『誰もいない首都』
やましん(テンパー)
『誰もいない首都』 1
『これは、この世界のお話しではありません。どこかの異世界であり、つまりは、フィクションであります。』
なぜだかわからないが、ぼくは、ある日、首都に呼び出された。
首都というものは、今現在、その所在地が どこなのか、良く分からない。知っている人は、少ないらしいし、何かの都合で知っていても、けっして明かさないらしい。命に関わるらしいとかとも聞くが、噂に過ぎない。
推定では、中央アルプスの地下深くだとされていて、そこに行くには、焼け残った名古屋駅から、リニアモーターカーに乗る。
すると、ちょっとだけ地上を進んだあと、地下に潜り、そのままどこかに行くのである。
途中で、本線から外れて行くらしい。
しかも、首都とはいえ、地下都市なんていうものではなくて、ちょっと大きめな、ビルの地下街みたいなものらしい。
それも、とびきり深い場所だという。
一説によれば、地下1500メートルから、もしかしたら、2000メートルとか。
もともと、核攻撃に備えて作られたとも言われるが、いくらなんでも、やや深すぎる。
宇宙人の攻撃に対処するためだった、なんて、説もある。
小惑星の衝突対策だったとかも。
しかし、そうなると、もう、話はややこしくなるし、ますます疑わしい。
1000メートルも削るような隕石とかだと、そもそも、文明は持たないだろう。
名高いバリンジャー・クレーター(アメリカ合衆国。5万年前。)では、クレーターの深さは200メートルほどだが、これはまだ小さいほうで、それでも、火の玉は周囲10キロメートル範囲を焼き払ったらしい。15メガトンくらいだろうか。それでも、広島型核弾頭は、16キロトンプラスマイナ2キロトンくらいだとされるから、すごい威力である。ちなみに、長崎型は、もう少し強力で、22キロトン程度と言われる。地形的に、また、1発目だったからか、広島のほうが、大きいようなイメージもあるが、実際には、長崎型のほうが強力だった。
今のところ、地球最大の隕石衝突痕は、フレデフォート・ドーム(南アフリカ。20億2300万年前。)で、地下25キロメートルあたりまで抉ったと言われる。広島型核爆弾の58億個分あたりとか。旧ソビエトの、いわゆるツァーリボンバは、最大100メガトンのところ、実験(1961年)では、自国内の被害を懸念し、かなり遠慮して50メガトンくらいにしたらしいが、にしても、広島型核弾頭の3300倍くらいなるという。ただし、これは、いわば、世界に対する脅迫用のもので、大きすぎて、実用にはならなかった。一個作られただけだという。それでも、衝撃波は、地球を2周したという。
まさに、58億個というのは、想像の範囲外だ。
もっとも、この巨大な隕石時代には、たぶん、まだ文明は無かっただろう。
他にも、サドベリー・クレーター(カナダ。18億5000万年前。形はほとんど残っていないとか。)や、こちらは、とても有名な、チクシュルーブ・クレーター(メキシコ。6604万年前。わりと最近だ。本格的な生物が地球に登場してからは、最大の小惑星衝突のよう。)などもある。チクシュルーブ・クレーターの小惑星は、恐竜などの大絶滅を引き起こした犯人と目されている。(隕石は、小惑星の欠片とか。)
鉱山などでは、もっと深い場所まで掘った穴があるが、地下深くになると、たくさんの問題が発生する。
換気、空調、廃棄物処理、食糧供給、水の問題、さらに人間が長く住むと、どうなるのか。
宇宙飛行士のテストでは、ある程度の実績があり、また、刑務所での独房というのはあるが、普通は完全隔離ではない。
もし、長期間、シェルター内部に隔離されたらどうなるだろう。換気設備が完璧でないと、外気が入ってきたら、汚染されるかもしれないが、生きていられなくなる。個人シェルターで核戦争を生き残るのは、至難なような気がする。
