吃音症がVtuberで何が悪い!!!

木山碧人

序 滅葬志士


 骸人と呼ばれる人ならざる者に帝国が支配され、数十年。


 その圧政に反旗を翻すもの集団がいた。名を滅葬志士という。


 大阪。屍天城。天守閣。そこで最後の戦いが始まろうとしていた。


「……骸人の将軍。天海。その不死を断ち、人の天下を取り戻させてもらう」


 曇天の中、堂々と宣言したのは、黒髪の青年――夜助。


 黒い和服に身を包み、白鞘のドスの、黒い刃を前方に向ける。


 目つきは鋭く、声音は低く、内に秘めた感情を静かにぶつけていた。

 

「ホホッ。活きのいい肉が騒いでおる。よかろう。この羅刹の贄にしてやろう」


 鋭利な言葉と刃の先にいる人物。


 茶色と紅色の袈裟を着た、坊主頭の老人。


 骸人を秘術で生み出した諸悪の根源。南光坊天海。


 手には、赤黒い刀身が特徴的な、羅刹と呼ばれた刀を握る。


「覚悟……っ!」


「さて、揉んでやろうか!」


 雌雄が決する舞台は、こうして整った。 


 人か骸人か。二人は理想を刃に乗せ、切り結ぶ。


 ◇◇◇

 

 屍天城天守閣の瓦が弾け、轟音が響き渡る。


 瓦に力強く叩きつけられていたのは、夜助だった。


「……なんと、あっけない。人の精鋭、滅葬志士とはこの程度か」


 天から降りてきたのは、天海。


 白目を剥く、敵を見下げ、言い放つ。


 夜助に動く気配はなく、完全に気絶していた。


「まぁよい……。我、自らの手で、引導を渡してやろうぞ!」

 

 赤黒い切っ先は夜助の喉元に向けられ、天海は告げる。


 ほんの数寸先に届けば絶命。人の最後の希望が断たれるところ。


「……っ」


 しかし、刃は、すんでのところで止まる。


 天海は縛られたように動かなくなっていった。


 そんな中、コツコツと下駄の音が天守に響き渡る。


 天海に向けられているのは、怪しく輝く、黄金色の瞳。


 魔眼。相手の体の時を止め、自由を奪っている異能力の源。


「天海ともあろう御方が、わらわの気配に気付かぬとは、老いは怖いのぅ」


 声の主は、長い黒髪に着物を着た童女。


 名をツバキという。両の瞳には魔眼を有す。


 西陣織の黒い着物には、赤い椿が描かれていた。


「と言っても、聞こえておらぬか。……やれ、ナナコ、楓」


 その背後に立つのは、対照的な二人の女性。


 紅白の巫女服を着た、金髪サイドテールのナナコ。


 一方は、灰色の着物に、長い銀髪を花魁風に仕立てた楓。


 ナナコは朱色の三叉の槍を持ち、楓は蒼色の扇子を持っている。


「承知しました。ツバキ様!」


「ここで終わりにさせてもらうでぇ!」


 二人は瓦を蹴り、天海の元へ駆けた。


 槍先には炎、扇子には氷を纏い、振るう。


 狙いは、秘術を繰り出す源。手足を削ぐこと。


 手足で印を結ばれれば、傷は癒え、徒労に終わる。


 不死の天海にとどめを刺すためには、必須事項だった。


「……愚かな。己が術中にあると信じてやまないか」


 得物を振るう、一瞬にも満たない間。


 二人は、天海の言葉を確かに耳にした。


 直後、振るわれるのは、赤黒い刃の一閃。


 二人を軽く薙ぎ払う、風を纏う一撃だった。


「「……っ!?」」


 風のあおりを受けた二人は、瓦に叩きつけられる。


 気は失っていないものの、再起不能の状態になっていた。


 残っているのは一人。頼みの綱である魔眼を破られた、ツバキ。


「なぜ、効かんのじゃ……」

 

