第154話 3/3

 年末年始、長い休みだと思っていたのに、気が付いたらもう最終日の1月5日になっていた。俺も歳食ったってことなのかな。


「明日からまた仕事であろう? 今日は少し、外に出ないか?」


 ソファーに座ってバラエティ番組を見ていたら彼ノがみが隣に座って肩に頭を乗せてきた。彼女がこういうことをするのは恋人らしい時をしたい時だ。


「デートしたいのか? いいぜ」


「そ、そうだな? 私はがしたい。よく分かったな」


 やたらデートを強調してくるなぁ。恥ずかしいのか?


「何年一緒にいると思うんだよ……」


「もうアレなのだな。今年で準と一緒にいるのは15年目となるのか」


「はは。さすが時のカミ。よく数えてるな」


「そうであろう? もっと敬っても良いのだぞ?」


 彼ノがみが尊大そうに胸を張る。こうやって調子に乗る所、全然変わんねぇよなぁ。


 でも、そうか。もうチヨさんと彼ノがみが過ごした時間を超えたんだな。



 ……。


「準? どうした?」


 彼ノがみとチヨさんとの最後は悲しかった訳だから……俺はそんな思いさせたくないな。


 時間は……まだ8時か。ちょっと遠出しても良さそうだな。


「せっかくだから新宿方面に行ってみるか」


「うん。準備するから待っておれ」


 パタパタと彼女が部屋に入っていく。着替えは一瞬なのに、服選びが時間かかるなこれは。



◇◇◇


 迷路のような駅を抜け、商業ビルで買い物し、彼ノがみにクレープを奢らされた。昼前なのにすげぇ人だな。これから夕方にかけてもっと増えると思うとゾッとするな。それにしても……。


「たくよぉ……どんだけ食うんだよ」


「あのクレープが美味しいのがいかんのだ! つい沢山食べてしまう」


 彼ノがみが顔を真っ赤にしながら言い訳している。10個も追加するなんてついの範疇を超えてるだろうが。店員の女の子顔引き攣ってたぞ。


「次はの……駅ビルの中に〜ランチの美味しい店が」


「ま、まだ食うのかよ……」


 その時、俺のスマホが鳴った。


「悪い。ちょっと待ってくれ」


 スマホの画面には「小宮」と表示されていた。この前飲んだばっかなのにもう連絡して来たのかよ小宮のヤツ。


「もしもし」


『ソトッち! この前東京に越して来てるって言ってたよね!?』


「ああそうだけど。なんだよ。お前も東京だろ? また飲みに行くか?」


『そうじゃなくて! 今日は絶対外出しちゃダメだよ!!』


 ん? なんか小宮のヤツが嫌に焦ってる。こんな風な小宮は初めてだな。


「何で? 俺らもう外なんだけど」


『嘘……今どこにいるの!?』


「新宿駅」


「し、新宿!? 早く移動して! 今すぐ!!」


 小宮の剣幕に圧倒されてしまう。何だよ。え、なんかあるのか? 嫌な汗が背中を伝う。心臓が脈打つ感じがする。


「どうしたのだ準?」


 彼ノがみが心配そうに俺の手を握りしめた。


「あ、いや……小宮が……」


『よく聞いて。私が掴んだ情報だと今日都内でが起きる』


「は? 何言ってんだよ。何でそんなのが」


『いいから私の言うこと聞いて! ずっと追ってた話なの。だから間違い無い。嘘だったら私のこと嫌いになってくれてもいい! だからお願い……早く逃げてソトッち」


「わ、分かったから。すぐに駅から離れるよ」


「なるべく繁華街から離れて。駅からなら、人通りの少ない中央公園の方に行けばいいと思う」


 小宮の泣きそうな声を聞いて、嘘を言っているようには思えなかった。心臓の鼓動で苦しくなるのを押さえながら、小さく返事をして電話を切った。


「彼ノがみ。行こう」


「い、痛い……っ!? 茉莉まつりが何か言っていたのか?」


 反射的に強く手を握りしめてしまったせいで彼ノがみが声を上げた。


「す、すまん。今説明する余裕が無いんだ。早くここから出よう」


 新宿駅の人混みを抜けて歩いていく。人混みの中では真っ直ぐ歩くのもやっとだ。だけど、焦燥感が歩く速度を緩めるのを許さない。


 駅の中央を過ぎる。人の量がまた増えていく。だけど必死に歩き続ける。


 繋いだ彼ノがみの手だけを絶対に離さないように気を付けながら。


 彼ノがみは何も言わずに俺の後をついて来てくれた。


 そして、駅の出口が見えて来た。



「もうちょっとで駅を抜けるぞ」


「う、うん……」



 もう少しだ。駅さえ抜けてしまえば人通りが少なくなる。



 早く。



 早く出ないと。




 外の光が視界に入った瞬間。辺りから物凄い音が鳴り響いた。



 う、嘘だろ!? 本当に起きやがった……っ!?



