第9話 お仕事は過酷

 外資系IT企業『BLACK』の夜は長い。

 タイムカードとサービス残業の因果関係はさておき、吉治、高須、浪河の三人はこの日は遅くまで黙々と残業をしている。

 そんな中で吉治は喉が渇いたのでコーヒーを買いに社内にある自販機まで赴く。

 ──今日もヅヴィダァーの自撮り更新できなかったな……。

 比較的にホワイトな部署だが、急な納期により残業が増えることは偶にある。それにかち合い、ここ数日ばかり多忙だ。

 腕時計に目をやると千春はもう眠っているであろう時間だった。

 妻子のために頑張らねばと吉治は缶コーヒーを飲み干した。


 ☆


「やっぱり運命だ!!」

「はあ……」

「だって──」


 吉治が戻ったら高須がヒートアップし、浪河はそれに困惑していた。

 高須は残業を放ってスマホからヅヴィダァーでみるくのアカウントを確認しているようだ。


「みるくにゃん更新してないのと俺が忙しいのが被ってる!!」


 ──何言ってるんだこの男は。

 ──いや。ある意味で間違ってないか……同じ部署だから。


 しかし、これにより勤め先などから身バレに至ったら大問題だ。

「高須…………!!」

 吉治は意図的に高須を睨み付ける。

 目つきが悪く意図せず睨んでしまうことは多々ある吉治が意図して睨めば相手は恐怖に陥る。

「ヒィッ!? 課長!?」

 怯える高須は産まれたての仔鹿か何かのようだ。

「ひえっ!!」

 浪河も巻き添えで恐れ慄いている。

 やがて鬼から人間に表情が戻るが、未だに部下二人は文字通り涙目だった。


 ☆


 高須と浪河は間もなく落ち着き、先程までの残業モードに戻る。

 ──そんなに怖かったのか……俺?

 脳裏の疑問はかき消して目の前のパソコンに集中する。


「そういえば」

 と、浪河が口を開く。

「来年の桜のお花見、席取り誰でしょうね?」

 高須が「浪河じゃね?」と深く考えずに言う。

「桜か……」

 ──桜とみるくにゃんとか良いかもな。


「あー。それにしてもボーナス楽しみー。何、買おう」

 高須が伸びを一度して近々あるボーナスの話をする。

「据え置きゲーム機とそのソフトです、俺は。もう楽しみで楽しみで」

 浪河は残業こそしているものの心はゲームに向かっているようだ。

「課長は何に使います?」

 高須が何気なく吉治に問いかける。

「俺は……服かな」

 ──女装の。

「服にこだわるタイプだったんですね!」

 浪河の屈託のない笑みと言葉に、吉治は少し申し訳なくなる。

「あー。俺、ボーナスは、みるくにゃんの口座に振り込みたい」

 高須の言葉に空気が固まる。

「みるくにゃんのうなじを──」

「仕事中は静かに!!」


 吉治の一喝により残業は静かなものとなった。

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