第2話:不良品チート

 煙と共に、色とりどりのテープが真上に発射され、三人の頭に振ってくる。


「……………は?」


 場が静寂に包まれる。


 テープが降り終わり、煙が消え失せたと同じくらい。俺は反射的に立ち上がっていた。


 もう我慢しきなかった。


「はいざまああぁぁぁぁぁ‼ 綺麗に引っ掛かっちゃってざまぁすぎるぅぅぅぅぅ‼ ちゃんと契約書読みましょうねねぇぇぇぇぇぇぇぇ‼‼‼」


「は、え、どういうこと……」


 キタ――‼


 カモがキタ――‼

 

 無慈悲な現実を押しつける感覚……さいっこう‼


 この瞬間のために生きていると言っても過言じゃない。


 あぁ^~脳汁がドバドバするんじゃぁ^~。


「私が説明しよう」


 脳内麻薬に溺れている俺を置いて、ルナティが説明しようとする。


「お前は詐欺られたんだ」


「さ、詐欺!?」


「人聞き悪いこと言うんじゃねぇ! これは立派な商売だ! 商いだ!」


「え、は? いや……どういうことですか!?」


 慌てふためき、感情がごっちゃになっている様子だな。


 仕方ない、ちゃんと説明してやろう。


「俺はー、確かにチート売った。けど、どんなチートを売ったかはなんも言っていない。お分かり……?」


「はい……詰め合わせってだけで……」


「そう! 言ってなかったけどチートってさ、ランクがあるの。君たちの世界で言われているような凄いチートもあれば、クソみたいな使い道しかないゴミ、いわゆる不良品チートってのがあるの。もう分かったでしょ?」


「……つまり……その不良品チートっていうのを、買わされたと?」


「しょーゆーことー‼ お買い上げありがとうございまぁーす‼」


 ようやく状況を理解したらしく、顔が青くなるフユリ。そんな彼女に対し、ルナティが追撃をした。


「ちなみにだが、ガンナーは相場の何十倍も高い値段で売りつけているからな」


「はっ!? それって詐欺じゃ――」


「だから詐欺じゃねぇ! 契約書に全部書いてあるっつーの!」


 どいつもコイツも俺のこと詐欺って言いやがって!


 確認を怠った、コイツのせいだろうが!


「本人はこう言っているが、これは立派な詐欺だ。私が保証しよう」


「ありがとうござい? ……いや、保証しちゃ駄目でしょ。駄目だろー‼」


 フユリは顔を真っ赤にし、ジタバタしだした。

 

 この女、急に荒ぶりだしたぞ。

 

 情緒不安定か?


「ふざけんな! お金返せ!」


 そんなこと言われてもねぇ。


 ここは一旦落ち着いてもらおう。


「ありがとう」


「……は? なにに対してですか?」


「いや、俺たちの肥やしになってくれてありがとうって」


「ふざけんなよ!? 肥やしになってたまるかぁ!」 


 あれー? 


 礼を言ったのにまたキレられてしまった。


 どんなに怒ろうが取り返しのつかない状況なのにな。


「……は!? そうだ‼ あと四つチートがあるんだ‼」


 詰め合わせセットには五つチートが入っている。そのうち一つはクラッカーだとして、残り四つもチートが残っているのだ。

 

 幾ら不良品であろうとも四つもあれば使えるチートはあるだろう……と彼女は考えているのだろう。


 フユリは手を俺たちに向けてきた。


「残りのチートで貴方たちを成敗してやるわ‼」


「やめておいた方がいいと思うぞ」


「くらえ‼」


 俺の制止を無視し、チートを発動した。先程と同じように光の球が収束し……フユリの手から、透明でドロドロとした液体『ローション』が垂れた。


「……………は、はあぁ!?」


 おいおい床が汚れるだろうが。彼女の手から落ちたローションが地面へポタポタ落ちている。


 後処理のことを考えている俺を差し置いてルナティが言った。


「これは……手をヌメヌメにするチートだな」


「なんですかそれ‼」


 文字通り手をヌメヌメに……つまりローションを生成する能力ですけど。 


「ま、まだ三つある……」


 それでも諦める気はないようだ。再度フユリはチートを発動する。また光の球が集まったかと思ったら、二つ目と同じようにフユリの手からローションが垂れる。四つ目、五つ目とチートを試すが、一つ目と同じでクラッカーが鳴るだけだった。


「ど、どういうこと……?」


「被ったな」


「え?」


「クラッカーチートが三つに、手をヌメヌメにするチートが二つ、それで詰め合わせセット」


「はぁ!? なんですかそれ‼」


 詰め合わせと書いてあるだけで、同じ物が出てこないとは書いてないからね。


「クーリングオフ! クーリングオフー‼」


「馬鹿か。そんな画期的な制度がこの世界にあるわけねぇだろ。契約書読め契約書!」


 コイツ、カモになるべくして生まれてきたのか。そう思ってしまうくらいにチョロ

いぞ。


 文句を言われ続けるのも嫌なので、俺は頭の中に契約書を思い浮かべる。すると先程燃えて無くなった契約書と瓜二つの物が降ってきた。それを彼女に渡す。


「これを読めばいいんですか? なになに……『貴方はこの契約を破棄することはできない……三か月の間に代金を完済しなかった場合、即座に牢獄にぶち込まれるから覚悟しとけよ♡♡♡ 返済ガンバ‼ 君を愛する店主ガンナーより』……」


 読み終わったというのに、契約書を手に持ったまま停止するフユリ……と思ったら契約書を鬼の形相でバラバラに破った。


「誰よ!? さっさとサインしろって言ったのは‼」


 俺です。けど言われるがままで確認しなかった方が悪いと思うんですよね。


「身を粉にして働いて俺たちに金を渡すんだよ! ナイスチョロイン‼」


「誰がチョロインよ‼ あぁ……なんでこんな目に……」


「心中お察しするが、金はしっかり返済しろ。私たちの生活の為だ」


「詐欺った側が言う台詞じゃないでしょ!? いやよ‼ というかわたしは無一文なの‼」


「だったら稼いでこいやぁ‼ それこそ冒険者でも、現場でも、仕事をしようと思ったら沢山あるんじゃ‼ 今すぐ働いてこーい‼」


「週七でバイトすれば二か月もかからず四十万ゴールド集まる。それまでの辛抱だ」


「ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁ‼」


 絶叫と共に拳を振り上げ、俺たちに向かって駆けだした……が、


「きゃっ‼」


 床に残っていた唾に足を滑らせて転んでしまう。


 全く、不憫な少女だな。


「成程。先程の鎧を着た転移者は未来予知していたということか」


「なわけないだろ。どうみても偶々だろ」


「そうか……ならこれは唾神様のおかげか」


「そんな神いてたまるか。二ホンで信仰されているという、八百万ですら唾はいないだろ」


「八百万に、速玉之男神っていう唾の神がいるぞ」


「……なんでそんな知識はあるんだよ」


 俺たちが談笑していると、フユリは立ち上がりプルプルと震えだす。そして伏せていた顔を勢いよくあげ、決死の表情で言った。



「――死んでやる」

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