3-11「突撃訪問!」
連休前に間に合うようにと委託先が配慮して納品してくれたため、桐原の要望どおり、予定よりも一週間近く早い復元を実現することができた。
「仮想空間ってのは初めてだが、案外現実世界とそう変わらないんだな」
最初は仮想世界にチェックインする仕組みについて懐疑的だった桐原だが、こうしてバーチャルヘヴンに足を踏み入れてからは、この世界の出来に少なからず感心しているようだった。
成瀬さんの先導でバーチャルヘヴンを歩き、今回復元された相川柊の元へと向かっていく。この世界の空はいつ来ても澄み渡っているような気がした。
相川柊は十七歳のうちに若くして命を落とした少年だ。桐原は他殺の線を疑っているが、結局裁判所が下した判決は自殺だったらしい。その判決を信じるのであれば、会話ができるような精神状況ではないことも視野に入れなくてはならない。
「こちらのお部屋になります」
成瀬さんがそう言って示したのは、ごく一般的なアパートの一室だった。僕の後ろを付いてきていた桐原は「そうか」と低い声で返事をする。扉の向こうにある真実に、彼は緊張しているのかもしれない。心なしか、口数が減ってきている気がする。
「株式会社バーチャルヘヴンの成瀬です」
インターホンからしばらく経って、控えめな足音がしたのち、扉の向こうで解錠する音が聞こえた。ゆっくりと開かれた扉は数十センチメートルで停止し、その隙間から幼い顔の少年がこちらの様子を窺うように覗いている。その顔に滲んだ感情を見て、宝城開発部長の「人を死に至らしめるものは絶望」という言葉を思いだした。
最初に声を発したのは桐原だった。
「今回復元された死者というのはお前だな?」
「……そう、ですけど」
「相川柊が死亡した事件を調査している桐原利運というものだ」
「はあ……」
桐原の言い方からは、目の前にいる少年を明らかに相川柊本人ではないと見なしていることが窺えた。彼のなかでバーチャルヘヴンの住民は、ゲームにおけるNPCと同じ位置づけなのだろう。一度は彼なりの考え方に委ねようと思ったが、相川柊の表情を見ていると、やはり彼も通常の人間なのではないかと考えてしまう。
もっと人として扱ってほしいと言いたい反面、「本人であると証明しろ」と言われれば何も言い返せないというもどかしさがあった。
そんな僕の考えをよそに、桐原は相川柊への聴取を続ける。
「鈴木薫という人物を知っているな?」
その名前が出た瞬間、相川柊が顔を曇らせたのがわかった。「……親友ですけど」、掠れかけの声で相川柊が答える。
「そうだ。鈴木は相川柊の同級生であり、親友でもあった。単刀直入に言う。相川柊を殺したのは鈴木だな? お前のなかにはその記憶があるはずだ」
桐原が扉の隙間に詰め寄った拍子に、相川柊の姿は桐原の背中ですっぽり隠れてしまった。その背中越しに、息を呑むような沈黙が伝わってくる。
「……違います」
ばたんっ。扉の勢いよく閉まる音がした。「おい、待て!」追い立てるみたいに、桐原の怒声が響く。
「桐原様。彼は精神的に消耗しています。あまり大きな声を出さないようお願いします」
「記憶を持っただけの人工知能だろ、あいつは。こっちには時間がねえんだよ」
口を開いて、閉じる。成瀬さんは桐原に向かって放りかけた言葉を、結局頭のなかで消化することに決めたらしい。桐原は成瀬さんを一瞥したあと、今度は勢いよく扉を叩き始めた。
「おい、どうして鈴木をかばうんだ! ヤツは相川柊へのいじめを見過ごした上に、命にまで手をかけたんだぞ! 充分じゃねえが……証拠は挙がってる。鈴木の部屋から凶器となったロープが見つかった! お前の首に巻き付いていたものだ!」
僕はそれを聞き、初めて生前の相川柊がどのような生活をしてきたのかを知った。学校生活が苦しくて自ら命を絶つという選択は決して不自然ではないように思える。しかし、自殺に使ったと思われていたロープと同じものが親友の部屋から見つかったのであれば話は別だ。
「おい! 開けろ!」
「……桐原さん、いったん落ち着きましょう」
見ていられずに桐原の肩を掴むと、彼は大きく舌打ちをしたものの、一応その言葉には従ってくれた。「じゃあどうすればいいんだよ」、苛立ったように桐原が言う。
「もし本当に相川柊がその親友に殺されたんだとしたら、彼が親友をかばう理由がわかりません。何か見落としている可能性もあります。だから――」
「お前、刑事舐めてんのか?」
「いや、そういうわけじゃ」
「素人は黙ってろ。これは俺の仕事だ」
桐原は鋭い目で僕を睨んだあと、また玄関の扉を叩き始めてしまった。たしかに、僕は素人だ。しかし、この一方的に被害者を追い詰めるような尋問は見ていられない。成瀬さんも困ったように溜息を吐いている。
「……僕はどうしてあなたがこれほどこの事件に執着するのかがわかりません」
「仕事だからだ」
「大金を払って被害者を復元するほどのことなんですか?」
「何が言いてえんだ」
引っかかっていることがある。喫煙所で話したときは「自分の正しいことを貫き通したい」と語っていたが、ここまでする理由にしては抽象的すぎるような気がしていた。それに、毎回こんなことをしていたらお金がいくらあっても足りないだろう。彼のなかにだけ、何かもっと重要な動機があるのかもしれない。たとえば被害者と娘を重ねてしまっている、とか。つまり。
「娘さんは自殺――」
次の瞬間頬を強い衝撃が襲い、視界が暗転したようになっていた。訳のわからないまま、余韻の残る頬に伸ばした手がそこに達するより早く、桐原に胸倉を掴まれる。成瀬さんが止めに入ろうとしているが彼は動じない。
「なあ、お前、さっきから何が言いたいんだ?」
「娘の死をいつまでも引きずってるだけじゃないのか、って言ってるんですよっ」
桐原が、ぐっとシャツを掴む力を強める。彼はすでに二発目の拳を構えていたが、痛みを感じないという性質もあってか、ここで屈する気にはならなかった。
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