第7話 二つの人種
別室。ツバキから語られた真実。
その想像が行き着く先。それは、仲間の窮地を意味している。
「ここが鬼の巣窟なら、アザミさんは今頃……!!」
ジェノはすぐさま、立ち上がり、出入り口の襖に手をかけようとする。
『安心せい。恐らく、無事のはずじゃ』
しかし、なぜか、ツバキに止められる。
「なんの根拠があって――」
そんな根拠のない言葉を信じられるはずがない。
妙に落ち着いているツバキを問い詰めようとした時。
「椿様。ご無事でございますか」
閉じられた襖が、スッと開く。
現れたのは、黒髪の坊主頭をした糸目の男性。
ガタイが良く、青い制服に身を包み、その腰には刀が見えた。
『ああ。問題ない。首尾はどうじゃ?』
「順調かと」
薄く目を開き、男は語る。
そのすぐ後、耳を塞ぎたくなるような叫び声が聞こえてきた。
「早く、アザミさんのところに!!」
ツバキがこの状況を仕組んでいたのは分かった。
鬼に因縁があるのも分かる。
だけど、アザミが巻き込まれてもいい理由にはならない。
「……ぐっ!?」
しかし、首筋辺りに鈍い痛みが走り、視界が暗転する。
「……悪いな、坊主」
薄れゆく意識の中で、申し訳なさそうにしている男の顔が見えた。
◇◇◇
座敷。背後にはナナコ。
眼前に、対峙するのは刀を握る紫髪の女性。
その口調には、聞き覚え。というより、見覚えがあった。
「な、
癖の強いリスナーの一人。嫌でも名前が目に入った。
「ご機嫌よう、鬼の英雄さん。……いいえ、千葉薊死刑囚」
やっぱり、嫌な予感が当たった。
見抜かれていたんだ。滅葬志士からも。
「……」
反射的に、腰にある刀に手をかけ、構える。
抜刀はしない。鞘に収まった状態で戦う。それが自己流だった。
「戦う気なのですね。無益な殺生は好みませんが、致し方ありません」
殺気が鋭くなっていくのを肌で感じる。
口端を吊り上げたアミは、冷ややかに言い放つ。
「――存分に殺し合いましょう」
「……あ、あ」
寒い。手と足の震えが止まらない。力が入らない。
殺気だけじゃない。見えない『何か』を確かに感じた。
「随分、勝手なことを抜かしよる。ここが誰の根城か知っての狼藉か?」
だけど、突然、全身を毛布で包まれたように温かくなる。
目の前には、ナナコの背中。いや、鬼龍院みやびがそこにはいた。
(……温かい。これなら、体はたぶん動かせる。でも、このままじゃ)
「鬼に人権はありません。帝国憲法9条をご存じありませんか?」
アミが切り出すのは、憲法。
国民の権利と自由を保障するためのもの。
「特定外来種に対する武力の行使を認め、一切の権利主張を認めない条文」
だけど、その国民の中に、鬼は含まれていない。
補足するナナコの声は、どこか弱々しく、勢いが消えていた。
「鬼への狼藉は憲法で許されています。正義と秩序に基づいた平和を守るために」
アミは変わらず、冷ややかに語る。
一切の隙も矛盾もない、真っ当な意見。
「…………ふっ……ふふっ……ふははははははははははははっ!!!」
何を思ったのか、ナナコは突然笑い出す。
敵の弱点に気付いたような、大胆で不敵な笑い。
戻っていた。鬼の女王、鬼龍院みやびとしての調子が。
「気でも狂いましたか?」
それが心底気に食わなかったらしい。
いかにも不機嫌そうな声で、アミは尋ねる。
「――未来永劫そのままとは限らんよ」
対する回答は、いまいち要領を得ないものだった。
だけど、不思議と説得力があった。
まるで、未来を見てきたかのような自信に満ち溢れていたから。
「……やはり、違う人種。相容れないようですね」
「元より話し合う気など毛頭ないわ。灰燼に帰すがよい」
話し合いは当然のように、決裂する。
始まってしまう。あの時と同じ、鬼対人の抗争。
(……ジェノさんなら、絶対に止める。でも、わたしは、ジェノさんみたいに度胸はないし、ナナコさんのようにカリスマ性があるわけでもないし、ツバキさんのように奇抜な発想を持ってるわけでもない。一体、わたしには何が……)
潜る潜る潜る。己の潜在意識の奥の奥。
人として何もかも至らない自分に何ができるのか。
殺し合う以外の方法で、誰も傷つかずに、この場を解決できる方法。
(――あった。わたしにしかない取り柄)
一つだけ思い至る。苦手な配信の中で、唯一楽しかったこと。
それは。それは。
「――――――――――――――――――――――」
歌を歌うこと。
歌詞に心を込めること。
ありのままの自分を表現すること。
(この時は、この瞬間だけは、わたしが主人公なんだ)
◇◇◇
歌が止まり、声が止まり、場は静まり返っている。
吃音を長所に変えた、囁くような声。ウィスパーボイス。
心にじわっと染み込んでくるような、癒しの音色がもたらしたもの。
――それは。
「……興がそがれました。葬るのはまたの機会にさせてもらいます」
停戦。鬼と人の抗争を止めていた。
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