もっとも、我が国には、本格的な利用可能な 核シェルター設備が、たとえば、政府にさえ、あるのかどうかということ自体、まったく知られていなかった。
とにかくの生き残りをかけて、個人で用意するには、多額の費用が必要だから、一般人には難しい。また、大都市以外には、シェルターに使えるような地下施設はほとんどないし、あっても、小さいから、役にはあまり、立ちそうもない。
国によっては、国民に100%分のシェルターがあるというところもあるが、その中身はぼくには分からない。
さて、前置きばかりになっているが、このリニアモーターカーは、タクシーみたいなもので、4人乗りだ。昔みたいな列車型式も、いまだにあるにはあるらしいが、首都に団体で入ることは、原則できないし、もはや、定時運転はしていない。
そもそも、国民は、滅多に、自分の住む地域内以外には、外に出られない。
観光は、無いことはないが、行ける場所は少ないし、政府の許可が必要で、しかも、厳重に保護される。最近になって、お得で安全な、パック旅行がようやく解禁は、されたが、まだ、ちょっとしかない。
まだ、乗り物代金も、人件費も、とにかく、費用が高くかかる。なぜなら、個人を監視するというわけではなく、環境が、あまりにも、危なすぎるから、保護が必要なのだ。
一発の小形核爆弾が、ヨーロッパで使われて、それは、あっという間に、世界核戦争になった。
そうなるだろうと、大概の研究機関や、かなりの政府の担当部署は予想していたらしいが、そうではない予想を立てていた国がいつくかあった。
これは、つまり、核戦争まで引き起こすような気には、ならない程度の、核爆発を使うということだった。
通常爆弾でも、わりと容易に可能な範囲だが、しかし、核爆発を使う。それに、核で反撃するのは、割に合わない、と考えるだろう、心理的、物理的範囲があると、その幹部は、考えていたらしい。
もちろん、敵対する国々は、そんなことはない、直ちに反撃すると言ってはいるが、そうした国々では、ひどく世論を気にする。選挙で、負けるような、あるいは、選挙が、できなくなるようなことには、したくないと予測するわけだ。
彼らは、その、心理的な閾値を、長年研究していた。
だから、まず、間違いは起こらないだろう。
しかし、念のため、もし、それに反したらどうなるかの情報は、流しておく必要がある。
また、ある種の、マイウェイな政治家や、経済人を、上手く利用することも必要だ。
このあたりは、お互い様の様相もある。
だから、あまりに、危なさそうな人物は、あらかじめ排除しておく。
いざというときは、同様な国の指導者で、結束して動く必要もあるから、下準備も必要である。
ただし、真意が分からないように慎重に、しかし、ジャブも飛ばしながら、だが。
仲間内なのだが、余計なことを、言ったりやったりする人物もあるが、基本的には擁護し合う。
それも、どちらのサイドも同じである。
あせる、必要はないが、人間にはどの国の指導者であれ、変わらない寿命というものがあり、さらに大概の指導者には、一応の任期があるが、それは適当に変えてしまえばよい。また、そのように、仕向けてきたのだから。
しかしながら、結局は、 すべて、まちがいだったのだ。
つまり、そうした理屈を容認することは、対立する立場からは、不可能だった。内容の問題ではなかったのだ。
このあたりは、長年にわたり築かれていた、意識形成の不一致が背景にあった。
指導者の理屈を、最優先させ、そこにすべてを揃えるか、そういうわけでもなく、多彩な選択肢があるかないか、である。前者は、とにかく、話が早いが、なかなか、変わらないし、失敗が嫌いで、その実は大衆に弱い。だから、暴力に出やすい。後者は、常に、ごたごたしやすいが、割に現実的でもあるし、金持ちと権力と、選挙民には弱いが、あえて、正義の名のもとに、不可思議な反逆をすることもある。
ぼくは、警護の担当者3人に囲まれるように、リニアモーターカーの小さな車両に乗った。
もちろん、運転手さんは、いない。
