午後のタキャク族
西 喜理英
Part1 友情・努力・勝利
どのメスたちも、ぼくたちオスに比べカラダがあまりに大きすぎた。
力が強く、獰猛で、無数のキバやツメを持ち、同種のメスというには、創造主を恨みたくなった。
それは、まさにに野に放たれたティラノサウルスでありベルセルクだった。
近寄ったらヤバい。速攻で食べられてしまうことになる。
でも遠くから見てる分にはカワイイ美メスで、うっとりしてしまう。
2本の両腕と下半身の8本の脚は、ぼくらと同じで外骨格だが、褐色の下地に入っている色とりどりの警戒色の模様はメス特有だ。
そんな下半身の上には白く艶かしい上半身が乗っかっている。大きなお尻のような尾には、おパンツを身につけており、なかなかセクシーだ。
豊満で揺れる胸の先っぽは、薄っすらとしたピンク。
そして、豊かで艶やかな髪を持つ顔の造形は見事と言うほかなかった。
なんて罪なティラノサウルスなのか。
メスの中でも、かなり可愛い方なんじゃないかと、ぼくは広大な〈大樹界〉の大枝のひとつから、安全な距離をとりつつ、下層の大枝の日陰の中にいた一匹のメスを眺めていた。
「ねぇ、メガネのキミよキミ。こっちへいらっゃしゃいよ。わたしと交尾しましょ」
目が合うと、そのメスは言った。
近寄らなければ大丈夫だ。
ぼくたちオスの方が小型で軽量、移動速度も速い。隠れるところだってそれなりにある。
「そりゃ、ぼくだってしたいよ。でも近づいたら食べる気なんだろ?」
「交尾は気の済むまでさせてあげる。そりゃ、
わたしだって子ども産まなきゃねー」
メスはそうあっさり言った。
本当に!? 良かった。もの凄く交尾というものをしてみたかったんだ!
よかったぁー! わー、あんな美人で可愛いメスとなんて!
メスの居る下層の大枝へと、大樹の幹を伝って降り出していた。
「……食べるのはその後だから思い残すこともないんじゃなくて?」
わーい! 生まれて初めて交尾ができる! こんな嬉しいことって……。
――えっ、ええ! 交尾した後はやっぱり……。食べられて…………。
気がつくと、もうハザード・エリア内に入っていた。
そう気がつくと同時に、メスの大きな手、アイアン・フィンガーが大砲のような勢いで飛んできた。
ガツ! ガツ!
ときめいてた気分は、もう恐怖一色に塗り潰されていた。
ヒィィィ!
「食べるにしても交尾後じゃ!?」
「あんたバカ? 交尾なんてさせてもらえると思って? お待ち!」
辛くも運良く逃げ出すことができた。
本当に危なかった……。8本の脚のうち、1本の第二関節辺りまで失くしてしまうだけで済んだというのは。
**
大樹の幹に、ぼく1匹しか入れないほどの横穴を開け、内側から入り口を塞いだ。
8本の脚や腕といった外骨格の部位がカサカサしてきたり、日焼けしたように皮がペリっとめくれるようになってきた。
そろそろ脱皮の時期なので、それに備えようと外敵から身を守るための小部屋を用意した。
あらかじめ沢山食事を摂っておいて、殆ど寝て過ごす。
失敗しないよう、そこは気をつけながら脱皮をした。
1本だけ欠けてしまっていた脚は脱皮後、再生していた。
外骨格部位に限り、その程度の傷なら脱皮の都度再生はする。
けれど、交尾を終えてしまうと、もう脱皮しなくなると聞いたので、気をつけないとな。
――ん! そうだ! これだよこれ!
天才的な名案が閃いて、居ても立っても居られなかった。
脱皮した後は、外骨格部位がしっかり硬くなるまでは動いてはいけないのだ。
じれったいなぁ! もう!
もうひと月近く経ったろうか。
ようやくお目当てのメスを探し当てていた。
今まで見たメスの中でもとりわけ美メスで可愛い!
左右に分けて結んで垂らしてるおさげ髪が特徴的で利発そうだ。
そのおさげのメスなのだが、丁度脱皮を始めたところだ。
メスはオスの4、5倍くらいカラダが大きいので、大樹に穴を開けて脱皮期間をやり過ごすための部屋を作ったりはしない。
その代わり、大きな日陰の下に放射状の
鳥もちにも似た、強力なゲル状の粘着性物質まみれの網なので、ふつうはうかつに近寄れない。
そう唯一、あのティラノサウルスのようにヤバいメスでも大人しくなってる期間があったんだ!
