5-2
「その、どうしてあなたがこのようなところに一人で暮らしているのかと気になってしまった。普通、あなたのような女性が一人で暮らすような場所ではないので……静かで、人のあまり多くない場所を好むというのは……神殿の関係者が多いので」
クロードは弁明するように言葉を付け足した。他意はない、とでも言いたげだった。
メディはしばらく唇を引き結んでいた。
クロードは自分を追いかけてきたり、探ろうとしている者ではない。自分にそう言い聞かせ、乱れた心音をなんとかなだめる。
――極端に過去を隠しているわけではないが、あまり口に出せるようなものでもない。
が、ここでまったく黙っていればそれこそおかしいだろう。
神殿関係者、とクロードは言ったが、それの意味することにはうすうす気づいているはずだ。
メディは言葉を選びながら口にした。
「……そうです。こんなでも、元聖女でした。だいぶ落ちこぼれでしたが」
「聖女……」
クロードの目が軽く見開かれる。
メディの記憶の底から、捨てた過去がゆっくりと浮かび上がった。
神殿の関係者――すなわち、神に奉仕し、祈りを捧げ、人々に神の恩寵を教え与える者たちのことを言う。大半は神官と呼ばれるが、なかでも数少ない女性は聖女と称される。
神への熱狂的信仰心、あるいはなんらかの贖罪のために神殿入りする者もいれば、両親を失い“神の子”となり、神に仕えることになった者もいる。
メディは後者だった。物心ついたときには両親は既にいなかった。飢饉のせいだとあとから知ったが、寂しいとは思わなかった。死による離別を免れても、貧しい農村部では進んで子供を神に捧げる親もいる。
「……ここは美しい場所だが、あなたのような女性が一人で暮らすにはあまり快適な場所とは思えないのだが……、森の外の、集落ではだめなのか?」
クロードもまた、言葉を選んで言った。
――優しい子だな、とメディは少し微笑ましく思った。
神殿関係者は閑静な場所を好むとはいえ、ここまで人と離れたところに住む人間はほとんどいないだろう。それこそ、よほどの理由がなければ。
クロードは婉曲に、そのことを聞いているに違いない。
あまり長々と自分の過去を話すつもりはなかったが、なにかよからぬ誤解をされるのもいやで、メディはぽつりと言った。
「私、逃げてきたんです」
クロードが息を飲む。
不穏な言い回しになってしまったとメディは苦笑いして続けた。
「ああ、罪を犯したというわけではなくて。その……耐えきれなくて。神殿から、逃げてきたというか」
他に適当な言葉が見つからず、結局そんなことを言った。
そのせいで、どことなく気まずい沈黙が落ちる。
けれど、少し迷うような無言のあとで、ぽつりとクロードが言った。
「……理由を聞いてもいいだろうか」
メディはわずかにためらった。少し戸惑う。けれど、別にいやだとは思わなかった。クロードに野次馬めいた好奇心が見られなかったというのもあるし、たぶん、拒めばそれ以上は追及してこないだろう。
それに――本当に自分の中で過去になったのなら、別に思わせぶりに沈黙することも、ないのではないか。
すう、とかすかに息を吸って、目を動かして漠然と木々を見た。
「……聖女っていうと、奇跡の力を持った、清らかな心の人というのを想像するでしょう。実際、私のいた神殿でもそれが理想とされました。神に認められ、その恩寵を人々に伝えるべく、奇跡の力を授かろうとみなが努力していました。当時、私もそこそこ努力はしていたと思います。でも、実際に奇跡を授かる人はわずかでした。誰もが認めるほど篤い信仰心を持ち、高潔で慈悲深い志を持った人ですら、なかなか恩寵は与えられなかった」
そこで、メディはいったん言葉を途切れさせた。
もはや乾いた古傷であったとしても、あのときのことを思い出すとわずかに鈍い痛みを感じた。
でも、と短く言って言葉を再開した。
「あるとき、凄まじい恩寵を持った女性が現れました。本当に突然現れたんです。彼女は聖女でもなんでもなくて、この世界の人ですらない――というようなことでした」
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