自動運転であります。
衝撃もなく走り出したけれども、すぐに、トンネルに入り、あとは、ずっとそのままだ。
いま、自分がどこらあたりにいるのかは、分からない。
リニアモーターカーを走らせる、中央新幹線自体は、大変なごたごたを経て、それでも、予定よりかなり遅れたが、新暦2030年に部分開通した。
当初は、16両編成で、全席指定席だった。
ただ、思ったよりは、あまり、利用が伸びず、12両編成のも、あったし、新幹線車両が、なにかのお祝い的に走ったりもした。
しかし、このリニアモーターカーは、もちろん、民営ではあったが、かなりの、防災というか、国防的な意図もあったらしい。
第二次世界大戦の末期時に、長野県松代に、事実上首都を移転する極秘計画があった。
計画だけでなく、実際に、かなりの施設が作られていたようだ。
ナチスドイツも、地下施設など盛んに作ったらしいが、はたして、どちらの頭のよい指導者たちは、自分達はかなり危ないと思っていたのだろうか。それとも、絶対に最後は勝利すると、本当に夢のように楽観していたのか。本土決戦ということを、わが過ぎ去った軍部はさかんに、主張していたようだが。
この事実は、やがて、広く知られることになり、観光地にもなっていた。
また、地方にも、軍は山の中などに、飛行機の秘密工場などを作っていた。その後、跡地が公開されていた場所もある。
ぼくが向かったのは、どうやら、周到に準備された場所だったらしい。
もともと、我が国にしろ、米国にしろ、ある種の陰謀論や、都市伝説みたいな話はたくさんあった。
多くは、でっち上げだが、中に、希な真実も入っていたようなのだ。
また余談だが、今の社会は、一般に、会議などは、ネットで行うから、人間が集まることは、もう、あまりない。
出社するなんてことは、ほとんどない。
お店も、行政も、議会も、ネットで行われる。
本社にいるのは、ロボットや、コンピューターばかりである。
直に訪ねてくるのも、大概、ロボットさんたちである。
ロボットさんと言っても、ぼくたちが子供時代に夢見た人型はまれで、大概は、ただの四角い箱だったり、ヒモみたいだったりする。
つまり、直接人と対応する一部以外は、人型である理由はないのだ。
まして、効率の悪い足で歩くより、転がったほうがはるかに早い。
腕も、二本である必要はない。
会話も、音声は効率が悪い。みんなで見るなら、光パネルや、秘密性が高いなら、デジタル信号でよい。
ただし、防衛分野や、警察活動、管理監視中央行政、立法府、あたりには、実際に働く人間たちも多少は、いるらしいし、やはり、直に顔を見たいという、古風なタイプのリーダーも、なかには、いるのだ。
その正体は、良く分からないのだが。
オーケストラも、一人一人が演奏しているものを、コンピューターがまとめ、映像を作り、見た目、オーケストラにする。
スポーツも、似たようには作るのだが、動きが大きい分、また、勝負事なので、かなり大変にはなる。しかし、集まることは、できないから、仕方がない。
首相さんの顔を、直に見た市民なんて、聞いたこともない。
議員は、一院制で、全国で、50人のみである。
立候補も、選挙運動も、投票も、みな、ネットで行うから、こちらもまた、実際に本人を見ることはまれである。
立候補するには、条件が厳しくて、なかなか出来ない。
議会も、よほどの事がない限り、バーチャルで行なう。
また、集団での宴会などは、もちろん、原則禁止されているから、集金パーティーなども同様で、これも、やるなら、ネット宴会である。
そうなったのは、その核戦争が、主な理由であったが、もともとの自然環境破壊も、なかり効いてはいたらしい。
もはや、安全に、気楽に歩けるようなところなど、地球上には、少ないのである。
ここまでが、長い長い、前置きだ。
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