季節の夢にみせられて

#14 思ってもみなかった再会

　そこに立っていたのは、お店の制服を身にまとったおっとりとしている雰囲気の女性……陽織（ひおり）のお母さんだった。

　ってなるとさっきの男の人は……。

「ん、どうしたぁ陽子（ようこ）、そちらのお客さんがどうか……ってあぁ！ 篠原さんところの娘さんじゃないか！」

　やはり、先程見た筋肉質の男性は陽織のお父さんだ。

「お久しぶりねぇ、中学校の卒業式以来かしら？」

　陽織とは中学校時代からの友達で、その頃は良く一緒に遊んだりしていた。

「もうそんなに前になっちゃいますね、そういえば、どうしてお2人はここに？」

　簡単に談笑をしながら、私自身が1番気になっていた所を単刀直入に聞いてみた。

　そうすると、陽織のお父さん……伊織（いおり）さんが嬉しそうに胸を張った。

「フフ、実はね？ このお店は俺と陽子が建てたアイス屋なんだ！」

「え、そうなんですか!?」

　こんな身近にしかもこんな凄いところでお店を開く人がいるとは思っておらず、ついつい驚いてしまった。

「えーっと……軽い疑問なのですが、今までの仕事はどうされたのですか？」

　優斗の質問に私も確かに、と思いながら耳を傾けると、夫婦2人は即答で答えた。

「辞めた！」「辞めたわよ？」

「そ、即答ですか……そんなにこのお店が開きたかったんですか？」

　2人は優斗の次々とくる質問に特に言い淀む様子も無く次々と答えてくれる。

「ああ、なんたって2人でアイス屋を営む事が昔からの夢だったからな」

「そうね、あのころは確か……高校生くらいのときだったかしら？」

　本当にずっと前からの夢だったんだ……そういった夢のためにずっと頑張り続けるってのもなんかロマンチックでいいかも。

　そんなことを考えていると、ふと疑問に思ったことがあった。

「あの、あたし結構長い間ヒオちゃんとは仲良くさせてもらってますけど、あの子からそんな夢のこと聞いた事なんてなかったですよ？」

　私がそう口にすると、2人は少し暗い顔をして、言葉に詰まってしまった。

「……実はね、まだこの夢の事はりっちゃんに秘密にしてるの。だから私達が仕事辞めてアイス屋さん始めてるのもまだ言えてないのよ」

　陽子さんがそう言うと、みんな何を言えばいいかわからずに黙ってしまった。

「……おっと！ こんなことを話してるとせっかくのアイスが溶けちまうな、だからここら辺でとりあえずはお開きだ！」

　伊織さんはそう言って、少し悩みこんでしまった陽子さんの背中に手を優しく添えながらカウンターのほうへ戻っていった。

「……溶かしちゃうのも申し訳ないし、食べちゃおっか」

「うん、そだね……」

　そうして私達はアイスを口に運んだ。

「……おいし」

　そのアイスは確かにとても美味しかったが、どこか少し切ない味がした。

　しばらく二人で黙って食べていると、優斗が唐突に口を開く。

「……ねぇ、あれ僕たちでなんとか出来ないかな？」

「え？ 本気で言ってる？」

　実は彼は誰かが困っていると放っておけない性格で前から私もよく手伝ったりしていたのだ。

「これは流石に家族の問題だって……優斗、今回は止めとこう？」

「だからこそだって！ 家族だけだとどうしても解決できない事だってあるんだよ？」

　優斗はどこか悲しそうに……いや、寂しそうに呟いた。

　そんな彼を見るのは初めてで何を言っていいのかわからなくなってしまう。

「そ、そうだよね……」

「だから僕は天名さんの事は無視できないよ……夏音が嫌なら僕一人でもやるさ」

　そう言って優斗は真っ直ぐ私を見つめる。

　どんなに無理な状況でもこの目を見ていると本気でやってしまいそうって思えるほど力強い視線。

「わかったよ……あたしも協力するけどあんまりデリケートな問題には口を出さない事！ いい？」

「うん、いつも助けてくれてありがとう……」

　そう言いながら優斗は照れくさそうに顔を逸らす。

　それにつられて私まで照れくさくなってしまう。

「あたしと優斗は友達なんだし助け合うのが当然だって……報酬はまたここのアイス一緒に食べに来れればそれでいいよ」

「…………僕の奢りで？」

「何言ってんの当たり前じゃん！」

　それを聞いた彼はガックリと肩を落とした。

　――――――――――――――――――――――――――

「勘弁してよ……今月の貯金分が無くなっちゃうよ……」

「まぁまぁ、あたしをこのアイス一個で動かせるんだし安いモンでしょ」

