照準線、その心のままに

あーでぃん

第1話

俺の仕事は《ルビを入力…》狙撃手、いわば殺し屋ってやつだ。

組織のお偉いさんの指示でターゲットを始末する。

政府の要人、悪代官、果ては一国の王すらも手にかけた事もある。

何度引き金を引いたかわからない。

気がつけば生を得る意義すら失っていた。

上の命令は絶対だ。ミスは許されない。

もしもの事があれば俺が次の標的となる事だろう。

だが俺はそんなヘマはしなかった。

どんな命令も忠実に確実にこなした。

狙った標的は必ず仕留める。

今回も上からの指令が与えられる。

今回の標的はとある国の隠し子の公女らしい。

容易い事だ。

隠し子であれば騒がれる事も少ないだろう。

次の日、俺は標的のいる国に足を運んでいた。街は美しく、道行く人は活気に満ちているこの国の公女は明日の夜明けを見る事はないだろう。…そう思っていた時、見知らぬ男に声をかけられる。一瞬、身構えたがなんて事はない、ただの挨拶だ。適当に会話を交わし、その場を離れる。この国の住民は見知らぬ人にも友好的なようだ。俺もこんな仕事じゃなく、この国のような平和な地で過ごせていたら…そんな思いが一瞬脳裏によぎる。その考えを振り払って俺は狙撃にあつらえ向きの場所を探す。

見晴らしがよく、人気がなく、事後速やかに脱出が可能な場所が狙撃に向いている。

目当ての場所はすぐ見つかった。

都会の中心部であろう場所に位置する大きな時計台ー。

早速俺は屋上に行き狙撃の準備に入る。

屋上へ通ずる唯一のドアは施錠を施し、

姿を見られないよう小型のテントを展開する。

そして、これまで数々の仕事を共にこなしてきた相棒のライフルを取り出す。こいつはARDINE社の最新鋭モデルで凄まじい精度を誇る。もっぱら暗殺には最適なものだ。

俺は照準を皇居の窓に合わせ、目標が現れるのを待つ。

およそ2時間後…目標であろう少女が姿を見せた。

歳は二十代半ばくらいだろうか。照準越しに顔を拝む。流石公女と言うべきか、その顔は端麗な顔立ちをしていた。

あまりの美しさに俺は一瞬引き金を引く手を躊躇う。その気持ちを押し殺し、狙いを定め引き金を引く。

俺の相棒がいつも通りの銃声を上げ、一撃必殺の弾丸が発射され、薬莢が排出される。

俺が驚いたのは次の瞬間であった。

正確に放った筈の弾丸は目標から僅かに逸れたのだ。

割れたガラスと銃声に驚く目標。すぐさま駆けつけたのは護衛だろうか。

しくじった――。

弾痕から俺の位置はすぐにバレるだろう

すぐさま俺は屋上を後にする。

弾を外したのはこれが初めてだ。

足速に時計塔を後にしながら俺は必死に自分と組織への言い訳を考えていた。

今日は風が強かったから?

違う。

相棒の手入れを怠ってしまっていた?

違う。

俺はあろうことか始末対象のあの少女に興味を持ってしまったのだと

いうことに気付いたのは少しした後だった。

翌日、普段の腕前を見込まれてか今回ばかりはお咎めを免れた俺は

皇居の屋根に姿を忍ばせていた。

昨日命を狙われた事が嘘かの様に公女はだだっ広い庭でたむろしている。

隙だらけだ。

だが、今度こそはと思い放った弾丸はまたしても標的を捉え損ねる。

チッっと舌打ちをし、焦燥感に苛まれ急いでその場を断とうとする俺は

その少女が俺の姿を捉えている事に気が付いた。

このまま今までの事など全てなかったかのように一緒に過ごせたら…

あり得もしない考えが脳裏をよぎる。

そんな俺の空虚な妄想を切り裂いたのは一通の着信音だった。

それは組織からの任務失敗の通達だった。

力なく空を仰ぐと上空に僅かな歪みが視認できた。

組織のステルスヘリだ。

ここまで動向が速いのをみると、組織は俺が失敗するのを見越して

予めヘリを配置していたのかもしれない。

任務に失敗した俺と、標的の彼女をまとめて始末するつもりなのだろう。

組織にも見放されたか…次第に俺の中で怒りと共にとある決意が決まり始める。

ふぅ、と息を吐いて俺は相棒を上空に向かって構える。

覚悟はもう、出来ていた。

きっとこれは途轍もない言い訳に聞こえるだろう。

俺が二度にも渡って弾を外した理由――。

俺は彼女の美しさに魅入られたのだ。

受け入れられなくてもいい。

これからは彼女を裏から守護する陰になる。

何の意義もなかった俺の人生に始めて意義が産まれた瞬間であった。

今度は絶対に外さない。

俺は新たな決意と共に空へ向かって引き金を引いた。

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