 見るからに狼狽し、ツバキは後ずさる。


 額には汗を浮かべ、危機感を露わにしていた。


「意思の力の差よ。効くと思えば効くし、効かぬと思えば効かぬ」


 天海は、あっけなく手品の種を明かす。


 実際のところ、天海の言い分は正しかった。


 通じないかもしれない。そんな揺らぎはあった。


 直接的戦闘力を持たない、ツバキだからこその弱点。


 それが、土壇場で、悪い方向に働いてしまった形だった。


「……わらわの意思の弱さが招いた結果。万事、休すというわけか」


 天守閣は数百メートルの高さ。


 後退しようにも地面が存在しない。


 戦おうにも、武器も、扱う膂力もない。


 どこを見ても、ツバキに逃げ場はなかった。


「……人の道に背くしか、ないというのか」


 懐から取り出したのは、二つの赤い団子。


 鬼導丸。飲めば、鬼の如き怪力を発揮できる。


 ただし、用法を守らなければ、鬼に堕ちてしまう。


 つまりは、人の道から背く。それ以外、選択肢がない。


「試してみるがいい。どの道、お前は破れ、我の不老不死は完成する」


 天海は不死の術を極め、ツバキは不老の術を極めた。


 長きに渡る戦いも、元々は互いの術を奪い合ったのが発端。


 どちらが善でどちらが悪でもない。強いて言えば、両方、悪だった。


「あの時、道を違えなければ……。いや、それ以上は言うまい」


 過去に、後悔がなかったわけではない。


 ただ、後悔をしても、未来は変わらない。


 ツバキは決意を固め、鬼導丸を口に運んだ。


 用法は、一個を十分の一に割るぐらいが適量。


 口に運ぶのは二個。過剰摂取にもほどがあった。


 まず間違いなく人に戻れない。ただやるしかない。


「……お待ち、ください。それは、私が服用します」


 その瞬間、足首を急に掴まれ、声が響く。


 足元に目を向けると、満身創痍のナナコがいた。


 衣服は裂け、体は擦り傷だらけ、指の骨は折れている。

 

 そのような絶望的な状態なのに、瞳だけは死んでいなかった。


(強い……わらわなんかより、強い意思を感じる……)


 肉体の状態で言えば、健康なこちらが勝る。


 それなのに、精神の状態ではナナコが勝っていた。


「いや、しかし……」


 ただ、即断即決できるほど、付き合いは短くない。


 後々のことを考えてしまうほどには、情が芽生えていた。


「アホやなぁ……。こういう時は、こうすんねん」


 次に聞こえてきたのは、楓の声だった。


 空いている左足を掴まれ、軽く揺すられる。


「この、お前ら……っ!」


 子供がだだをこねる程度の力しかなかった。


 大人であったなら、なんの問題もないほどのもの。


 ただ、幼い体で非力なツバキが、体勢を崩すには容易い。


 手に持っていた赤い団子が落ち、二人の口元に一個ずつ運ばれた。


「止めぬのも一興か。人として散るか、鬼として散るか、我が見届けてやろう」


 それを天海はあえて見送っていた。


 止められるはずだったのに、見逃していた。


 絶対的に優位な状況が招いた、慢心そのものだった。


(馬鹿者どもが……。どうなってもわらわは知らんぞ……)


 過ぎたことはとやかく言っても仕方がない。 


 今できることと言えば、戦いを見届けるだけだった。


「第二幕の幕開けです!!!」


「さぁ、覚悟してもらおか!!!」


 起き上がった二人は、たちまちに傷が癒えていく。


 手には互いの得物を持ち、額には黒い二本の角が生えていた。


 ◇◇◇


 炎が燃え上がり、氷が舞い散り、風が吹き荒ぶ。


 常軌を逸した、人ならざる者同士の大立ち回り。


 一進一退の攻防が天守閣で繰り広げられていた。 


「褒めて遣わす。我にこいつを使わせるのだからな!」


 天海は刀を振るい、迫る二人を弾いて、懐に手を入れる。


「やらせません!!」


「させると思うかぁ!!」


 弾かれた二人は、距離が離れたせいで一手遅れる。


 しかし、強靭な脚力を使い、瞬く間に天海へ攻め寄った。


 その間に相手が取り出していたのは、赤い水晶玉のようなもの。


「ナウマク、ジンバラ」

 