　僕は採点のアルバイト……いわゆる赤ペン教師をしているのだが正直言って実入りはあんまり良くない。

　そんな少ないお金を少しずつ貯金してるんだけど……大体夏音のせいで少なくなってしまう。

「ふむ……確かに？」

　実はそれでもそんなに悪くはないと思っている自分もいる。

「この子納得しちゃったよ……あ、それ一口ちょうだい」

　夏音はそう言いながら僕のバニラアイスを指差す。

「いいけど夏音のも――ってもう無いし……」

　僕はまだ半分くらいしか食べていなかったのだが夏音はもう既に完食してしまっていた。

「それじゃあいっただっきまーす！」

「あっちょ！」

　彼女は僕がちょっとずつ楽しんで食べていたバニラアイスをごっそり持っていってしまう。

「んー！ 美味しい！ やっぱあたしもバニラにすれば良かったなぁ」

　……まぁ夏音が喜んでるならいいや。

　――――――――――――――――――――――――――

「ここはやっぱり当たりだね！ また一緒に行こうよ！」

「そうだね、まさか天名さんの親御さんのお店だとは思わなかったけど……」

　僕達はアイスを食べ終わった後少しの間談笑していた。

「よし、僕はお会計してくるから夏音は先外出てていいよ」

「そう？ じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな」

　そう言った後に「次はどこに行こうかな……」と独り言を溢しながら出口へ歩いて行ってしまう。

「えっとレジは……あそこか」

　出口の手前にレジと思しき機械があり、その近くに呼び鈴が置いてある。

　僕は呼び鈴を鳴らし、財布を取り出す。

「はいはーい、ただいまお向かいしますー！」

　とお店の裏から男の人の声がする。

　恐らく天名さんのお父さんだろう。

「おまたせしましたーってさっきの子か……もしかしてお会計かな？」

「はい！ これで大丈夫ですか？」

　そう言いながら僕は伝票を手渡す。

「はーい、ありがとうございます！ えーっとお会計420円です」

「よし、じゃあ520円で」

「はい、100円お釣りです…………ちなみになんだけど2人ってこれからどこかに行く予定はあるのかい？」

　うーん正直どこに行こうかさっぱりなんだよね……。

　この際だし聞いてみるか。

「あーいや特に決まってないんですよね……天名さんのお父さんはどこかいい所ご存知なんですか？」

「伊織でいいよ……実はさ、」

　そう言って僕に顔を近づけ、ウィスパーボイスで話す。

「(おすすめのいいホテル知って――)」

「ちょ、ちょっと待ってください！」

　学生になんてもの教えようとしてるんだこの人!?

　そう思うと同時にすごく顔が赤くなって行くのを感じる。

「はっはっは！ウブだなぁ……俺も昔はそうだったな……」

「待ってください僕たち付き合ってる訳では無いですから！ それに夏音と僕じゃ釣り合わないですって」

　それを聞いた伊織さんは驚いたような顔をする。

「マジで!? 俺にはお似合いのカップルに見えたけど」

「噓でしょ……僕らって周りからそう見えていたのか……」

「あぁ、いやいやお店での二人の雰囲気もちょっとは思ったけどそうじゃなくて……」

　言おうか迷ったのか伊織さんは数秒間ほど黙った後に口を開く。

「平日の昼間にしかも学校サボってアイス屋に来て楽しそうに話してるのを見たらなぁ……」

「…………うわぁ、確かに」

　つい忘れてたけど今日って金曜日じゃん……。

　しかも天名さんのお父さんって事は今日学校あるのを知っているはずだ。

「学校サボってスミマセン……」

「そこかよ!? いやほら何か事情があるんだろ？篠原さんとこの親御さんはちょっと事情があるみたいだし……」

　僕も詳しくは聞いていないけど僕と同じく親が長い間家を開けているらしい。

「まぁ親がいない寂しさってのはかなりの物だと思うし……夏音ちゃんの傍にいてあげな」

「はい……ありがとうございます」

「あ、それとこれ、割引券……次のお会計から100円引きさせてもらうぞ」

　もう一度ありがとうございますと言って僕は出口に向かった。

　――――――――――――――――――――――――――

　外に出ると夏音と天名さんのお母さんが話しているのだが……。

「――ッ!? ――――――ッ!?」

　会話内応は聞こえないが夏音の顔が真っ赤だ。

　まさか同じようなことを聞かされたのだろうか……？