 体が勝手に動いて、彼ノがみを庇うように地面へ倒れ込んだ。



 爆風と衝撃が背中を伝う。



 頭の中がぐちゃぐちゃで何も考えられない。ただ、自分達が無事である事だけを祈った。




◇◇◇



 ……。



 う、体が痛い。全身ぶつけたみたいだ。


 そうだ。彼ノがみは!?


 彼ノがみは俺の腕の中で気絶していた。


「彼ノがみ!?」


「だ、大丈夫……何が起こったのだ?」


「すごい音がして……こ、小宮が爆破テロがって……」


 小宮の言ってたことは本当だったんだ。何だよ……何でそんな事起こるんだよ。


「準……ほ、他の者は?」


 他の者? ……そうだ。さっきまで俺達ひとごみの中にいたんだった。


 周囲を意識した瞬間。耳に呻き声と悲鳴と誰かの名前を呼ぶ声が聞こえて来る。


 恐る恐る周りを見る。


「酷い……」


 見るに耐えない光景だった。人が迎える最後じゃない。おびただしい数の人だったものと、泣き叫ぶ人々の姿がそこにあった。



「は、早くここから離れよう」



「……」



 何故か彼ノがみが答えない。

 


「あ……あ……」



「彼ノがみ?」



「か、は……っ」



 突然。腕の中の彼ノがみが痙攣し始める。



「だ、大丈夫か!? どこか怪我したのか!?」


「ち、ちが……思念が流れ込ん、で……く、苦し……」


 彼ノがみが目を見開いて俺の服を掴む。



 思念? 



 よく見ると、彼ノがみに無数のが吸い込まれていく。吸い込まれる度に、彼ノがみは苦しそうに体を震わせる。


 何だよこれ……。


 急に、夏樹が言ってたことが脳裏に浮かんだ。


 ……。


 彼ノがみさんはカミサマだからさ、してないかなと思ったんだ


 ……。


 ……周りの人達だ。突然命を奪われた人達が、助けを求めて彼ノがみに引き寄せられてるのか……?


「あ、あぁぁ……や、やめ、て……」


 彼ノがみの震えが強くなる。その声はさっきよりずっと苦しそうにか細くなっていく。


「彼ノがみ!?」


「準……助け……」


 や、やめてくれ……彼ノがみはみんなを助けたりなんてできない! だから……っ!


 彼ノがみを庇うように抱きしめても思念は流れ混むのは止まらない。


「あ、ああ"あ"ああぁぁぁ! い、嫌、だ……私が……私が……」


 彼ノがみが叫ぶように苦悶の声をあげる。徐々にその瞳から光が消えていく。


 このままじゃ彼ノがみが……彼ノがみが……。



「じ、じゅ……ん……」



 彼ノがみの実態が、無くなっていく。



 彼ノがみが消えてしまう……こんな、こんなことって……。



 俺は……また、俺は大事な人を失ってしまうのか?



 彼ノがみを、失ってしまうのか?



 ……。



 嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!


 彼ノがみが消えてしまうなんて……俺には、俺には……耐えられない……。



 彼ノがみ……行かないでくれ。



 俺を置いて行かないで。



 なんだってするから……俺が身代わりになってもいい。だから。


 



 ……身代わり?



 そうだ。俺に今できることが、1つだけある。彼ノがみを楽にしてあげられるかもしれない方法が。


 俺の服を掴む彼女の手を取り、話しかけた。動揺を隠すように。彼ノがみを安心させるように。


「彼ノがみ。大丈夫。俺がなんとかするから……憑依態ひょういたいになろう」


「ひ、ひょうい……」


「大丈夫。今までだって色んなことを2人で乗り越えただろ? 俺に任せとけって」


 安心させる為に作り笑いを浮かべた。俺は……くらいなら、俺が身代わりになりたい。それでも助けられないなら……せめて俺も彼女と一緒に、同じ所に行きたい。


 彼女がゆっくり目を閉じて光の球になる。それをそっと掬い上げて、俺の中に入れた。


 髪が伸びる感覚がする。それと同時に自分にとてつもない負荷がかかる。


「あ……う……」



 く、苦しい……思念達の「助けて」という声がそこら中から聞こえる。体が、心が引き裂かれそうだ……。


 彼ノがみは……こんなのに耐えて……。



 思念達が黒い影になっていく。



 俺の全てが飲み込まれていく。



 俺が……俺じゃなくなっていく感覚がする。



 意識が、……抜け落ちていく……代わりに、真っ暗な闇に包まれていく。



 彼ノがみ……どうか……。




 あれ、え?




 俺の中にいるはずの彼ノがみを感じない。




 彼ノがみ。どこだ?



 

 憑依態は、彼のがみの存在を感じられたはずだ……なのに……なんで……。




 間に合わなかったのか……。

 



 そんな……。




 暗い。




 暗い。





 嫌だ。




 置いてかないで。


 


 オイテカナイデ。

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