 呪文を唱え、水晶玉は光り輝き、空が呼応する。


 成層圏近くまで伸びているのは、縦長の雲。積乱雲。


 そこに、蓄積された水が上空で冷え、氷の粒となり摩擦。


 摩擦により生じる力は、不安定な状態で、雲に留まり続ける。


 抱えきれなくなった不安定な力は、安定を求め、地上に放たれる。


「受けてみよ! 覇道雷鳴撃!!」


 人それを、雷と呼ぶ。速さは一秒間で三町進む。


 人体。いや、鬼の反応速度でも到底、回避は不能。


 そんな不可避の速攻。黄色い閃光が、二人を襲った。


「あぐっ……」


「ぐ、あ……」


 遅れて雷の音が轟く頃には、二人は丸焦げになっていた。


 いくら鬼の治癒力があるとはいえど、簡単には治らない傷。


 どうあがいても、治るまで戦闘不能状態。それぐらいの痛手。


「仕舞いか。余興としては、楽しめたぞ」


 天海は満足げに語り、ツバキの元へと近寄る。


 狙いは不老の術。相手の術を魂で理解する方法は一つ。


「わらわを食らうつもりか」


 術者を食べること。そんな原始的な方法なら可能だった。


「言われずとも、そのつもりだ」


 一歩、また一歩と、天海はにじり寄る。


 その手には刀。気付けば、目の前にまで迫る。


 齢は同じでも、見た目は子供と老人。かけ離れた存在。


「他に手はなかったのか。わらわたちは元々、同じ師の下で……」


 なぜ、こんなことになってしまったのか。


 初めは、相手のことを深く知りたかった。


 たったそれだけの感情だったはずなのに。


「我はお前を好いていた。だからこそ、この役目は我以外に務まらん」


 なぜ、今さらそんなことを言うのか。


 遅すぎる。何もかもが遅すぎてしまった。


 戻れない。あの頃には、戻りようがなかった。


(天海……。どこまでいっても不器用なやつよ……)


 ツバキは静かに目を閉じる。


 抵抗する術はもう残っていない。


 人が骸人に逆転できる希望は潰えた。


 この後は、不老不死となった天海の天下。


 永遠の国が帝国に築かれてしまうことになる。


(いや、せめて……最後の抵抗ぐらいはして見せようか……)


 ツバキは半ば諦めながらも、目を見開く。


 魔眼での抵抗。それが、現実味のある選択だった。


「……っ!?」


 しかし、そこに広がっていたのは予期せぬ光景。


 目の前には夜助。再び立ち上がる、滅葬志士の姿。


 天海はそれに気付いてない。刀に意識を向けている。


「後ろじゃ、天海!」


 口に出してから、我に返った。


 相手は敵。黙っていれば良かった。


 千載一遇の好機を、不意にする、愚行。


(わらわは何を言って……どっちの味方なんじゃ……)


 後悔しても、遅い。天海ほどの使い手なら避ける。


 どう考えても対処できる。不意打ちは不発に終わる。


「お前の甘い部分は、いつまで経っても変わらんな」


 しかし、天海は動かず、刀を落とした。


 そして、とびっきりの笑顔をこちらに向ける。


 顔は皺と染みだらけで、頭髪は一本も残っていない。


 それなのに、今この瞬間だけは、あの頃に戻れた気がした。


(やめろ……やめてくれ。そんな顔をされたら、わらわが……)


 だからこそ、余計に辛い。

 

 天海は間違いなく死ぬ気だった。


 戦う気概を今の発言で削いでしまった。


「……死屍葬送」


 これ以上は、詳しく語るべくもない。


 夜助の刃により天海は破れ、人は骸人に勝利した。

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