。
(ひゃっ! く、くすぐったい!)
きゅうきゅう、とメディの喉から高い声があがる。クロードの吐息や、鼻先や唇があたってくすぐったい。
幼い頃のクロードはよくこうして自分を抱きしめたが、いまはまたわけが違う。
しかしメディの焦りとは裏腹に、狼の尻尾は嬉しげにぶんぶん揺れてしまうのだった。
(くすぐったい! やめてー!)
「ああこの毛並み……手触り……」
(ひぁ! 撫でないで! 撫で、な……あうう!)
頭や首、背や胴を優しく撫でられ、長い指で毛を梳かれると、ふにゃふにゃと溶けてしまいそうになる。
人の体では感じることのできなかった快さで四肢から力が抜けていく。
(や、やめ……!)
「可愛い……」
(だ、だめ! いやー!)
メディは必死に抵抗を試み、目で訴えたが、クロードはうっとりした様子で手を動かし続ける。
それどころか更に骨抜きにしようとするかのように熱心に撫で回し、あろうことに首筋に顔をうずめて深々と息を吸ったりということを繰り返した。
散々堪能されてしまい、メディはすっかり狼から飼い犬のようなありさまになってしまった。
奔放にもてあそんで狼から力を奪ったあと、クロードはようやく顔を上げた。熱に浮かされて酔っていたような瞳に、ようやく不安の陰が生じた。
「その……、メディ殿? メディ殿、なのだろう? 話を聞かせてくれ。私はあなたに決して危害を加えないし、その、迷惑をかけるようなことは……しないつもりだ」
(さっ、散々、
息も絶え絶えになったメディは、恨みの目を青年に向けた。
が、この姿のままではいいように撫で回されて、恥ずかしくてたまらないことすら訴えられない。
妙にぐったりした気持ちで、メディはいつも通りに心の中で呪文を唱えた。
(《
そうしてから、つい先ほど、何度もそうしようとしてまったく戻れなかったことを思い出した。
だが今度は違った。
手足を覆う闇色の毛が瞬く間に薄く短くなってゆく。全身から体毛が急速に薄れ、やがて消える。四肢は細く縮まり、突きだしていた鼻や鋭い牙も瞬く間に縮んでゆく。
「エクラ……っ!?」
クロードが焦ったような声をあげた。
ぷるぷる、とメディは頭を振った。そのとき、いつもの、日に焼けた自分の髪が見えた。ほっとしたのは一瞬で、すぐにクロードと目を合わせる。
「あ……」
メディはとっさにそんな声をもらした。
青年の新緑色の瞳が大きく見開かれていた。瞳が大きく見えるせいか、かつてのクロード少年の顔に重なった。
あのときの少年なのだ、といまさら強く確信する。
――が、そのクロードの顔が急激に赤く染まり、酸欠を起こしたように口がぱくぱくと数度開いた。
それから慌てたようにうつむいてしまう。
(あら?)
メディが意表を突かれていると、クロードは顔を背けたまま、剥ぎ取るようにして外套を脱いだ。そのまま、メディに突き出す。
目を丸くしたあと、ようやくメディは気づいた。
変身を解いたあとは、何一つ身にまとっていない。
「わ、きゃ――!!」
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