6-1

 クロードが目を瞠った。


「この世界の、人間ではない……?」

「ええ。信じられませんよね。でも、そうだったんです。目の色や髪の色、肌の色、着ていたもの、すべて見たこともないもので。言葉こそ通じたけれど、彼女が話す故郷も、とてもこの世界のものとは思えなかった」


 ――不思議な響きの名前を持った異世界の女性のことを、メディは淡い苦さで思い出す。


「異世界から来たことといい、その恩寵といい、彼女の存在こそ神が遣わしてくださった奇跡であるとみんなが考えました。みんな彼女を丁重に扱い、その恩寵を多くの人々のために使ってくれるよう頼みました。……私たちからすれば欲ではなく人々のための懇願でしたが、彼女はそうは捉えなかった。勝手な他人の都合に巻きこまれて利用されようとしていると考えたようで」


 感情を挟まない、淡々とした口調を意識する。もうなんとも思っていない――自分自身にそう言い聞かせるように。

 クロードが、不可解というように眉をひそめている。かつてメディがに対して怒りを覚えたときと似た表情だった。


 だがメディは彼女が怒った理由も、後になって少しは理解できるようになった。

 異世界人の身勝手。彼女の怒りをこちらがそう捉えたように、彼女もこちらをそう捉えたのだろう。


「彼女は、保護されている神殿から何度か脱走を試みました。保護じゃなくて監禁だと言って。元の世界に帰りたいと言っていたし、頼られすぎても困る……これはいままで報われなかった自分に与えられた神様の贈り物、自分のものだから自分の自由に使う――そんなことも言っていました」


 クロードが数度瞬いた。それから顔をしかめる。言葉を挟まないと決めたのか黙って聞いてはいるものの、怒りは覚えているらしい。


 メディに、を悪く言うつもりはなかった。過ぎたことだった。だが、良く言うこともできない。


「……あるとき、私の友人で聖女であった人の弟が神殿に運び込まれてきました。彼は事故にあって重傷を負っていた。――の恩寵でしか治せないものでした」


 青年が目を見開く。

 メディは口を閉ざした。時の重石をのせて封じたはずの、心の深いところから暗いものが浮かび上がってくる。

 ――なぜ、こんなことをべらべらと、この青年に話しているのだろう。

 そう思うのに。


「……まさか」


 クロードが強ばった声で言った。

 思わせぶりに沈黙しているのも浅ましいように思えて、メディは抑えた声で続けた。


「――彼女はそのとき、神殿にいなかった。抜け出していました。帰って来たときには、手遅れでした」


 息を呑む音が聞こえた。うめくように、そんな、と短く言葉がこぼれたのをメディは聞いた。

 ――思い出す。浮かび上がってくる。


『助けて! メディ、お願い……っ助けて!!』


 耳奥に蘇る悲鳴に、メディは強く手を握った。

 神殿の関係者がを探す間にも、友人は憔悴し混乱を極めていた。


 助けを求める弟を、家族を、友人は見ていることしかできなかった。

 ――聖女であるはずなのに。祈っても神は答えない。恩寵は与えられない。

 その絶望はどれほどだったか。


 友人であり同じ聖女であるメディにも助けを求めた。

 けれどメディも無力だった。

 奇跡など起きなかった。神への献身も努力も、何も応えてはくれなかった。


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