2:初代様には、慈悲がない!
「おい、犬。野営の準備をしろ」
「……う、うぅ。なんで、俺だけ」
あれ?
俺って初代様を闇落ちから救うために、この時代に来たんだったよな?なのに、なんだ?この状況。
「口答えか?いいんだぞ。俺は、一人でも。お前なんか居なくても旅は続けられる」
「ご、ごめんなさい!置いていかないでくださいっ!初代様!」
「だったら教えただろうが。おい、返事」
「……はい、野営の準備をします」
「無駄なやりとりさせんな。今度逆らったら置いて行くからな」
「はい」
返事は、短く、ハッキリ、大きな声で。「はい」以外認められていない。
それがこの俺「最新作の勇者」に与えられた、ここでの役割だ。今や俺は「勇者」ではない。初代勇者様の、
「おい!このマットは冬用だろうが!何回言わせんだ!この駄犬がっ!」
犬だ。
「すみませんっ!」
あれ?俺、一体何やってんだろ。
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「はぁっ」
俺は初代様の夕食の準備のため、近くの川に来ていた。サラサラと透き通った川の水が上流から止めどなく流れてくる。覗き込んで見ると、そこには見慣れた“最新作の勇者”のキャラクタービジュアルが映り込んだ。
「同じ“勇者”なのに……差があり過ぎだろ」
まぁ、確かに昨今のRPGゲームの主人公というのは、基本的にプレイヤーが感情移入しやすいように、ビジュアルの強度を下げて描かれる事が多い。最新作の勇者なせいで、そのあおりを一心に受けている。
「ま。“元の俺”よりはマシだけど」
結局、主人公というのは、ゲーム世界でのプレイヤーのアバターだ。普通。普通が一番だ。そして、そんな“普通”が一番難しいって、俺はよく知っている。
今や、これが“俺”だ。アバター込みで、完全な俺なのだ。
「あ。そう言えば傷口、どうなっただろ」
ふと、薄い綿の肌着をペラリと捲ってみる。すると、両脇腹にある二つの深い傷跡が、川の水面に映り込んだ。
「やっぱ傷痕は消えないんだな」
ポツリと呟き右側と左側、それぞれの傷痕に指を這わせる。
右側の傷は、つい先日、魔王にエクスカリバーでブッ刺された時に出来たモノだ。
まだ新しい。こちらはまだ傷口が繋がりかけている途中なので、皮膚が少しだけ盛り上がっている。
そして、左側の傷。
これはもう三年近くも前の古い傷跡なので、色は薄い。けれど、この先もこの傷が消える事はないのだろう。その白くなった傷痕は、右側同様“刺し傷”だった。
「あれは……スゲェ、痛かったなぁ」
多分、刃渡り十五センチはあったと思う。
そう、この傷こそ、俺の一度目の人生を奪った張本人だ。俺は、一度死んでこの世界にやって来た。
つまり俺は、ラノベでよくある【異世界転生勇者】なのである。
〇
『ねぇ、――君も、黙ってないで意見出してよ』
『っ!え、いや、その』
この世界に来る前。
俺は高校二年の途中から、ずっと家に引きこもっていた。
幼い頃から、友達は一人も居なかった。そりゃあそうだ。陰キャでゲーオタ。それに、人と喋るのが苦手で、他人が笑っている声を聞くと、自分が笑われていると勘違いして心臓がバクバクする。
『あ、あの、えっと』
『もういい。――君って、何も自分の意見言わないよね。班変えて欲しい』
『っ、ご。ごめ、な』
コレが他人に話しかけられた時の俺の仕様だ。なんなら、村の入口に立つ村人Aの方が上手く喋るだろう。
そんな俺が唯一心を許せる場所はゲームの中だけだった。
それも、今時のオンラインゲーム等ではない。昔ながらの据え置き機による、完全一人プレイのRPGだ。
『早く帰ってゲームがしたい』
学生時代は、教室の片隅でそんな事ばかり考えていた。
特に俺が好きだったのは、日本で最も売れている、一番歴史の古いRPGゲーム。
【ソードクエスト】シリーズだ。
ゲームの中なら、誰も俺に話しかけてこない。意見も求めてこない。決まった道筋を仲間達と共に旅をしていくだけ。
話しかけられているのは、意見を求められるのは、いつだって主人公。【勇者】だ。
そんなんだから、高二の冬に不登校になってからは、何をするでもなく家の中に引きこもってゲームばかりをして過ごしていた。家族には迷惑をかけていたと思う。
ごめん以外の何物でもなかったが、俺はもう外には……他人と関わりたくなかった。ゲームだけやれればそれで良かった。
でも、その日は少し事情が違った。
『て、転売防止のため……店頭でしか、販売しない?』
それは、地獄のような宣告だった。
