たとえ灰になっても

猫の缶詰

たとえ灰になっても

むかしむかし 人里はなれた山のてっぺんに大きな大きな木がありました


その木は人々からご神木とあがめられていましたが近頃人が全く訪れてくれないので木は退屈そうに揺れているばかりでした


木に意思はありません ですが人も森の動物もなんとなく木の気持ちがわかったのです


そうして揺れる木の所にひとりの男の子があらわれました


ひさびさに人のすがたを見た木は嬉しくなり先程よりも大きく揺れ始めました


それを見た男の子はあわてて口を開きます


ごしんぼくさま ごしんぼくさま どうかおしずまりくださいませ


嬉しいのにお静まり下さいとはいかに?大きく揺れるのをやめ始めた木はいまいちど男の子を見てみました


見ると先程と同じことをつぶやきながら手を合わせて小刻みに揺れていました


木に意思はありません なので人の気持ちもわかりませんでした


かわらず揺れる男の子にどうしたものかと困った木でしたが良いことをひらめきました


少しずつ揺れがおさまりだした木に気づいた男の子は顔をあげて木を見ました


すると男の子があらわれた時よりも大きく揺れ地面も揺れていることにおどろいた男の子は目を回してひっくりかえってしまいました


ひっくりかえった男の子はしばらく動けないでいましたが頭になにかが当たったのを感じそれを手にとり確認してみました


それはとても色あざやかな大きなりんごの実でした


すごくきれいなりんごの実だとながめていてふといつの間にか木が揺れていないことに男の子は気がつきました


りんごの実と木をこうごに見て男の子はつぶやきました


ごしんぼくさま この実をおらにくれるだか?


