じいちゃんの味噌汁

空野むすぶ

第1話

トンビの声がする。

産まれてから幾度も来たこの場所

毎回、この場所に帰ってくる頃は

手のかじかみが酷くなる季節になっている。

「おう、おかえり。」

いつもと変わらない声、いつもと変わらない空間。

玄関の灯油缶の匂い、仏間の匂い

「あぁ、ここはいつ来ても変わらない」

胸の奥にある安堵を噛み締めていた。

「できたぞ、食うか。」

じいちゃんがそう言いながら鍋ごと

持ってきたのは「味噌汁」だ。

ここに帰ってくると毎回作ってくれる

沢山の野菜、ほのかに甘さが香る味。

じいちゃんの「優しい味噌汁」が大好きだ。

この味噌汁もじいちゃんの家も何もかも

知っている「刻」大好きな「刻」から変わらぬまま

変わらぬままのこの場所が大好きだ。

この世の中で生きている以上「変わっていく刻」に

慣れていかないといけない。

いつの間にかそれが当たり前になっていた。

慣れる事が慣れないといけないに変わっていた。

変わらない「刻」変わらない「場所」が消えていく

世の中で自分の存在ごと消えてしまいそうになる。

そんな時、じいちゃんの家に戻ってくる。

変わらない「刻」変わらない「空間」

変わらない「味噌汁」変わらない「優しさ」

ここに戻ってくると沢山の「変わらない」がある。

消えちゃいそうな自分を戻してくれる。

もう少し、この暖かさに浸ろう。

そう思いながら、またじいちゃんの味噌汁を口にした。

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