俺の大好きな【ソードクエスト】シリーズ最新作。やっとその発売日が決定し予約が始まったかと思ったら、ネットでの販売は一切行わないとの事だった。
『外、出たくねぇ……でも、早く新作はやりたい』
俺は震えながら外に出る事を決意した。高校を中退してから数年ぶりに、外に出たその日。
俺は死んだ。
いや、ビックリだろう。なにせ、俺が一番びっくりだ。
どうやら、ゲームを受け取った帰り、俺はサラリーマン風の男に腹を刺された。そして、死んだ。
え、運悪。ていうか、誰だよあの人。遠くから別の悲鳴も聞こえる。どうやらあの男、無差別に他人を刺しまくっているらしい。数年ぶりに外に出て、たまたま通り魔に鉢合わせした俺。
『い、いたい……』
遠くで、『大丈夫か!』とか『しっかり!』などと言った声が聞こえてくる。痛みで朦朧とする意識の中、俺は最期の最期まで“俺”だった。
『あ、えと、その。だいじょ、うぶ、です』
その言葉を最期に、俺は死んだ。
全然大丈夫じゃなかったのに、話しかけられた戸惑いの中、大好きなゲームの最新作を胸に抱えて死んだのだ。
運悪。
〇
「あれは、痛かったなぁ」
その時の傷が、この左側の傷だ。まさか、転生した癖に傷が残るとは思わなかった。肉体は違う筈なのに。一体どういう仕様なんだ。
「不思議だなぁ」
そうやって、俺が腹の傷を指でなぞりながら見つめていると、突然、後ろから聞き慣れた怒声が辺りに響き渡った。
「おい!メシはまだか!さっさとしろ!このクソ犬が!」
「あっ、あっ。えっと、初代様。はい」
「は?なに自分の体見てんだ?キモ過ぎだろ、テメェ」
「あ、いえ。これは……その、ちがくて」
「あー、もう!どうでもいい!早くメシを準備しろ!このグズ!」
「……はい」
初代勇者。その去って行く後ろ姿を目線で追いながら、俺は思う。
「初代様……今日も、性格悪いなぁ」
そう、初代勇者様は性格がドクズだった。
ただ、性格以外は最強だった。川から水をくみ上げながら、俺は心の中で指折り数える。
「顔はイケメンだし、」
俺とは違って、彫りの深い造形。通った鼻筋。切れ長の目は、いつも自信に満ち溢れている。そして、整っているのは顔立ちだけではない。その肉体もそうだ。
「細マッチョだし」
全身しなやかな筋肉に纏われているにも関わらず、ゴツすぎない体の線。
「それに、ステータスが全パラメータ完突してるし」
え?最強では?
そう、最強なのだ。初代勇者様は、言い過ぎとかそう言うのではなく、完全に最強仕様なのである。
普通、魔法や、回復、遠距離攻撃に関するステータスは、後から“仲間”としてパーティに組み込まれるので、主人公にはその辺りのスキルは付与されない事が多い。
主人公の武器は往々にして、剣!そして前衛で敵と交戦する!
「ってのが、RPGの主人公のセオリーなんだけどなぁ」
俺が、そうであるように。
しかし、初代様に関しては一切それらが適応されていない。武器、魔法、補助スキル、それら全てを完璧に操ってくる。
まぁ、それもその筈。
「仲間が居ないとこうならざるを得ないのか」
そう、1986年に初めて発売されたシリーズ第一弾。【ソードクエストⅠ】は、パーティメンバーが一人も居ないのだ。旅立ちから、魔王を倒すまで、完全に勇者一人のボッチ構成。
ハードがないので俺は初代をプレイした事はないが、情報だけは知っている。まったく、今じゃ考えられないゲーム仕様だ。さすが初代である。
そこで、俺は一つの仮定を立てた。
「陰キャと違って……陽キャはボッチだと病んで闇落ちしそうだもんな」
っぽい~~!それっぽ~い!
絶対そうだ。だから、初代勇者は孤独に耐えきれず、最新作で闇落ちして魔王なんかになってしまったんだ。
だから、俺の此処での目的を、“こう”定めた。
「初代様を闇落ちさせないように……俺は、ともかく一緒に居る!」
俺は仲間と元居た世界を救う為、この時代に“一人”で飛ばされてきた。だから、攻略方法も一人で考えるしかない。
難しい事を考えるのは、いつだって召喚士や神官の役割だったのに。こういうのも、本当は嫌いだ。誰か、俺の進む先にレールを引いてくれよ。
「おいっ!いい加減にしろ!早くメシ作れ!」
「っ!は、はい!」
初代様の怒鳴り声に、俺は飛び上がって駆け出した。
ひとまず、俺は勇者を一人にしないように、魔王討伐にくっ付いて回る。それしかない。
「……でも。これで攻略法、ホントに合ってんのかな」
誰か、攻略サイトか攻略本くれよ。
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