悠遠編。なのじゃ。

目覚めと約束。なのじゃ。

第155話 1/4


 ん……。


 どこだここ? 俺の家?


「外輪君?」


 隣を見ると、比良坂さんが椅子に座っていた。


「あれ? 比良坂さん。なんで……」


 起きあがろうとすると、猛烈な吐き気に襲われる。


「うぁ……う……こ、これ……」


「だ、大丈夫? 多分みーちゃん達と一緒になってるせいだと思うよ……」


 一緒に?


 そうか。俺、憑依態のまま、あの影に取り込まれて……。


「そうだ。みんなは!? 災厄は!?」


「落ち着いて。みんな無事だよ。今、町の人を避難させてる。災厄っていうのは……イアク・ザードが付きっきりで封印して、時間を稼いでくれてるって」


「そうか……みんな無事で、良かった」


「外輪君。大変だと思うけど……みーちゃんを……」


 比良坂さんは申し訳なさそうに言った。


「ごめん。そうだよな。分離するよ」


 2人と分離したいと願う。すると、俺の体から光の球が現れて、それが2つに分かれる。そして、カノガミとみーちゃんの形になっていく。


「みーちゃん!」


 比良坂さんがみーちゃんを抱きしめた。


「舞……ごめんなさい」


「そうだよ! いっつもみーちゃんは無茶して! 今回だってコッソリ抜け出すし帰って来ないし……私……心配で……」


 比良坂さんの姿に胸が痛んだ。


「ごめん比良坂さん。俺達のせいで……」


「ううん。私こそごめんね。みんなの方が大変なのに」


「舞。少し、向こうでお話ししましょう」


 みーちゃんは、比良坂さんの手を引くと、リビングの方へと出て行った。扉を出ていく時、みーちゃんと目が合う。彼女は少しだけ寂しそうに微笑んだ。なんだか、カノガミと2人で話をさせようとしたみたいに。


「なぁ……あの、さ」


「……どうしたのじゃジュン?」


「抱きしめて、いいか?」


 カノガミは何も言わず、俺に体を寄せて来た。カノガミの髪が頬に当たって少しだけ、くすぐったい感じがする。


 すごく……すごく不安だった。彼女の手が俺の背中に回って、やっと少しだけ安心することができた。


「あの夢……お前も見たか?」


「……うん。夢の中でウチは彼ノがみじゃったが、見た。恐らくみーちゃんも」


「俺、カノガミとの最後があんなのは、嫌だよ……嫌だ……それに、沢山人も消して……」


 分かる。あれは、災厄の経験したことだ。未来の俺の、記憶。


「分かっておる。ウチも嫌じゃ。あんな、辛すぎる別れは……」



 絶対に嫌だ。それに……俺がいる分だけ、同じ思いをする人がいる。いや、した人がいる。大切な人を消されて。



 夢の最後に見たもの。災厄になった後の記憶。色々な人を消していた。命乞いする人も、大切な人を守ろうとした人も。


「災厄は……多分消えた彼ノがみを探してた。それで、色んな世界の人達を……」


「世界は分岐地点からラセン時間で繋がっておる。じゃが、ウチらはクシア達のように直接転移できるわけでは無いのじゃ。災厄は、ラセン時間をくぐり、到着した先で時間を移動しておった。その為に膨大な寿命を欲しておるのかも」


「見つかるまで永遠に彷徨うのか……膨大な犠牲者を出しながら……」


 夢から覚めた今でも、消された人達の悲鳴が耳に残ってる。



 ……ダメだよ……そんなのは。



 カノガミを離して、真っ直ぐ彼女の瞳を見つめた。


「カノガミ。俺を……タイムリープで消してくれないか?」


「な、何を言っておるのじゃ!?」


「俺、自分が生きていていいのか分からなくなった……災厄になった時の俺の気持ちも分かるから」


「じゃ、じゃが! ウチらはあの未来を知った! 回避できるハズじゃ!」


「でも、回避して生き延びられたとして、もし俺達が死ぬまでの間に事故や自然災害に巻き込まれたら? ……俺はきっと同じことをする。近くに巻き込まれた犠牲者がいる分だけ……災厄になってしまう気がする」


「ジュン……」


「だから、他の人達まで消してしまうのなら今ここで消えたい。俺が生まれて来なければ、きっとあの災厄も生まれないし、消された人も帰って来られるかもしれないから……」


 ロベリアの言葉を思い出す。俺の責任。罪だって。例えこれから起こすものだったとしても。


 でも、何より思うのは……俺はカノガミと離れたく無いってことだ。考えただけで、おかしくなりそうだ。



 ……やっぱり俺は異常なのかも。だって。結局消された人達の為だとか言って、自分が離れたく無いだけなんだから。



 それはきっと、一緒に過ごした分だけ大きくなる。



 だったらいっそ……ここでカノガミの一部になりたい。



「俺の寿命を全部、カノガミにもらって欲しい」


「嫌じゃっ!!」


「頼む。比良坂さんが言ってたろ? 災厄は消えたわけじゃない。動き出したら小宮や、みんなも……」


「絶対嫌じゃっ!!」


「頼むよ……俺はそんなの耐えられない」


「うううぅぅぅ……」


 カノガミは困ったように唸ると、立ち上がってしばらく何かを考えるようにウロウロと歩き回った。


「カノガミ。頼む」


 カノガミは俺の目を見ると、顔を伏せた。


「どうしてもか?」


「あぁ。決めたんだ」


「……そうなるとジュンは、頑固じゃから」


「お願いだ。だから……」


「分かった。ジュンの、願い。ウチが聞き届ける」


「ありがとな」


「じゃが!!」


 カノガミが俺を見つめ返す。その瞳は優しくて、でも意志の強そうな……俺の好きな瞳だった。


「一度外に出て、みんなに会いに行こう。ウチらは目が覚めてからこの部屋しか知らん。みんなと話をして、何が起こったかを知って、それでもジュンが消えたいと願うのなら。ウチは約束を果たそう」


 カノガミが俺の手を取る。


「約束じゃ。ジュンの寿命を奪ったら、ウチは2度と時の力を使わん。そうすれば永遠に離れることはない。ウチと共に……永遠となろう」


「うん」


「でも、ウチはジュンとふざけたりしながら有限を過ごしたいがの」


 カノガミはいつものように、イタズラっぽい笑みを浮かべて光の球になった。


--憑依態でいさせておくれ。ジュンの中で、ジュンの心も全て見守らせて欲しい。


「ありがとう」


 カノガミが俺の中へと入ってくる。憑依体になると、彼女の心が悲しみに包まれているのを感じた。



 ……ワガママ言ってごめんな。カノガミ。

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