10:初代様は幸せになれない!



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「え」


 目の前に現れた光景に、俺は思わず呆けた声を上げた。


「あれ?勇者?まだ、此処に居たのか?え?まさか、俺が何か失敗したのか?いや、待て。そんな事はない。マナはきちんと減っている。じゃあ、なぜ」


「召喚士!早くしろ!」

「私達も、もう限界よ!」

「っぐあっ!」

「きゃあぁっ!」


 目の前では、“あの時”のままの光景が再び広がっていた。魔王の前に、仲間達が倒れ伏し、召喚士が俺に向かって本を掲げている。ただ、その顔は酷く混乱しているようだ。しかし、それは俺だって同じだ。


 なんで、なんで、どうして?


「え?なんで、初代様が……魔王に?」

「は?」


 動揺する俺に、召喚士が眼鏡の奥の目を見開いて俺を見た。

 俺はてっきり、こちらの時代に戻ると同時に、“全て何も無かった事”にされるモノだとばかり思っていた。なにせ、初代様が闇落ちしなければ、魔王は生まれない。魔王が生まれなければ、この時代の勇者は必要なくなる。


 なので、物語のセオリー的にはこの仲間達との記憶も、初代様との記憶も全部失って、平和な世界で普通の生活を送る、というちょっぴり切ないエンディングを迎えるのかな。



 なんていうのが、俺の予想だったのに。


「……おい、勇者。まさかお前、過去から……もう、戻ってきたのか?」


 そう、召喚士から絶望した表情で問われれば、俺はもうただただ頷く事しかできなかった。


「なにも、変わってないぞ……?」


 頷く。


「もう、お前を再び過去へ送る魔力は残っていない」


 頷く。


「もう、終わりだ」


 召喚士が持っていた本を落とし、その場にペタリと座り込んでしまった。俺達のやり取りに、魔王の周囲で倒れ伏していた仲間達からも「そんな……」という、絶望を帯びた声が聞こえてきた。


 皆、完全に絶望している。


「……なんで?」


 俺はゆるりと魔王を、いや。初代様を見た。

どうして、闇落ちなんてしてしまったのだろう。あんなに幸せそうだったのに。旅も楽しそうで、暗殺者も俺が殺したから、初代様は国に裏切られていた事も知らない筈だ。


「初代様……、何があったんですか?」


 ソロリソロリと全身甲冑に身を包む、初代様へと近寄った。


 望み通り王様にもなって、望み通りお姫様とも結婚した。俺がここに居るって事は、きっと子供もたくさん作ったのだろう。王様になったら、今度こそ女の人とヤりまくるんだって。俺を抱いた後には、必ず口にしていた。



「初代様、なにか、かなしいことが、ありましたか?」



 どこで間違ったのだろう。

 俺は精一杯やったと思った。この世界を救うよりも、初代様が幸せになってくれればと出来る事は全部やったと思っていたのに。


「……なんだ。おれは、初代様の為に、何も、できなかったのか」


 つまりはそういう事だ。

 結局、俺がどう足掻こうと、初代様は闇落ちして魔王になった。それほどの悲しみと苦しみが、あの後、初代様を襲ったという事だ。

どういう理不尽だ!この世は鬼か!悪魔か!世界は初代様に対して厳し過ぎる!なんで“最終的”に幸せにしてやれない!?


「ぅぅっ!しょだいざま、ごめなざいっ!」

「……」


 俺は初代様の足元で泣き崩れると、申し訳なさ過ぎて泣きながら土下座した。もうこの際だ。潔く初代様に殺されよう。それで、少しでも初代様の腹の虫が納まるなら安いモノだ。


 しかし、初代様は一向に俺を攻撃してこようとはしない。急に泣きだした勇者に、戸惑っているのだろうか。あぁ、初代様。


「ごめぇん。ごめんなざぁい」

「……」


初代様は、俺のことを少しでも覚えていてくれているだろうか。そう思った時だった。


「おい、犬」

「っ!」


 聞き慣れた声が俺の耳に響いてきた。

 その声は、ハッキリとした口調で“犬”と言った。


「勝手にどこ行ってやがった」


 土下座する俺の髪の毛が、何やら温かいモノでソッと掴み上げられた。懐かしい。これは俺が土下座をすると、決まって初代様がしてくれるヤツだ。


「……初代様?」


 真っ黒い甲冑の奥から覗くのは、そりゃあもう懐かしい、初代様の琥珀色の瞳だった。


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