Day1
どれだけ喚こうが美香は戻ってこない。美香の遺体は葬儀場へと運ばれた。だけど、心の準備もなにもない。美香が死んだなんて理解できない。僕は彼女の好きなリンドウを花屋に買いに行く。リンドウが必要だ。リンドウさえあれば、彼女が目を覚ますと思った。彼女の命を永遠のものにしたい。冷たくなった肌を確かめた。顔に白い布もかけた。
だが、認めない。線香が焚かれている。美香にそんなことをするな! 美香はまだ、あっちには逝かない。僕を置いていくわけがない。リンドウの花束を彼女に捧げるため、葬儀屋にありったけの花を注文し、リンドウ以外は捨ててもらった。それでも、足りない。僕は花屋を駆けずり回る。家族葬とはいえ、喪主である僕がリンドウばかりかき集めていることに、とうとう親戚の叔母さんが苦言を呟く。
「ほかの花も入れてあげたらどうかしら?」
「リンドウさえあればいいんだ」
「少しは落ち着いて。ねえ。あなたも早く喪服に着替えて」
「僕の喪服はこれです」
「青はやめときなさいって。それか、せめて紺にしたら」
僕は青いスーツのまま葬儀をはじめた。お経が読まれた。僕の美香の遺影が飾られる。焼香のとき、ふと祭壇いっぱいのリンドウを見上げる。リンドウだけの葬式は異様な光景だっただろう。
僕はリンドウから美香の声を聞いた気がする。
〈ずっと傍にいてくれるの?〉
僕は頷く。離れるわけがないよ。
棺をリンドウでいっぱいにした。彼女の青白い顔がさらに青白くなる。美香はこれから焼かれてしまう。いっしょにもっと遠くへ行きたかった。
〈私、これから灰になるの?〉
「美香。やっぱり耐えられそうにない」
僕はリンドウに語りかける。彼女は美しい、美香と共にある。美香とリンドウが焼かれて一つに交じり合う。そう思うと胸が張り裂けそうだ。美香に青い花をまとわせるんだ。死してなお、美香は美しくなるんだ!
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