すると心地のよい風がふきぬけ木は葉を揺らします


それを見た男の子はなんだかうれしくなり小さくおどり始めたのでした



それから月日が流れましたが男の子はよく木の所に遊びに来るようになりました


ある時は男の子が自身のお気に入りであるせみのぬけがらを木に見せに来たり


またある時は男の子とは違う人をつれて来たり


またある時は木の横にお地蔵様を置いたり


そのまたある時は自身の育てたというりんごの実を見せに来たりといろいろなことがありました


そうしていつしか男の子は大きくなっていました


ご神木様 おら嫁を貰うことになっただよ ご神木様のくれたりんごのおかげでな


ばーさまの言っていたとおりご神木様は善い木だ おらに幸せを運んでくれただな


そう笑顔で木に語りかける男の子を見て木は以前とかわらず葉を揺らします


木に意思はありません 人の気持ちもわかりません ですがそれでもそこには確かななにかがありました



またしても月日が流れ男の子は少し大きくなり一緒に小さな女の子をつれてくるようになりました


それでも木はかわらず木の葉を揺らしていましたがある時から男の子が来なくなりました


最後に来た時に自身の葉を持って行って以来あらわれません


天気も悪く木はなんだかまた揺れていたくなりました


そうして揺れようとしていると人があらわれました


男の子が来たのかと木が見てみますがよくわかりません


人影が木の横にあるお地蔵様に近づきなにかを言っています


ご神木さま ご神木さま どうかととさまをお助け下さい


その人影は前に見た時よりも少し大きくなっていましたが男の子がつれてきた女の子でした


お地蔵様の前にりんごを置き手を合わせ小刻みに揺れていました


それを見た木はひときわ大きく揺れると女の子の前に大きなりんごの実を落としました


とつぜん揺れだした木にひどくおどろいた女の子でしたがりんごが落ちてきたのを見て目から雫を落とし始めます


ちがうの ちがうのご神木さま


そううわごとのようにくりかえす女の子を木は静かに見ていました


木に意思はありません 人の気持ちもわかりません ですがそれが望まれたことでないということはわかりました



つよい風が吹くなか木はいまいちど考えました どうして女の子は泣いているのか どうして男の子は来てくれないのか


考えてみたものの木にはさっぱりわかりません


しかしそこで木はひらめきました 男の子に会いに行けばわかるかもしれないと


木は考えをまとめると木の葉を揺らし始めました


女の子は揺れる木からはなれて座りこむと地面も揺れていることに気がつきました


どうしたものか考えていたその時です


大きな音とまばゆい光が目の前に落ちてきました


それが雷であることと落ちた先が御神木であるのをりかいするのに女の子には時間がひつようでした



木は木の葉を揺らしながら空にこい願いました


空よどうか私に雷を落としておくれ


その願いを聞きとどけた空は大きな雷を木に落としてあげました


次に木は炎にこい願いました


炎よどうか私を燃やしつくしておくれ ただ私以外は燃やさないでおくれ


炎はその願いをこころよく聞きとどけました


最後に木は風にこい願いました


風よどうか私の灰をあの男の子の所にとどけておくれ


風はその願いをやむなく聞きとどけました


そうして灰となった木は風にのって男の子の所におもむくのでした



風に揺られていた灰は山のてっぺんからでは見ることのなかったたくさんのものを見ていました


ですが今の灰にとっては男の子の方がだいじだったのでとくに気にしていませんでした


そうして風に流された灰は見知らぬ森にたどりつきました


あたりからかわった大きな音が聞こえてきましたが灰はそれらも気にしていませんでした


灰は自身の葉が近くにあることに気がつきました


それは前に男の子が持って行った葉だと気がつきそちらを見てみます


男の子がいました


長らく会えないでいた男の子がそこにいたのです


灰はうれしくなり風にのって男の子に近づきました


よく見てみると男の子のまわりには人がいました 全員男の子と同じすがたでしたが灰はまちがえませんでした


灰が男の子の前に行くと灰はおどろいてしましました


なぜなら男の子の顔が今まで見たことのないものだったからです


どうしてそんなこわい顔をしているの?


そんなことを考えていると男の子逹のうしろから違うすがたの人たちがあらわれました


その人たちを見た時に灰は良くないものを感じとり風にこい願いました


風よどうか私を巻き上げて男の子逹を守っておくれ


風はこころよく聞きとどけてくれました


まいあがった灰はすがたの違う人たちの目に入りそして気がつきました


男の子はこの人たちから逃げていたのだと


そして灰はつづけて風にお願いました


風よどうか私のかわりに男の子逹を逃がしてあげて


風は少しのあいだ考えましたが聞きとどけてくれました


男の子逹の身体がとたんに軽くなり不思議に思いつつもおいかぜにのって歩いて行きました


もう会うことはないだろうが最後にもういちどだけ声が聞きたかったな


灰は遠ざかっていく男の子を見ながらようやく気がつきました


灰には 木には意思があったのだと


惜しみながら灰が見ていると森に入るすんぜんの男の子が立ちどまりこちらを見ました


そして笑顔でなにかをつぶやいて森の奥に消えていきました


その音を風は灰にとどけてくれました


ありがとう


そう短くもあたたかな言葉を聞き灰は初めて人の気持ちがわかったよう気がしました



月日が流れご神木があった所には立派なお地蔵様がいくつもならべられていました


円をえがくように置かれたそのお地蔵様はまるでご神木を囲うような形でした


そんなお地蔵様の近くに人があらわれました


それはかみが所々白くなっていましたが女の子でした


女の子はお地蔵様にひとつ一つりんごをお供えすると御神木のあった場所に話しかけました


ご神木様 父を連れてきました


そう言うと女の子は胸元から小さな箱を出しました


父の遺言で自分の灰はご神木様の有った所にうめてくれって言われて持ってきたんですけどね


女の子は苦笑いしながらつづけます


バチあたりじゃないのって聞いたら あの時あの森で突風が吹いた時に感じた不思議な安らぎは間違いなくご神木様といた時と同じだ あの時助かったのはご神木様のおかげだって


その話を聞いて私もね あの時雷が落ちて燃えているご神木様の灰が風にのって飛んでいったのを思い出したの


もしかするとその灰が父の所に行ったのかなっなんておとぎ話みたいなことを思ってしまって もういい歳なのにね


そう恥ずかしそうに笑う女の子でしたがとつぜん顔をしかめてしまいました


ご神木様 あの時のことがぐうぜんだったとしても 私の願いがあなたを燃やしてしまったのだとしたらわたしは!


そう涙を流しながら叫ぶ女の子の顔にやさしい風が吹きぬけました


その風は女の子の涙をぬぐってくれまるで泣かないでと言っているように感じました


女の子は小さく鼻をすすると話をつづけます


その話を父にしたら だったらやっぱりあの時のはご神木様で灰になっても助けてくれたんだ それなら自分の灰をお世話になったご神木様の灰のかわりに返すしかないって


女の子は困りながら箱を開きました


ご迷惑でないのならどうか父をお願いします


女の子が言葉を言い切る前に突風が手のなかの灰を巻き上げました


その灰はゆっくりとご神木の有った所に流れていきました


父をよろしくお願いします


それを見届けた女の子は小さく頭を下げながら去っていきました



しばらくしてどこかから風にのって灰が運ばれてきました


その灰はとある山のてっぺんに流れつくと吸い込まれるように飛んでいきました まるでそこが自分の居場所だと言わんばかりに


飛んでいった先には不思議なことに他の灰がすでに有りました お地蔵様がその灰を守っているようにも見えました


見た所まわりのお地蔵様が風よけになったのかもしれません


それでも運ばれてきた灰はその灰とまざり合うこともかまわず飛んでいきました



むかしむかし ある所にご神木とあがめられる木と男の子がおりました


木は人と共にあり 男の子はご神木と共にありました


互いのあいだに始めはなにもありませんでした しかし月日をかさねるごとに確かななにかが積み上げられていきました


それは互いが燃えつきても たとえ灰になってもかわることはありません


おしまい

















とある山のてっぺんの灰がまざり合った所から新しいいのちがめぶいておりました


ほんとうのおしまい

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

たとえ灰になっても 猫の缶詰 @nekocan25

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