――メスだって脱皮はして、脱皮した直後から、しっかり外骨格部位が硬くなるまでの間なら……!
メスが張った網にだって捕われることもない。
そこはやはり同族だし、ぼくたちタキャク族の脚の性能の素晴らしさもあって、網に仕掛けられてる粘着性物質を踏み分けることができるんだ。
遂にぼくにも交尾ができる日がきたんだ!
脱皮直後のメスの外骨格部位は、蒼白かった。
そこは触らずに注意しないとな。そう思いつつ、高鳴る胸と共にメスに近づいて行こうとした時だった。
「やっぱりだな。脱皮した直後は動けず、ぼくらオスは安全なんだ」
「ちょっ、エッチエッチ! 動けないからって変なところ見ないでよ!」
――先を越された!?
ぼくと同族のオスに。
ぼくよりは背が小さくて、キツネ顔のリーゼントっぽい? 三つのツノが突き出たような前髪のなんだか気取った感じのオスだった。
勿論、ぼくは黙ってはいなかった。ネトラレなんて嫌だからね!
「なんだよおまえは! このメスはぼくの方が先に目を付けてたんだぞ」
「知らないね〜。そんなの早い者勝ちに決まってるだろ」
ツノギツネのチビオスは、そう言いながら交尾に入ってしまった。
しかたなく、ぼくはそいつの後ろに並んで待つことにした。
「……まだカラダが柔らかくて、すっごくデリケートなんだ。そーっとやれよ」
「そんなことわかってるさ。デリカシーのなさそうなメガネに言われたくないね」
ムカつく……。
ようやくぼくも交尾を終えて、その余韻に浸っていた。
ああ、あんな凄い世界があったなんて! なんだか生まれ変わったような気分だよ〜。
「ああ、あの可愛いメスがぼくの子どもたちを産んでくれるなんて……」
ぼくがそう言うと、気取ったチビオスが返す。
「あはは。生まれるのは、生まれながらの出来の良さを持った、このぼくの子どもたちである可能性が高いけどね」
「あくまで可能性じゃないか。だったら、ぼくの子どもたちが生まれる確率は50%はあるよ!」
「おい、ちょっと見ろよ!」
気取ったチビオスは、急に調子を変え、おさげメスの方を見ながら言った。
その視線の先には、おさげメスと交尾しようとしてる大柄で頭の悪そうな同族のオスの姿があった。
「わー! このままじゃ、ぼくの子どもたちが生まれる確率が3分の1まで減っちゃうよ〜!」
ぼくは焦った。
「……しかたない! おまえとはある意味もう兄弟だ。不本意だけどさ、2人で力を合わせて戦うんだ」
ぼくとチビオスは協力して戦った。
おまえなんかに交尾をさせてたまるか! と……。
でも、新たにやってきたオスは大柄で、やたらと腕力もあり、ぼくら2匹がかりでどんなに粘ってもボコボコにされてしまった。
「……2匹がかりでも、まるっきり歯が立たないなんて」
その時、そばに大砲でも飛んできたかのような衝撃を感じた。
「ぐはッ!」
おさげメスのアイアン・フィンガーが、ぼくらじゃ敵わなかったオスのお腹を貫いていた。
「あ! あのメス、もう動けるようになったんだ! にーげろー!」
「うわぁ! こっちまで食べられちゃうよ!」
もうメスの脚では追いつけないだろうというところまで走り、ようやく腰を降ろした。
よっぽど慌てていて混乱してたのか、大柄で頭の悪そうなあのオスのちぎれた上半身を抱えて逃げていたりした。
「……まぁ、なんとかアイツの種付けは阻止できたか」
「ぼくの子どもたちの生まれてくる確率は50%は維持できたんだね。良かったよ〜」
ぼくは胸を撫で下ろし、吐息をついた。
「あくまで可能性は可能性であって確約はないんだよな……なら、この先も力を合わせ、もう一匹――脱皮直後のとびっきりのメスのを探し出して交尾しに行かないか」
チビオスの思わぬ提案だった。
もう交尾は一度済ませてしまったから、脱皮――脚が欠けてちゃったりしても再生することはないんだな……。
だけど――。
「2匹で力を合わせれば」
言いながら、ぼくはチビオスと握手をした。
2匹で、大柄なオスの死体の上半身を分けて食べた。精をつけるために。
「まぁ、もっとも次のメスも、生まれながらにできの良さを持つぼくの子どもたちを産むことになる可能性が高いけどねー」
「そ、そんなこと生まれてみないと判らないじゃないか!」
〈おしまい〉
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