砂漠のスクリーンヒーロー

ミナトマチ

第1話 インザストーリー

月の綺麗な夜に、銃声が鳴り響いた。


反響するような甲高い音ではなく、いかにも冷酷というか、刹那的で重厚な音だった。


見ると男は肩で息をしていた。 


顔は自分の血と返り血が混ざりあって固り赤黒く変色して、泥もこびりついていた。


サイレンの音が次第に近づいてくる。


男は顔をしかめてふらつきながらも壁に手を当ててなんとか立ち上がると走り始めた。


警察だけではない。ゴロツキの顏をした、しかしどうみてもゴロツキには見えない重武装に身を包んだ3、4人の男女が、銃口をこちらに向けて、せわしなく引き金を引いている。


打ち尽くすまで…あと何発だ?


針のような金属音と、花火よりも儚げに消える火花が、男の駆け抜けた後の道に残されていく。


男はふと逃げるのやめて路地の物陰に見を潜めると、獲物に襲い掛かる前の虎のような目つきでさっと息を殺した。そしてベルトのバックルに突っ込んでいた拳銃を荒々しく取り出してそのまま‥‥…


ドンッ……ドンッ‥‥ドンッ!


「おらおらセリィちゃんよぉ……もっとボリュームあげろや」


「……」


「おい、聞こえてねぇのか?今いい所なんだからよ、さっさとカーナビのボリュームを上げろって言ってんだよっっ!!」



ピンク髪の男が幼子のように、目をむいてドンドンと運転席を蹴り続けている。

その男の隣に腰かけた30代半ばほどの男が、煙草の煙と一緒にうんざりしたため息を吐き出した。


「やめろヘロデルマ。セレウスが事故れば俺達もオダブツだぞ」


「ンなこと言ったってさぁ、ストルグの兄貴ィ‥‥コイツのこのスカした態度が気にくわねぇですよ。おいクソが、聞こえてんだろっ!」


運転席の男・セレウスにストルグはさっと目配せした。

セレウスは気づかれない程度に肩をすくめて、ボリュームを28にまで上げる。


銃声の音が、さっきよりも強くなった。


「遅ぇんだよったく……あー俺もこんな風にぶっ放してみてぇ~」


「こんなもんあってたまるか。それよりヘロデルマ……報告はしっかりしたか?」


手を拳銃に見立ててバンバンと口にするヘロデルマに、ストルグはさっと鋭い視線を送った。


「もちろんですよ。どこの組織かは知らねーですけど俺らエリモスファミリーの縄張りで好き勝手やってんだ。必ずブッ殺してやる。この前も『二剛砲バクトリアン』ってよく喋る、いかにもアホそうなデブ2人組が仕掛けてきたんで、片っぽのやつにチャカ突っ込んで、まずその舌から吹っ飛ばしてやりましたよ」


いかにも勝気そうな口調でケラケラ笑っている。恐れなどとは無縁の目だった。

ストルグは表情を少しも変えずに淡々と言葉を紡いでいく。


「血気盛んなのは結構だが、面倒ごとは起こすなよ。この前だってあの後始末、誰がやったと思ってんだ?お前は確かにまだガキだが、それにしたって分別があまりにも……」


「だぁぁぁぁぁ―――もういいでしょその話は!ハンセーしてますよ。ストルグの兄貴にゃ感謝してッすけどねぇ、これからパーティーだってのに説教垂れてもらっちゃ萎えるんスわ!もう勘弁してくださいよ……」


話を無理やり終わらせて、ヘロデルマはまた、ドラマに意識を向けた。

ヘロデルマ・ウィルガは見た目や言動からは想像できなかったが、若干18歳の少年だった。

若さゆえの…子どもゆえの無鉄砲さや幼さがあり、自己中心的で他者への思いやりや尊敬などという高尚なものは、耳かきですくうほども持ち合わせていない。


顔の右側面にあしらわれたいびつな模様の刺青が、なによりも彼の「毒性」をよく表しているようだった。


対して、ストルグ・スリカータには先輩としての余裕があった。大人として度量が大きいところを見せていた。少しも気にせず、悠々と2本目の煙草に火をつけている。


しかしそのライターの音から異様な緊張感を感じ、車内が急に冷え込んだような寒気を覚えたのは、後ろが見えないセレウスだけのようだ。


それにしても前を行くタクシーがやけに遅い。

セレウスはさっと後方確認をしてから抜かして2つ目の交差点を右折した。


3人のマフィアを乗せたBMWがパーティー会場目指して夜の闇に吸い込まれていく。

しばらくして町を抜け、街灯だけが物寂しい広い道に出た。


「なんかガム食いたくなってきたな‥‥兄貴も煙草切れたでしょ?」


「ああ……そういやそうだな」


空の箱を握りつぶしたストルグの目にも、遠くにスーパーの看板が見える。

あの赤と黄色が特徴的なスーパーには、ちょうど煙草屋も併設されているのだ。


「つー分けでそこんとこ寄れや。あ?…時間?…なぁに、お前がさっと行って買ってくりゃいんだよ」


セレウスもストルグの手前、流石に無視はできなかった。

パーキングに入り、エンジンはかけたままにして、セレウスは運転席を離れた。


「‥‥…どういう味がいいんだ?」


「柑橘系かな。ちょっと甘そうなやつで!兄貴のは……」


「『キング・カクタス』…知ってるよ」


口数少なく、セレウスはスーツの端を翻してスーパーの入り口に向かった。


車内ではクライマックスの挿入歌が流れ始めている。


「クソ、やっぱ勘に障るヤローだぜ。『抜かずのセレウス』のくせによぉ」


「ははは、アイツほど呼び名が多いマフィアそうはいないだろうな」


どこか楽しそうにしながらストルグは『腰抜け』『家計簿』『鳥の巣』『ナナフシ』と指をおってセレウスのアダ名を数えている。


「お笑い草もいいところっスよ。映画なんかじゃあるめいし、どこの世界にがいるんだよって話でさぁ……それでいて、あのふてぶてしい態度!」


「そうか?寡黙で俺は嫌いじゃないぞ?」


「何言ってんすか!見てるとホントイライラしてマジに消してやろうかと思っちまう!これはもう因縁だな、うん。あの顔を恐怖に染め上げてだな……」


歳上オトナ相手にイキがるのもその辺にしておくんだな」


薄ら笑いを張り付けて、今度はストルグが、ドラマの方を見ながらつぶやいた。

何か言いたげなヘロデルマにその暇を与えない。


「あいつがその気になれば、ドラマが楽しめなくなるぞ」


画面の向こうで、今まさに主人公が相手の眉間を打ち抜いていた。


雨が降る工場跡地のような、何かの施設。


そんな跡地で大勢の人間が、同じところに傷を負いながら、水しぶきが跳ね回る地面に倒れたまま、ピクリとも動かず転がっていた。










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